第61話
『愛してる』
最期にそんな言葉を残して逝くなんて、本当に残酷な人だ。
身が震えるほどの愛しい言葉が耳に届いたと思えば、無情にも──私の身体に回っていた腕から力が抜けぱたりと床に落ちた。
最初で最後の明確な彼からの“愛”は、まるで毒のように私の体に染み渡る。
崩れ落ちて、ただ彼に寄り添いながら涙を流す。泣き叫べたら幾らか楽だったかもしれないが、洸さんの愛情を強く強く噛み締めていた私には到底無理だった。
私の目からは溢れて止まらない涙が流れて、まだ少し温かい洸さんの頬を濡らす。
もう、開かない瞼。
もう、動かない唇。
もう、抱きしめてはくれない腕。
もう、温もりのない身体。
もう、愛を唱えてくれない心。
呼吸や心音は静寂に飲み込まれて、私の泣き声だけが部屋に響いた。
──いつから、巻き戻せば良いのだろう。
いつから間違えていただろう。
私の後悔は至る所に転がっていて、どれを拾い上げれば彼は生きていてくれたのか……分からない。
どうしてもっと、あなたのそばにいられなかったんだろう。
『俺がいなくなったらもう、俺から解放されろ』
「──馬鹿ね。あなた以外、愛せるなら最初からそうしてる」
──たとえ時間を巻き戻せたとしても、きっと私はこの道を選ぶのだろう。
あなたを救えるのなら、私はあの日あなたと出会わないかもしれない。
結婚を承諾しないのかもしれない。
それでも──私は我儘だから。
最期にあなたが私を愛してくれたのならそれでいいと思ってしまうほどには、自己中心的で欲深い女なのだ。
あなたのせいでたくさん泣いた。
あなたのせいでたくさん苦しんだ。
それでもね、あなたじゃなきゃダメなの。
あなたを知ってしまったら、あなたなしじゃ生きられないと私は分かっている。
「愛してる。世界で一番、愛してるよ」
最期に囁いた言葉と強く抱きしめてくれた身体。それだけで、私は生きていける気がする。
「知ってるでしょ?私があなたをどれだけ愛しているかなんて」
もう二度と、私を見つめてはくれないけれど──あなたの最期の表情がとても穏やかで、微笑んでいたから。
あなたの最期が“幸せ”だったのなら、それは私にとって何よりも幸福なこと。
いつも「ただいま」と応えてくれてありがとう。
おいしそうにご飯を食べてくれてありがとう。
家族になってくれて、妻にしてくれて──
──ありがとう、私を愛してくれて。
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