第3話:お姉ちゃんの悩み

彼女はあと1年で今の園を卒園して、小学校に入学する。しかし、彼女の通う小学校は制服で、男女指定の制服だったため、これまでのようにごまかすことも出来ない。なぜなら、彼女の通う予定の小学校はスカートの下はレギンスやタイツ以外の着用が認められていない。ただ、体育のある日に限っては体操服の着用は認められている。


 そのため、今から彼女に対して「小学校に行くと今のように自由に着られるわけではない」ということを彼女に伝えなくてはいけないのだ。これは保育園からこども園に入ったときもそうだが、彼女の場合、身体は女の子でも気持ちは男の子のため、精神的なバランスを保つだけでも一苦労で、女の子と同じ事をすることに対して違和感を覚えていたのだ。


 そして、こども園の年長クラス合同お泊まり会の時に事件は起こった。それは、彼女が夜中にこっそり女の子の部屋を抜けて、男の子たちが寝ている部屋に入っていったのだ。彼女は先生の前では先生の言うことを聞いていたが、女の子という区切りをされたことで彼女の中で十分に理解できなかったのだろう。そして、いつもお兄ちゃんと一緒に寝ていたこともあって、隣に違う人がいることで不安に思ったのだろう。


 そして、彼女は遊ぶときもお兄ちゃんとお姉ちゃんも一緒にいるが、お姉ちゃんは彼女の性格を知っているため、強引には遊びには誘わない。ただ、お姉ちゃんにはある気がかりなことがあった。それは、自分のお下がりをあげると「こんな可愛い服は着たくない」や「お姉ちゃんと同じ服は着たくない」などと言って一切彼女の服を着なかったのだ。しかし、兄が着ていた服は好んで着ていて、その光景を見た彼女は悔しいという感情を通り越して、「私は結愛から嫌われた」という姉妹としての気持ちが切れかかっていた。


 そして、たまに服を買いに行っても女の子のコーナーでもスカートやワンピースなどには目をくれず、ズボンやシャツのコーナーに一目散に走っていき、キャラクターではなく、ワンポイントの服を選ぶなど姉と妹では服の趣味も真逆だったのだ。


 そのため、この頃から習っていたピアノの発表会でも他の生徒さんはスカートやワンピースなどを着ているのだが、彼女はズボンにブラウスと1人だけ浮いてしまうこともあった。


 しかし、彼女は“これは私が選んだ服だから”と言って違う服を着ることはなかった。そして、同じピアノ教室に兄も姉も通っているが、特に周囲から違和感を覚えることはなかった。


 母親は「子供たちは普通に育っている。」そう思っていた。しかし、ある日の結愛の行動を見て母親はショックを受けてしまった。それは、“隣のクラスの男の子と彼女が喧嘩をして男の子を泣かせてしまった”という耳を疑う事が起きた。


 母親はその話を聞いた瞬間、身体中から血の気が引いていってしまっていた。なぜなら、今までも女の子と喧嘩をすることはあっても男の子と喧嘩した事はなかったし、まして泣かせることはなかった。


 少しして冷静になって“なぜ、彼女はその子を泣かせてしまったのだろうか?”と考えていた。すると、いくつか心当たりはあったが、どれも女の子同士のトラブルや仲良い女の子と彼女が好きな男の子の取り合いをしていたことなど直接男の子に関係するようなトラブルや喧嘩は聞いたことがない。


 そのため、先生が男の子からやられた当時の話を詳しく聞くとある違和感を察知した。それは、彼が普通に遊んでいたのだが、「一緒に遊ぼう」と別の男の子に声をかけたところ、結愛と藍奈が「私たちじゃダメなの?」と言って彼の手を掴んだという。ただ、藍奈は手を掴んだだけだが、結愛は仲間はずれにされたと勘違いをしてその子を殴ってしまったのだ。


 実は彼女が保育園の頃から一緒に遊んでくれる男の子にはとことんついていき、一緒に遊んでもらえるまで離れないということもあり、母親は入学前に下見をして、可能な限り女の子が少ないこども園を選んだのだが、どうしても彼女にとっては辛いことも受け入れなくてはいけなかった。


 まず、そのこども園では男女で分かれて昼寝や遊び、プールなど保育園内で男女の線引きを明確にしていたため、彼女のような園児にはかなりきつい部分が多かった。そして、制服も指定されていたため、彼女は“自分が束縛されているのではないか?”と感じていたことも少なくない。


 プールの時も男の子と同じ部屋で着替えようとして先生に女の子の部屋に連れて行かれたこと、男女別の時間に男の子のプールで遊んでいて、女の子のプールに行くように言われたことなどちょこちょこ先生も彼女の違和感は気が付いていた。ただ、そこで彼女の違和感を認めてしまうと今度は彼女の勝手を認めてしまうと思って他の子たちと同じ行動が出来るように指導していたのだ。


 これは家族でプールに行ったときも同じだった。彼女が3歳の時にお父さんとお兄ちゃんと一緒に男子更衣室に入ろうとすると係員さんに止められて、「女の子はこっちだよ!」と言われて女子更衣室に誘導されて渋々女子更衣室で着替えるなどこの頃から自分の性に対して違和感があったことは間違いないだろう。


 ある時は家族旅行でプール付きのホテルに泊まったのだが、彼女がみんなと入れるように家族風呂を予約してお風呂に入るなど彼女にストレスを与えないように試行錯誤していた。


 しかし、彼女はあと2年で小学生になる。そして、姉が同じ小学校の5年生になるため、“妹の事で何かされないか?”と不安になっていたのだ。実は今も彼女の友達を家に連れて来られないのはこういう事情があるからだった。そのため、周囲からは「未彩ちゃん家ではなんで遊べないの?」と彼女が家に入れてくれないことに疑問を持っている友達もいたのだ。


 そして、彼女は「いろいろあって難しいの。」と友達に説明するが、姉としては友達には結愛のような兄弟がいないため、なぜ結愛がこういう行動を取るのかを理解出来ないだろうと思ったこと、結愛が小学校に入学した時にいじめられる、友達が他の子に話して彼女が辛い環境が出来てしまうことを危惧していたのだ。


 そして、彼女が4年生になると結愛は登園しなくなり、兄弟とも会話が減っていった。今までべったりだった兄とも距離を取るようになり、園の友達が心配して連絡をしてきても彼女が出ることはなかった。


 この事が心配になった母親は結愛の通院している病院の担当の先生に彼女の現状を伝えて相談した。すると、病院の先生からは性同一性障害かCTG(Childhood Trans Gender)のような症状が顕著に表れているのではないか?と推測していた。その理由として、幼児から児童になる精神発達の段階で男の子に対する近付き方が変わる子も多いため、彼女はそのケースにも当てはまるのではないか?と思ったのだろう。


 しかし、彼女は一貫して女の子よりも男の子に対して肩入れをすることもここ数ヶ月の間に増えて、姉との価値観のズレや性認識のズレがかなり顕著になっていた。


 そのため、母親としては彼女の考え方を尊重してきた一方でお姉ちゃんのような考え方も持って欲しいと思っていた。しかし、母親がそう思っていても彼女には響いているような兆候はなかった。


 実は姉も彼女が妹であることに後ろめたい思いがあった。そのため、一緒に出かけることが以前に比べると増えたのだが、その度に友達に会わないか不安で仕方がなかった。


 これまで買い物に行っても友達に会ったことはなかったが、休日には数回会ったことがあったため、今回は休日の日中ということもあり、どこで会うか分からない状態だった。


 その日は結愛が行きたいと言っていたお店に行くことになっていたが、姉は正直行きたくなかった。なぜなら、売っているのは男の子の物で、すごく奇抜なデザインの商品が多かったため、いつも通り過ぎていた彼女にとってはイメージを維持するために早くお店から出たいと思っていた。


 姉は妹がもっと女の子らしくなってくれると姉としてはいろいろな友達とも胸を張って遊べると思っていたため、早く何とかならないかな?と心の中で思っていた。

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