5


「ああ、そんなこともあったなぁ。懐かしいな」


 あれから二十年が、あっという間に過ぎ去った。僕は今金沢で働いている。ツトムは東京だ。もう既にお互い家族がいる。


 彼とは中学まで一緒だったが、その後は離れ離れになり、疎遠になってしまった。だが今年になって、今更だが勉がSNSを始めたのだ。そして僕のアカウントを見つけてコンタクトを取ってきた。残念ながら今年はコロナウィルスの影響で彼が帰省することはないが、ビデオ会議で互いに顔見ながら飲もう、という話になって今に至る。僕の目の前のディスプレイには、少しふくよかになり、額が広くなった彼の顔が映っている。


『それでなあ、ヒロシ。あの「恐怖の大王」の正体だがな、さすがにもうお前も、見当がついてるよな』


 画面の中の勉が、ビールの350ml缶を口に付けて傾ける。


「……え?」


 僕は思わず目を見開く。ビールを喉に流し込んだ勉が、怪訝な顔になる。


『おい、お前、まさかまだあれが宇宙人だったって思ってるのか?』


 そんなふうに言われてしまうと……肯定しづらいんだが……


『いいか』勉が呆れ返った顔に変わる。『まず、あの謎の飛行物体だがな、あれは単なるバルーンだ。そしてそれからケーブルが伸びて、あの砂浜の機械につながっていた。これが何を意味するか分かるか?』


「いや」


『あれは通信機だ。海中の潜水艦と通信するための、超長波のな。超長波は送信アンテナを長く伸ばす必要がある。バルーンにつながったケーブルが、そのアンテナだったんだ』


「潜水艦?」


『ああ。多分あの時、沖合の海の中に潜水艦がいたんだろう。あの宇宙人もそこから来たんだ。いや、宇宙人じゃない。あれはどう見ても、アクアラングと潜水服を身に着けた、人間だ』


 ……。


 さすがは理学部出身の勉だ。正直、僕には考えも及ばなかった。確かにそう言われてみれば、そのような気もしなくもない。


『そして、あの機械に書かれていた文字……あれも、どう見ても……ハングルだよな……』


 潜水艦……ハングル文字……


 勉の意図を、僕もようやく察することができた。


 それはまさに「恐怖の大王」だった。現に、僕は今、恐怖のどん底に叩き落されている。震えがどうしても止まらない。


 そう。あの時一歩間違っていれば、僕らは……


 そして。


 とうとう勉は、決定的な一言を告げた。


『「舟隠し」って、日本で初めて確認された、拉致事件が起こった場所だったんだよ……』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

恐怖の大王 Phantom Cat @pxl12160

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ