コストコで買った2万3千円するニューヨーカーの眼鏡

ぽんぽん

コストコで買ったニューヨーカーと言うブランドの眼鏡

 暇人がやると噂の図書委員の仕事が退屈かと聞かれれば人によるとしか答えられない。要は一万三千冊の本と暖かいストーブが楽しめるか否かだ。僕の場合、図書委員専用の受付小部屋でストーブに当たってふかふかの安楽椅子を堪能することはこの上ない楽しみなので、退屈とは感じない。それに僅かながらではあるけれど、本を借りに来る人との交流にも面白みがある。つい先程、シリーズ物のナンバリングを間違えている後輩の女の子にその事を教えてあげた時の話をしようと思う。僕が愛用しているものと似ている丸眼鏡を掛けたその後輩は近頃人気の魔法物ライトノベルを借りるところだっだ。四巻まで返却し、五巻から借りるようで、順番に積み上げられた本を僕は貸し出し機に通していた。すると八巻が無い。五、六、七、飛んで九巻。まるで時そばに掛けられた妙な気分。その事を告げると後輩は怪訝な表情。

「七巻は借りないの?」

「?」

 受付台上の本に視線を落として僕はピンと来た。この魔法物ライトノベルは雰囲気に拘っているようで、ナンバリングがローマ数字で行われているのだ。今後輩が借りようとしているのはⅤ、Ⅵ、Ⅶ、Ⅸ。恐らく八巻は既に借りられていて気が付かなかったのだろう。

「ローマ数字は五の倍数には横に三本まで並ぶんだ」

 この説明で伝わったのかは分からなかった。問題点はそこでは無かったからだ。説明と同時に検索を掛けていた旧式のコンピューターが検索結果を表示する。八巻の欄を見るが貸し出し中の文字は光っていない。

「大丈夫です……」

 何がどう大丈夫なのかは色々考えられる。知っていて八巻は借りないからなのか、僕の要らぬお節介が大丈夫なのか。既にバーコードは機械に通してあるので後輩は本を抱えるとそのまま駆け足で去ってしまった。

 他に利用者も居なかったので、どうしてなのか考えてみることにしたが結局それらしい理由は思い付かなかった。

「恥ずかしかったんだじゃないかな、間違えちゃったの」

 いきなりの声に僕はあからさまにびっくりする。

「うわっ!」

 危うく安楽椅子ごとひっくり返るところだった。

「びっくりし過ぎ」

 冷静に指摘された。

「いつから居たの」

 僕は同級生の碧眼を睨んで言った。

「君が後輩にしたり顔でローマ数字を解説していた辺りから」

「……趣味が悪いぞ」

 辛うじて言い返すも、彼女はニヤリと笑って流す。

「もう下校時刻だよ?」

 向かいの壁に掛けられている時計を見ると時刻は五時。ちなみに冬の下校時刻は六時だ。まだ一時間の余裕がある、はず、なのだが。

「大雪だから早く帰りなさいって放送あったけど、聞いてなかった?」

 考え事に夢中になっていたようで聞こえてなかったらしい。

 受付口から身を乗り出して窓の外を見ると、空中で合体して大きく成長した雪が深々と降っていた。

 天気は予報が外れて生憎の大雪。

「……予報じゃ一日晴れる見込みだったのに」

「大雪だね」

 何故か彼女は笑顔で言う。

「さ、帰ろっか」

 とは言え僕らの間柄は一緒に下校するようなものでもなかったはずだし──近頃微妙なラインをせめぎあっていることは無視した──、単純にもう帰った方が良いことを教えたかったのだろうけど。なぜ用もないのに(本を借りる訳でもなかったし、返すだけなら外に返却口がある)図書室に居たのだろう。

 僕は図書室の鍵を職員室に返しがてら、そんな事を考えていた。

「雪、どんどん強く降ってきてるね」

 廊下の窓を覗いてみる。確かに大雪。

「電車止まらないか心配になってきたよ……ってどうして僕の後ろにいるのさ」

 何故か後ろにいる同級生。

「それは君の後を着いてきたから」

「どうして僕の後を着いてきたのさ」

「それは秘密」

 僕は溜め息を吐く。吐息は室内なのに、白かった。

 幸い校内に生徒はもう殆ど残っていないようで、僕と彼女が二人きりでいるところは誰にも見られなかった。……僕が聞いた限り少なくとも二百三十二回全ての告白を断り、まるで男子を寄せ付けなかった彼女とこうして二人きりのところを見られたくなかったのだ。要らぬ誤解を生むだろうし。

 ふと試しに僕は男子トイレに入ってみた。まあ玄関に向かわずにトイレに行ったにも関わらず後ろをついてくる時点で分かりきったものだけど、トイレを出るとドアの前で彼女は待っていた。

 彼女はただ笑顔を浮かべているだけ。とは言え苛立ちを覚えたりはしなかった。めちゃくちゃ可愛いし。

 結局玄関に着く。

「あ、職員室に用事あるの忘れてた。こすてろ」

「こすてろはマフィアだよ。──残念だけど貸し出し用の傘なら全部貸し出されてたよ」

「ぐぬぬ」

「優秀な私は折り畳み傘を常備しています」

「……知ってる? ニューヨーカーは雨が降っていても傘を差さないんだよ」

 豆柴風に言ってみた。

「雪の日はどうなの?」

「……ニューヨーカーでも雪の日は傘を差すと思う」

 美少女との相合い傘のせいで、体温は上がる一方だった。

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コストコで買った2万3千円するニューヨーカーの眼鏡 ぽんぽん @funnythepooh

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