第5話縁

 家に入ると、玄関に怖い顔をした父が立っていた。

 腕を組み、眉間にしわを寄せた父は、俺に気が付くとこういった。


「来い。直ぐにだ」


 父の普通じゃない様子を見て、自分が本当にまずいことをしたんだと改めて感じた。

 父は黙って家の奥まで歩いていき、廊下の突き当りで止まった。が、そこには扉も何もない。父はそこで何かをぶつぶつ呟き始めた。

 十秒ぐらい何かを呟いていたが、声は聞こえなかった。聞こえないより聞き取れないに近かったかもしれない。


「入れ」


「は?入れって何処に……」


 そう言おうとした俺の口は、全てを言い切る前に閉じた。目の前に不思議な光景が広がっていたからだ。

 突き当りの壁、そこにさっきまで無かったはずの扉が現れていた。

 絵なんかじゃないのは、父が入って行ったことで明らかに分かる。


「早くしなさい」

 

 父に催促され、俺も恐る恐る中に入る。

 部屋の中は、特に何もなく。奥に中ぐらいの仏像と、神棚がある位だった。

 何故神棚が?と思ったが、その部屋の異様な空気の方が気になったせいで、そっちはあまり気に留めなかった。


「時間が無いから一度で覚えなさい。お前があったモノは、完全に向こう側の住人だ。一度そう言ったものと関りを持つと、お前も向こう側に引っ張られる。未だ力の弱い方ならよかったが、あれはそうはいかない。だから今からもう一度、あれと会ってもらう。とにかく縁を切ってくれと頼め。いいな?」


 父が急いでいるのか早口でそう言った。

 あれとは、十中八九あの鳥居の上に居た奴だろう。だが父さんが言う程悪そうには見えなかったんだが……。


「何じゃお主、また来たのか?」


 少し考えているうちに、景色はさっきの部屋から鳥居の目の前に変わっていた。

 そしてさらしを巻いた上裸の女が奥の社に見えた。 

 前回と違い、服装は分かったが、顔までは認識できなかった。

 あれに話しかけられて父の言葉を思い出し、取り合えずいう通りにしてみることにした。


「すまないが俺と縁を切ってくれないか?」


 俺がそう言うと、空気が張りつめ、体が重くなり膝をつきそうになった。

 明らかに感じる殺気。俺は怖くなり社の方を見れなかった。


「……それはお主の意見か?それとも他人に言われての発現か?」


「それは……」


 ここではどうこたえるのが正解なんだ?何も分からず言われるがままに言ったが、本当に父の名前を出していいのだろうか?

 逆に俺の意見と言った時はどうなるんだ?この殺意が完全に俺に向けられるんじゃないのか?行動に移すんじゃないのか?


「正直に申せよ?儂は嘘が嫌いじゃ」


 その言葉を聞いた俺は、父に言われてやったことを説明した。

 それがこの後どう影響するかなんて考えなかった。自分が死ぬかもしれないような状況で、そんなこと考えている暇は無かったんだ。


「縁は簡単に切れるものでは無い。お主の父には馬鹿を言うなと伝えろ。だが……」


 服装以外認識できなかったソレの顔が、表情だけは分かった。

 ソレはニヤッと口を釣り上げて笑いこう言った。


「お主は今片足をこっちに入れたぞ?この縁がどうのの一件でじゃ。儂を認識できた時が、今のお主の最後と心得よ」


 それの言葉を最後に、目を開けられないほどの風が吹き荒れた。

 風もやみ、恐る恐る目を開けると、そこは元の部屋だった。

 汗をかき顔色の悪い父を、朝陽さんが介抱していた。


「無理だったか……おい親父さん。取り合えずここから出るぞ」


 朝陽さんが父さんを抱えて部屋を出た。俺もそれに続いて出ようとしたが、朝陽さんに止められて俺はこの君の悪い部屋に一人取り残された。

 暫くして朝陽さんが戻ってきた。真剣な顔をしたまま俺の前に座り、さっきは省かれた詳しい説明をしてくれた。


「お前は神隠しに近いものに巻き込まれていたんだ。だから一週間も行方が分からなかった。俺も直ぐに気づいて羽川に向かったんだが、川の入り口で寒気と吐き気に襲われて、それ以上進めなかったんだ。だから何か不味いモノがお前に憑いてるんじゃないかと心配していたんだが……さっき見た時お前にこびりついていた何かが見えたんだ。俺にはどうすればいいのか分からないから親父さんに頼んだんだが……」


 結果はダメだったと……。

 確かにあれは良くないものなのは分かるが、実際になにもしてこなかったから本当にそうなのか怪しくなってきている。殺気は飛ばしてきても、動く気配は無かった。

 

「あっち側って何?」

 

 一番気になった事を朝陽さんに聞いた。すると朝陽さんは、少しの間話すことをためらったが、何を思ったのか話し始めた。


「俺たちが住んでいる現世。ここで死んだ人や動物の魂が行く場所が彼の世。でもそこに行けなかった魂は、現世に留まることになる。そんな魂たちや、人の恨みや恐怖が溜まる場所があっち側。裏と呼ばれている所だ」


 朝陽さんが言ったことは、直ぐには理解できるものでは無かった。

 だがあの光景を見た後では、信じざるを得ない事だった。

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天の子と黒鬼 紅椿 @koutinn

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