半分名探偵

猫寝

第1話

「これは…殺人事件です!!」


 探偵の張り詰めた声が、空気が凝固したような重苦しい事件現場に響く。

 豪邸の主人が殺害されたこの事件、自殺か他殺か判断できずにいる刑事達に、探偵はそう言い放ったのだ。


 その刹那―――


「よーし、これは自殺でーす。みなさん、解散です。お疲れっしたー」


 部屋中に、刑事の明るい声が響き渡った。


「うーす!お疲れっしたー!」

 それを聞いた他の刑事や警官たちが、一斉に帰り支度を始める。


「いやいやいや!ちょっと待って下さいよ!」


 それを制するのは、探偵の焦りを含んだ大声だ。


「言いましたよね!?僕、これ殺人だって言いましたよね!?ねえ刑事!?」


 泣きそうな声で話を振られたのは、解散を命じた刑事。


「うん、言ったよ?だから、これは自殺だろ?」

「なんでそうなるんですか!?」


「……や、だって、この前の推理当たってたからさ。…お前の推理の正解率、完璧に50%じゃん?半分名探偵くん」


――――世の中には、「信じざるをえない」と言う事が往々にしてある。

どんなに信じられない、信じたくない、と強く願っても、「事実」がそこに存在する限り、それはもう「信じるしかない」のだ。


彼の存在がまさにそれ。


「どんな事件の推理も、当たりと外れを交互に繰り返し、絶対に50%の正解率を崩さない探偵」


 …通称、「半分名探偵」――



「50%の確率で、100%当たる推理……ははっ、変な話だな」

「笑い話じゃないですよ刑事さん!こっちは毎回真剣なんですから!」

「知ってる知ってる。キミはいつも真摯に事件に向き合ってくれてるよなぁ」

「だったら笑わないでくださいよ!」


「はっはっは、いいかい名探偵君……真剣だからこそ、外した時が面白いんじゃないか!」


「性格わるぅ!!この刑事さん性格わるぅ!!」


「失礼します!刑事!大変な事が起きました!」

 二人の会話に割り込むように、一人の警官が声を荒げる。

「どうした?」

「はい、それが……被害者は死の直前に、メールで愛人と明日会う約束をしていたようです。その直後に自殺というのは、かなり考えづらいのではないかと…」

「って事は、これは―――」

「殺人の、可能性が、高いですね…」


「いやっほーう!半分じゃない!僕の推理は半分じゃないぞー!どうだ見ましたか!?やーいやーい!!僕の正解率は半分じゃないぞー!」


 殺人現場で踊るように喜ぶ探偵に、刑事が冷静に質問する。


「…お前、この前の事件の後、なんか推理しただろ…」

「は?そんなわけないでしょう。僕みたいな少年を現場に呼ぶようなどうかしてる刑事はあなただけですよ」

「まあそりゃそうだ」

「……どうかしてるのは認めるんですね……?」

「当たり前だろう!!漫画やアニメじゃないんだから、プロが揃いも揃って推理してるのに子供に先を越されたなんて、普通は恥ずかしくて言えないよ!俺は言うけど!どうかしてるから!」

 なぜこの刑事はそんなことを堂々と言うのだろう……と、探偵だけでなく、周りに居た警官たちもみな同じことを思った。


「……しかし困ったな、キミの50%の確立で100%は、絶対に2分の1だからわかりやすかったのに、もし3回に1回とか3回に2回になったら面倒臭いぞ……」

「正解率が上がってもダメなんですか……?」

「ダメだよ!」

「そんなに強く否定します!?」

 困惑した探偵のツッコミはスルーして、刑事は何かを考えこむめ

「なあ名探偵くん。本当にあれから推理してないのか? たとえば、推理小説を読んだとか、探偵漫画を読んだとか……」

「え?いや、そ…………あ、そう言われたら、探偵ドラマ見て犯人推理はしましたけど…」

「その推理の結果は?」

「えと…ハズレ…でしたけど…」


「いぃいいぃぃぃぃいよっしゃあああああ!!!いえい!!」


 突然、刑事は警官とハイタッチをかわす。

 パチーン!!と気持ちいいくらいの音が、事件現場に響く。

「な、なんですかなんですか!?なんでハイタッチですか!?」

 当然の様に困惑の表情を見せる探偵の肩を、刑事はがっしと掴み、言った。


「いいか…俺たちは、お前の推理を頼りにしている。事件解決の為の大切な要素だ」

「…あ、ありがとうございま…」


「けどな!……同じくらい……お前の失敗を笑っているのだよ!!」


「―――は?」


「お前が、2回に一回は、それはもう盛大に推理を外すのが、みんな楽しくて仕方ないんだ!今回はどんな的外れな事を言ってくれるのかと、それはもうニヤニヤしながら心待ちにしているんだよ!そんなお前が大好きなんだよ!」


「やめろー!なんですかその歪んだ愛情!ごめんこうむりますよ!」


「あっはっは、まあ良いから、とりあえず推理してみろ!な!殺人だ、って推理が当たってたってことは、次絶対はずれだから!な!!な!!さてここに容疑者が三人います!さぁ、犯人はだぁれだ!?」


 笑いながら刑事が指さす先には、この屋敷で働いているメイド・コック・執事の三人が、どうしたらいいか解らない顔で並んでいた。

 まあ、殺人事件の現場で楽しそうに笑いながら話されたら、そんな顔にもなろうと言うモノだろう。


「犯人って…この中に居るんですか?」


「殺人だとすればな。事件の時間に家に居たのはこの三人だけだからな」


「じゃあ……えーと…」


 探偵は、事件の資料を見ながら、推理を始める。

 

 絶対当てる!!絶対当てるぞー!!!

 こんな人たちを楽しませてたまるか!!


 そんな気持ちでしっかり資料を読み込み、そして、結論が出た。

 覚悟を決めた表情で、資料を閉じて立ち上がる。


「今、ようやくハッキリしました……」

 そして、ドラマのように容疑者の前をうろうろしながら、自らの推理を披露する。


「あらゆる情報を元に僕の脳細胞がフル回転して、確実にわかりましたよ……」

 ポケットからパイプを取り出して口にくわえる。

 もちろん中には何も入ってないし火も点いてない形だけのパイプなのだが、ここぞという時の為に持っているアイテムだ。


「これはね、引退した父さんから譲ってもらったパイプなんですよ……名探偵と呼ばれ数々の難事件を解決した父さん、その息子として僕は、絶対にこの犯人を捕まえて見せます!父さんの名誉にかけて!!」


 大きく息を吸い込み、天高くつき上げた指を――――振り下ろした!!


「犯人は……メイドさん、あなたです!」


 一瞬の沈黙――――のち、大爆笑が沸き起こる!


「いやー、さすが半分名探偵!見事な外しっぷりだぜ!メイドさんは、唯一完璧なアリバイが有るので、犯人では有りませんでした―!」

「えええぇぇえーーー!?ズルイズルい!!そんなのズルいーー!!なんでそれが解ってるのに容疑者に入れとくんですか?」

「いや、キミが外した時に面白いかと思って」

「酷いっ!弄ばれた!!父さんの名誉が弄ばれた!!」

「待て待て、勝手に父さんの名誉をかけたのはキミだろう。それは知らんよ」

「そうだけども!!ごめんなさい父さん!!」

「まあまあ、じゃあ次は、残りの2人のうちどちらだと思う?」

「え?…じゃあ、執事さん」

「よーし逮捕――!!」

「いやいやいや、待って下さい!今のは何となく言っただけで…」

「いいんだよ、確率的には絶対当たるんだから!じゃあ次は、犯行現場はどこだ?」

「え?…あ、実は部屋の外で殺されて…」

「はい外れー!外に出た形跡は一切ないでーす。じゃあ次は、凶器はどこにある?」

「ちょっ…あの……書斎?」

「よーし書斎を調べろ!隅から隅までだ!」

「ちょっとー!もっと話聞いて下さいよー!」


 ……そんなやり取りを数回繰り返した結果、見事に犯人逮捕に至った。

 一方の探偵は、色々と不満だらけのようで泣いていたが、刑事は気にせずに、探偵にこう言い放った。


「お前の言う事は、話半分に聞くのが丁度良い」…と。


「上手い事言うなー!え~ん!」


             終わり。

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半分名探偵 猫寝 @byousin

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