後編


砂漠の昼間は暑いため、陽が落ちてから外出している。

太陽が出ている間は建物内を散策し、眠りにつくのが習慣だ。

螺旋階段を回りながら、各階をくまなく探す。


二人が細かく見て回ると、扉の上のランプが赤く点灯していることに気づいた。

金属製の扉が固く閉ざされている。


「ここにいるみたいだな」


「そうなの?」


「この奥に誰かいる」


イルが扉を3回叩いた。反応はなかった。

今度は強めに叩いて、生き残りを待った。


「……食料なら地下にある。好きなだけ持って行って」


少しだけ開かれた扉から、か細い声が聞こえた。ノイズ混じりの機械音声だ。

生物ではなく、人型のロボットだった。


「待って! 閉めないで!」


無理矢理扉に手をかけて、ウェルは部屋に飛び込んだ。

テーブルの上にはマイクとヘッドホン、そこら中に機械が置かれている。

ガラス窓の奥にまた部屋があり、そちらにも椅子とテーブルがあった。


外に通じる窓がないからか、空気がよどんでいるように思えた。


「ここは何の部屋なんだ?」


「勝手に触らないで! 調節が大変なんだ!」


声を荒げながら、機械を守るように青年は立ちふさがった。

シャツには細い花びらがいくつも重なった大きな黄色の花が描かれていた。


「君たちこそ何なんだ? ここには何もない!

用がないなら出て行ってくれ!」


「……急に来て悪かったよ。俺はイル、こっちはウェル。生き残りを探してるんだ」


「生き残り?」


「私たちはこの街が消えた理由を探している。

1日だけでいいから、泊めて欲しいの」


「それなら別に構わないけど、そういう話は聞いたことがないな」


「この街で何が起きたんだ? 何か知らないか?」


「俺は何も知らない。ここを守るように言われているだけで……」


青年は何度も首を横に振った。

二人は顔を見合わせた。


「ねえ、すいかのラジオってここで流してるの?」


「すいかのラジオ? スイカラジオのことか?」


「そう。いつも聞いてるんだよ」


三人が黙るとスピーカーからわずかに声が聞こえた。


『というわけで、番組へのメッセージを募集しております。

メッセージが採用された方全員に番組特性缶バッジをプレゼントしちゃいます。

番組HPのメールフォームからどんどこ送ってくださいね~』


毎晩のように聞いているあの女性の声だ。

青年はその場にしゃがみ込み、うなだれた。


「まさか、あれからずっと喋ってたのか?」


「マスターはいろんな番組を掛け持ちしてたんだよ。帰るのはいつも朝だった」


「マスター?」


「長月は俺のマスターだった。

短い間だったけど、このスタジオで番組をやってた」


最終回を機に彼女はこのスタジオから離れることになった。それは分かる。

しかし、建物内で働く人々まで一斉に失踪する理由は分からなかった。


青年だけが取り残された。


『きっくんきっくん、ちょっと頼まれてほしいことがあるんだ』


『珍しいですね、あなたからそんなことを言うなんて。どうかしましたか?』


『あのさー、このスタジオで録った番組を24時間365日ずーっと流してほしいんだ』


『なぜ、そんなことを?』


『ここから人がいなくなるからね。君ぐらいにしか頼めないんだよ』


笑いながら肩を叩いた。ここの録音データはすべて残っている。

1日の番組をすべて再生し、1年を再現することは不可能な話ではない。


ただ、この街に生きる人々は誰もが忙しい。

1週間前の夕飯を覚えていないのと同じだ。

そうすることに意味がないから、やらなかっただけだ。


同じ話を何年も繰り返す意味は分からないが、頼まれたなら仕方がない。

次の日から番組の再生を始めた。


この数年間、同じ年を繰り返している。何の反応も返ってこない。

聞いている人がいるかどうかも分からないまま、何年経っただろうか。


「そっか、聞いてる人がいたんだ。

届いていなかったらどうしようかと思った」


「昨日の月が本当に綺麗だったんだよ。

音楽家の人が言ってたみたいに、ぽっかり浮かんでいたんだよ」


「今の話、マスターが聞いたら喜んだだろうな。直接話をしてくれるなんてさ……」


青年はスッと立ち上がり、ダンボール箱を二人に見せた。


「缶バッジあるけど。いる?」


「いらない」


「いる!」


イルのそっけない返事とウェルの元気のいい返事に笑いながら、二人に手渡した。

シャツと同じ黄色の花が描かれていた。


「生き残りを見つけたら拠点まで連れて帰るように言われている。

そういう決まりなんだ。けど……」


歯切れの悪い少年を見て、彼はうなずいた。


「俺はここを守らないといけない。それが長月の命令だから」


「そうだよな、命令は絶対だ」


ロボットにとって、主人の命令は絶対だ。

何よりも譲れないのは、よく分かっている。

無理を強いることはできなかった。


「名乗るのが遅れたね。俺は菊月」


「だから、きっくん? 私もきっくんって呼んでいい?」


「マスターが勝手に呼んでただけなんだけどね」


菊月は苦笑しながらテーブルに座った。


「俺はここに残る。1日を再生しないといけないから」


「分かった。私たちは夜になったら、出ていくね」


「ここ以外だったら、好きに使っていいよ」


「分かった。何かあったらここに戻る」


「それじゃあ、いい旅を」


菊月が手を振ると、二人は扉を閉めた。

彼は1日をずっと守っていた。

それが繰り返しになろうとそれが命令だから。


彼らはソファーを見つけ、横になった。

陽が落ちたら、砂漠を渡って生き残りを探す。

繋がりがある限り、二人の旅は終わらない。

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砂漠渡りと長月 長月瓦礫 @debrisbottle00

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