第4話神隠し

 放課後、学校から羽川に向けて歩いている時、拓斗が思い出したように口を開いた。


「そう言えば羽川ってもう一個噂があったんだよ。確か神隠しがあって、戻ってきた奴が神社にいたって話したらしいぜ」


 神隠しの噂か……。今回の事件と関係があるのかは分からないが、覚えておいて損は無いだろう。

 二十分位歩くと、羽川の上の羽橋に到着した。羽川には、羽橋の横にある階段から行くんだが、毎回ここに来るたびに思う事がある。


「この橋っている?」


 そう、羽川は浅いのに橋が架かっているんだ。しかも結構高いところに。

 川にちょっとした橋を作るんだったら良いが、この橋だけは理解できない。


「それなんだけどな。昔川に直接橋を架けようとしたら疫病が流行ったとかで橋を架けるのを止めたらしい。でも向こうに渡るのに橋が必要だからこんなところに作ったんだってよ」


 と、拓斗が嘘かどうかも分からない話をしだした。

 何故こいつはこんなに色々な話を知っているのかは分からないが、その行動力と頭は尊敬に値するな。危機感がないのが恐ろしいがな…。

 疫病と神隠しか……。関係が無いとは言えないな。

 

「おい着いたぞ!ん?おいまじかよ。黄色いテープ張ってるじゃん」


 まあだろうな。

 殺人事件かもしれないのに、証拠があるかもしれないような所には誰も近づかせないだろう。

 そうだと思ったから来たんだが、拓斗は奥まで行けると思っていたのか、ショックを受けている。


「もういいだろ、帰るぞ」


 そう言って振り返った瞬間。近くの森の中にある壊れた祠の様な物が目に入ってしまった。

 ああ……。最悪だ。

 気付いたときには、景色が一変し、拓斗と飛鳥の姿も無かった。

 目の前には石の階段が伸び、その先には真っ黒な鳥居がある。

 恐らく無くなった中学生は、祠を壊したんだろう。ワザと壊したわけでは無くても、こういう奴には関係ないからな…。

 俺は全く関係ないのに連れてこられたんだ、相当お怒りだろう。俺じゃどうすることも出来ないし、帰りたいんだが……。

 当然の様に後ろには進めない。後ろを向くと、さっきと同じ石の階段がある。

 覚悟を決めて石の階段を上る。上までたどり着くと、そこには石畳と砂利、そして少し大きな社が建っていた。

 まだ鳥居は潜っていない。が、潜るしかないんだろう。

 嫌だなー。生きたくないなー。何で死ぬかもしれない所に行かないといけないんだ……。


「のう、お主。何時まで其処におるつもりじゃ?」


 俺にそう尋ねる声がした瞬間。鳥肌が立った。

 目の前には誰もいない。だが近くで声がした。


「何処を見ておる。上じゃ、上」


 上を見ると、誰かが覗き込むように鳥居に座っていた。

 顔が分からない。だが声の感じから女という事だけは想像できた。でもそれだけ、こんなに近くに居るのにそれしか認識できないんだ。


「どうやって入ってきたのか分からんが、儂は今気分が悪い。早々に立ち去れ」


 少し威圧しながら、上に居る女は言ってきた。帰れるんだったら俺は帰りたいから良いんだが、正直腰が抜けそうだ。

 慣れているつもりだったが、今まで見てきたモノのどれよりも存在が怖い。

 俺は何も喋らず、お辞儀だけして石の階段を下りた。そして最後の段を踏むと、目の前にまたあの社が写った。

 何故だ?あいつは帰れと言ったんだから帰れるはず。なのに何故目の前にはあの社が写っている?

 もう一度階段を下りるが結果は同じ。何度やっても帰ることは出来なかった。


「何をしておるんじゃ。ふざけておるのか?」


 さっきよりも怒気が混じった声がした。このままじゃ本当に殺されるかもと思い、今の状況を理解してもらおうと、震える口を必死に開いた。


「い、いえ。ふざけているつもりはないんですが、何故かここに戻ってくるんです」


「何を……いや待てよ。お主……なるほどの。まあ良い。ついて参れ」


 そう言って鳥居から降り、石の階段を下って行った。

 俺も後を追って階段を下りたが、最後の段は踏まずに立ち止まった。


「これ以上此方に踏み込めば、もっと面倒なことになる。それが嫌なら考えることじゃな」


 そう言った女に背中を押され、階段を少し転がると、石の感覚ではなく水に触れたような感覚がした。

 体を起こすと、そこは羽川だった。しっかり体が濡れているから、感覚がしただけでは無かったらしい。

 さっき見た黄色いテープはもうなかったが、時間は八時ぐらいか?そんなに時間は経っていないように思えた。

 取り合えず家に帰ると、門の前に警察官が居た。もしかして拓斗がテープを超えたのか?と思い近くに行くと、母が暗い顔をしながら警察官と話していた。


「母さん?何かあったのか?」


 俺がそう聞くと、母がこっちを見た。そして俺に気が付くと、泣きながら抱き着いてきた。


「うわ!どうしたんだよ急に」


 母は泣いていて話にならなかった。

 鳴き声を聞きつけて、朝陽さんが家から出てきた。そして警察官に何かを話し、母を連れて中に入って行った。


「ちょっといいですか?流清君、でいいのかな?」


「え?はい」


 警察官が俺に名前の確認をしてきた。

 俺が返事をすると、持っていた紙に何かを書き始めた。


「今までどこに居たの?」


「え?どこって羽川ですけど……」


 あの神社の事は言わない。言ったら余計に話がややこしくなるから。

 

「んー……。分かった。今日は帰るからまた明日話を聞かせてね」


 そう言って警察官は、横に止めてあったバイクで帰って行った。 

 一体何だったんだ?と疑問に思いつつも、俺はやっとの思いで帰宅したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る