第4話:彼女の選択
彼女は年長になって半年が過ぎ、年長組の保護者との進路面談が始まる時期になってきた。
実は彼女の通っているこども園の幼稚部は毎年クラスの半分以上が近隣の私立小学校を受験することになるため、毎年年長クラスの先生は悩みが尽きなかった。
なぜなら、昨年もクラス30人のうち25人が受験をして最終的に受かったのは20人だったのだが、不合格になった5人の保護者からは“きちんと書類を書いてくれなかったから落ちた”・“なんでうちの子が落ちるのよ。あなたたち責任取りなさいよ”と詰め寄ってくる保護者もいて、昨年の年長組だったクラス主任の先生が半年間療養休暇を、担任の先生も配置換えとなり年少クラスの担任になるなど年長組の先生を希望する職員が年々いなくなっていた。
そのため、今年の年長クラス主任、クラス担任の2人は同じ系列の園から“期間限定異動”として今年度のみ配置になっている先生だったため、来年度はまた違う先生を異動申請して、配置をしなくてはいけない可能性、新任の先生を配置してもらい、ベテランの先生を年長組に付けるかなど園長先生としても頭を抱える問題の1つだった。
結愛は最初から私立小学校ではなく、近くにある都立小学校に進学を予定していたため、先生たちは問題がないと思っていた。しかし、学校とのやりとりをするうちに先生が不安になってしまった。その理由が“我が校ではまだそのようなお子さんを指導した経験がないため、仮に入学を希望されても万全の体制が整えられるかどうかわからない”という都立小学校の校長先生の答えだった。
確かに、当時はまだこのような子供たちは社会的に十分な認知をされておらず、学校によっては特別学級などの他の子供たちの目の届かない場所に追いやってしまう傾向が目立っていた。
そのため、公立小学校に行くにしても私立小学校に行くにしても課題が多く、先生としては複雑な心境だった。
この事を両親に話すと「やはりそうなのですね・・・私たちもそうなることは想定していましたが、まさかそのような回答になる事は想定していませんでした。」と残念な声が聞こえてきた。
実は近隣の区で昨年結愛と同じ症状の女の子が入学したが、1学期は何とか支援員の先生にサポートしてもらいながらすごしていたが、夏休み明けから不登校状態になってしまい、学校側が何とか登校できるような環境を整備しようと試行錯誤をしたが、1年経った今も実現には至っておらず、週に1度カウンセラーの先生とのカウンセリングを受けているが、状況は変わらないという。
そして、母親の知り合いの子供の学校にも同じ症状の子が居たが、この子は症状に波はあるものの、周囲の子供たちが理解して接していたため、不登校などの最悪の事態は避けられたが、学年が変わるとそういう子供たちに対する偏見や差別が深刻化しており、先生にとってもこれらのトラブルが起因となっていじめなどに発展させないようにケアすることが求められるなど先生たちにとってもかなり負担になっている様子だった。
これらの他校の事例を聞いた結愛の両親は「娘が無事に入学できて学校生活が始められるのだろうか?」と更に不安に感じていた。
ある日、ふとテレビを見ているとあるニュースが飛び込んできた。それは“全国の都道府県教育委員会でいじめの事実を隠蔽行為か?”という見出しだった。そのニュースを聞いて母親はショックのあまり顔面蒼白状態になり、近くで読書をしていた父親もびっくりして飛び跳ねてしまった。
その内容も“本来、いじめ防止法が適用されるいじめ事案に関しては県教育委員会もしくは市区町村教育委員会が文部科学省に対して報告書を提出することになっていたが、一部の教育委員会内で独自の基準に照らし合わせて重大ないじめと認定したもののみ提出していたことが分かった。また、一部の市区町村教育委員会でも隠蔽行為が起きているのではないか?という保護者からの問い合わせも多数届いており、文部科学省が全国の教育委員会に職員を派遣し、実態調査を行うことを検討している事が分かった。”というもので、このニュースを見た両親は更に不安を感じてしまった。
実は3年前、結愛のいとこにあたる未彩ちゃんが中学校入学後に下校しようとしたところ自転車を壊されて歩きで帰らなくてはいけなかったこと、体操服などの私物を勝手に燃やされたり、裁断したりして新しい体操服を買わなくてはいけなくなってしまったことなどのいじめが起きていたが、学校の先生に相談したところ、“学校側としては本人からの相談がないと学校としては動けません。”と言われた。
しかし、彼女の友人達に聞くと“担任の先生には報告したけど取り合ってもらえなかった”という話しや“次見かけたときには証拠を持ってきて欲しい”などといじめを隠蔽しているのではないか?と疑われるような言動があった事を話してくれた。
その後、未彩ちゃんはこれらのいじめが起きたことで他の同級生に対して信用することが出来なくなり、不登校になった。そして、不登校になってまもなく自殺未遂を起こした。
今はカウンセラーの先生とのカウンセリングを受けながらスクールサポーターさんが彼女に専属で付いて生活を補助している。
両親は“万が一、彼女が学校に行かなくなってしまったときにどうやって生活をさせるか?”・“どのように接するといいのか?”が分からなかった。しかも、母親の親戚にも父親の親戚にも未彩ちゃん以外は不登校になることはなく、何かで悩んでいるということもない。そのため、彼女が小学生で不登校になってしまった時に頼る場所というのも月に1度通っている大きな病院の中にある小児心療内科しかないうえに今の先生はオンライン診療も可能だが、診察日が決まっているため、オンラインであっても対面であっても予約が必要になるため、急変したからと言ってすぐに受診できるわけではない。
そう考えると彼女の今の状態で学校生活になじめるのかを事前に両親としては把握しておきたいところだった。
しかし、少し前から学校の警備が厳しくなり、保護者であっても参観日や教員との面談など事前に立ち入りが許可されている場合を除き立ち入ることが出来なくなった。
もちろん、関係者以外はいかなる理由があったとしても校内、校庭を含めた敷地内に立ち入ることが出来ない。
そのため、入学前に学校の雰囲気や子供たちの様子などを個人的に知る事が出来ないのだ。
実はこのこども園も事前に見学をして、入園決定後に結愛の症状を説明して理解してもらい、彼女を受け入れるために専門の先生を園に招いて、彼女の症状について園に勤務している職員全員対象の勉強会を開いてくれたのだ。
そのため、小学校でも同じように事前に先生方に話せるのかと思っていたがそうはいかなかった。
そして、まもなく冬を迎える頃だった。
ある日、1通の封筒が届いた。封筒の下にある宛先を見ると“教育委員会 就学支援課”と書いてあった。早速、家に入って封筒を開けてみると3枚のA4判の紙が3枚入っていた。そこには“就学希望校申請・調査書”・“就学前健康診断受診のお願い”・“区立小学校合同説明会および一斉交流会のお知らせ”が入っていた。しかも期限が就学希望校申請書は今月末まで、他の2通は1月下旬に行われる区立小学校合同説明会の際に提出する事になっていた。
そこで、母親は結愛に「みんなと同じ学校に行く?それとも別の学校が良い?」と聞くと結愛が「学校に行きたくない」と言って自分の部屋に行ってしまった。この時、母親はまさかの回答に為す術を失っていた。というのも、彼女の学区では選択肢として近くの区立小学校しかないが、諸条件(親の送迎や家庭の事情など)を満たすと隣の学区の小学校にも行ける。しかしながら、彼女の家は両親ともに会社員でとてもではないが、彼女の登下校に合わせて出退勤することは出来ない。今でさえ朝は園まで送っているが、夜は近くに住んでいるママ友の家に預かってもらっているだけに小学生になるとそういうわけにはいかない。ただ、彼女の場合は選択肢が広がる越境入学の条件を満たさず、近くの学校しか選べない状況にあった。
そこで、こども園の先生に相談することにしたが、母親としては気が重かった。その理由として、今までも進路については何度も相談してきたが、先生からは「彼女の行動などを見ていると他の幼稚園の子と一緒に生活をすることは配慮などがないと難しいかもしれない。」と言われたからだ。そして、彼女の服装に関しても「相手の見方によっては“わがままな子”・変わっている子“という見方をされかねない。だからこそ、小学校の制服を男女兼用としてズボンタイプの制服を特注してもらい、着ることに慣れさせる必要がある」と周囲との温度差が出ないように出来るだけ早期から指導する必要があるという見解を示した。
ただ、両親としては姉の通っている区立小学校に通ってもらいたいという気持ちに変わりはなかった。しかし、現在姉とは不仲状態になっているだけでなく、彼女が一緒に出歩くことを嫌がっている状態であることから同じ小学校に通わせることで更に不仲になっても困るため、板挟み状態になっていた。
一旦、近くの区立小学校に入学希望を出しておいて細かい部分は面談の時に話すことにした。
そして、返信用の封筒に申請・調査書を入れて送り返したのだった。
僕が生きた日 NOTTI @masa_notti
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