第11話 その店主、レースに出す

 俺は武器屋兼工具屋である『俺がハンマー』に、物品搬送係として、半分雇われるような形になった。

 店の名前は、店主の名と同じハンマーだった。覚えやすくていいけどね。


 あの日、エストックを貰った俺は、エストックの使い方を教わる代わりに、時々ローウェル坑道まで配達の仕事をすることになったのだ。


 しかも、坑道そり、俺に言わせりゃバイクだが、それも買って貰った。

 とは言っても、店に置きっぱなしで、たまに使わせて貰っているだけだが。

 それだけでも俺は幸せだった。

 異世界に来て、魔法だけが楽しみだったというのに、その魔法でバイク(もどき)に乗れるなんて。

 お金をたくさん稼ぐことができたら、バイク(もどき)を買おう。


 そして、バイクに乗って各地を移動しながら、エルメスとの約束通り、布教に専念しよう。

 まあ、前世でいうツーリングになるな。


 そのためにも、魔法をしっかりと使いこなし、武器を使えるようになって、自分の身を守れるようにならないと。

 異世界に飛ばされたときは、つまらない世界かと思ったが、意外とそうでもない。

 しかも、諦めていたバイク(もどきだが)にも乗れるし。


 そんな訳で、週の半分はハンマーの店に入り浸ることになった。

 実はハンマーは、普段から教会に寄付しており、ビショップと呼ばれている司祭様の覚えも良かったのだ。

 そのため、教会から、ロビンが保護者として同伴してハンマーの店に行くことも特に問題なく行われた。


 配達のない時は、ハンマーから剣の基礎を学んだ。

 折れたエストックは俺には重かったが、ほんの少しだけ、体力強化の魔法を使って練習することにした。


 基礎しか教えてくれなかったが、何も知らない俺からすれば有り難かった。

 足の運びや手の振りの使い方。

 基礎を学んだ俺は、それを基本に我流で動きに変化をつけた。

 この年から剣の練習をしている子供はなかなかいないだろう。

 自分の意志で村を離れることが出来るようになるまでには、一生懸命練習して、そこそこの腕前にならないと一人で旅はできないだろうと思い、頑張って練習に励んだ。



 俺が教会よりもハンマーの店に入り浸るようになって、教会の仕事の人手が足りなくなったかといえば、そうでもないようだった。

 俺の兄やその友達が頑張り始めたのだ。

 もちろんアダムもだが。


 クロエの髪飾りを取り返せなかったつらさから、兄達は、教会のお手伝いで魔力を使い始めたとのこと。

 多少の体調不良も気にせずに頑張っているらしい。


 しかし兄の初恋相手のクロエは、俺に付きまとうようになり、ロビンと一緒にハンマーの店に入り浸るようになった。

 正直困っている。


 髪飾りを取り戻してやったことから、俺に興味を持ったようだが、俺よりも年上だと思って、何かと世話を焼きたがる。


 俺は見た目は子供だが、中身は大人だ。

 食事の時に、あーんとか、口の周りを汚してもいないのに拭かれるなんて、ままごと以外の何ものでもない。

 俺が剣の練習をしている時でさえ、何が楽しいのかロビンと一緒にずっと眺めている。



◆◆◆



 そんな平凡な毎日が続いて、俺は6歳になっていた。

 そんなある日、ローウェルの坑道に、つるはしを届けたところ、問題が起こっていた。

 ローウェルの坑道と、他の鉱山主の坑道が鉱山の中で繋がってしまったのだ。

 ミスリル鉱山には、何本かの坑道があり、その持ち主同士で時々トラブルが起きるのだが、それを穏便に解決する手段がそりのレースなのだ。

 当然ただのレースではない。

 賭けレースなのだ。


 各坑道には、魔力自慢の者がおり、それらが代表となってレースをする。

 また、坑道そりを作る工房にとっても、自分の作った作品の披露の場となっている。

 レースに使うコースも、その時々で違うため、一概に強い者が勝つ訳でもない。

 直線が強い者、細々(こまごま)したコースが得意な者、長距離の強い者等、色々な得意分野があるため、みんなが、自分に都合の良いコースにしたがる。



「おいラルフ、ローウェル坑道の代表として出てくれ」

 現場監督のサンダーソンから頼まれた。


 たまに、ちょっとしたトラブルの際には覆面ライダーとして飛び入り参加していたが、坑道の権益が絡むレースで頼まれるのは初めてだ。


 もちろん出るつもりだが、ハンマーからこういう場合の対応方法を教えて貰っていた。


「ハンマーさんに聞いてみるよ。ところで、どんなコースになるの」

「相手は、バスク坑道だから、山の斜面を使ったコースを提案してくるはずだ」

「分かった。近いうちにハンマーさんから連絡が行くと思うから待っててね」

 ハンマーからのアドバイスと言うのはただの方便で、実は何のことはない、一旦保留するだけなのだった。



「ハンマーさん、今度は坑道が繋がったんだって」

「相手はどこだ」

「バスク坑道だって」

「あそこは、ちょっと分が悪いかもな」

「なにか問題でもあるの」

「最近良い奴が入ったらしいんだよ。いつもなら、パワーだけの山登りしかできない奴が代表に出るんだが、今度入った奴は、パワーはそこそこある上に、テクニックも持ち合わせているらしい。しかもローウェル坑道よりもちょっと立場が上の坑道だから、コースはバスク坑道の良いように作られるだろうな」


「面白そうじゃない。僕出るよ」

「お前ならそう言うと思ったが、念には念を入れて、コースは長めに取って貰うか。そのくらいは交渉できるだろう」

「そうして貰えると、万が一の時に助かるね」

 俺はハンマーの心遣いに感謝した。


 俺の魔力は、この3年で大幅に増えていたのだ。

 そんじょそこらの大人が敵わないくらいの魔力量だ。

 コースが長ければ長いほど、魔力の多い俺が有利になる。

 それを分かって、なるべく勝率の高いコース設定に交渉してもらうのだ。


 更に言えば、覆面ライダーで俺は参戦している。

 今まで俺が出たレースは、連戦連勝だったが、流石に子供と知られる訳にいかないので、顔まで隠れるフード付きのマントを着てレースに挑んでいた。

 

 ぶっちぎりで勝つことが出来るレースでも、そこはお約束、ギリギリの勝負を演じていた。

 直線の得意な奴(直線番長)には、直線以外で勝負を賭ける。

 細々(こまごま)したテクニカルコースが得意な者には、パワーで勝つなど、相手の苦手なところで何とか勝っている様子を演じていた。

 そうしないと、レースを数回こなしただけで、俺が出る賭けレースが成立しなくなるとハンマーに言われている。



 レース当日、俺は配達を装ってハンマーの店を離れた。

 ハンマーも用事を作って店を出た。

 ロビンとクロエは、店番を頼まれて、店を離れることが出来ない状態にされた。


 流石に、賭けレースに出ることはロビンや俺の家族には話せない。

 でも、正直報酬が高いから、やらない訳にはいかないし、レース独特の緊張感がある。

 しかもセッティングした坑道そりに乗るのだ。

 楽しくない訳がない。

 前世でのバイクレースみたいなものだ。


 俺は直接現地に向かった。

 ハンマーとは現地でも話はしない。

 俺とハンマーとの関係は、レースに関しては一応秘密なのだ。

 ローウェル坑道で働いている奴らは大体知っているが、秘密にしていないと賭けに勝てないと口止めをしているため、一応他の陣営には漏れていないはずだ。


 現地では、サンダーソンの予想通り、山の斜面にコースが作られていた。

 そのコースは、当然のようにパワー重視のコースだった。

 更にもう一つ、平地にテクニカルなコースが作られていた。



「サンダーソンさん、これはどういうコースになるの」

「バスクの奴らは、コースの延長を呑む代わりに、コースを2つ作って両方やることになった。しかもコースごとに選手を変えてもいいという条件だ」

 サンダーソンは苦々しく言った。


 しかし、ハンマーは、一番の条件として、ロングコースという条件を付けたのだから、仕方ないだろう。

 立場が下の坑道では、条件を呑んでもらうだけでも、サンダーソンには、大変な交渉だったに違いない。


「そうなると、両方勝ったら2本走って終わりで良いんだよね」

 俺はサンダーソンの杞憂を気にすることはなかった。


「そうだ。二つ走って一勝一敗の引き分けなら、もう一回走ってそれで決める」

 サンダーソンは俺に説明した。


 つまり、バスク坑道サイドは、コースの延長を認める代わりに、二つコースを使って、俺の魔力切れを狙いつつ、引き分けに持ち込まれたら、最悪不得意な方で止(とど)めを刺す作戦らしい。

 最近は俺も研究されてきたようだ。


 相手の坑道そりは、それぞれのコースに合わせて作っているだろうが、俺の坑道そりは一台だけなので、当然一つのコース用にしか作っていない。

 テクニカルコース仕様だ。

 板の長さを短くして、コーナーで曲がりやすくするために少し幅広に接地面を作っている。


「ラルフ、今回のレースは重大だ。絶対に勝ってくれ」

 サンダーソンが、俺の両肩に手を置いて、必死な顔で頼んでくる。

 負ければ採掘に大きく影響するのだ。


「それなら、勝った時の報酬に色を付けてよ」

 俺はサンダーソンに頼んだ。

「もちろん考えている」

 サンダーソンは俺の要求を呑まざろう得なかった。



◆◆◆



「準備は良いか。最初は山の斜面コースだぞ」

 スターターが俺と相手選手に声を掛ける。


 山のコースは、単純なコースだ。

 登って下ってを10回繰り返すだけだ。

 どう見ても、登りでパワーが出せる方が有利だ。

 つまり、パワーに自信がある相手有利ということだ。

 しかもここで俺が魔力を使い切れば、バスク坑道は次のコースで選手を変えることから、ローウェル坑道は不利になる。


「いつでも良いぜ」

 相手の選手が答える。

 俺は、手のひらを体の内側に向けて、十字に重ねる。

「エルメス様の御心のままに」

 俺流の了解の合図だ。

 最近では、レース前の合図として定着してきた。

 こういう行為を流行らせれば、いい布教になるんじゃないかと思ってやっている。

 女神(あんなやつ)の布教なら、悪の軍団の真似でもするのが一番だと思うのだが、そんなことをして本当にはやっても困るし、俺も毎回そんなことをやりたくない。



「それじゃあ、笛が鳴ったらスタートだ」

 観客席からの音が段々と静かになる。


 観客もスタートの大切さは知っているのだ。

 静けさが支配したタイミングを見計らってスターターが笛を吹いた。


(ピー!)

 2台ともロケットスタートをした。

 少しばかり先行したのは相手の方だ。

 俺は計画通り、相手の後方について、登りは少しずつ離されている様子を演じる。

 観客席からは、悲鳴とも応援とも取れる歓声が聞こえる。


 相手のスタートは、まあまあ早いが、本気を出せば当然ぶち抜けるレベルだと思った。

 最初から本気を出さない、そして本気で接戦を演じることが、この坑道レースを将来も勝つために必要なのだ。


 相手のそりは、山の上にある目印でUターンして下りに向かう。

 俺も少し遅れてUターンして、下りに入る。

 下りでは、相手もかなりのスピードが出ているが、俺はそれを超えるスピードを出す。

 少しずつ差が縮まっていく。


 ふもとの目印で相手がUターンして登りに向かう。

 俺は、安堵感とともに失望感を感じる。

(この程度の相手か)


 下りから登りに向かうコーナーの処理が甘すぎる。

 ラインを考えていないうえ、ブレーキを掛け過ぎで必要以上にスピードを殺していた。


 本来、きちんとしたラインを走っていれば、ブレーキを最低限にすることができるし、そうするとスピードを乗せたまま登りで素早く加速することが出来る。


 対戦相手は、ラインを読んでいないし、ブレーキは掛け過ぎだし、加速ポイントは遅いしで、テクニックと呼べるようなものは何も感じない。

 ただ有り余るパワーを使って無理やり進んでいるだけだ。


 魔力の細かい制御もできていない。

 乗り方だけではなく魔法の使い方もなっていない。

 俺から見ると相手は、魔力の無駄遣いをしているようにしか見えない。


(もったいないお化けが出るぞ)

 俺は古い言葉を頭に浮かべながら、登りでは少し離され、下りやコーナーの処理で追いつくという接戦を演じながら、魔力を節約してレースを進めた。


 最後の登りに至るコーナーでは、相手に並ぶとともに、最後の登りでは魔力を振り絞っているように見せかけながら、並走して名レースを演じた。

 登りが終わり、下りに至るコーナーで、相手を振り切るとともに、下りでスパートをかけて一気にゴールした。


 相手も少し遅れてゴールしたが、魔力のほとんどを使い切ったようで、ものすごく体調が悪そうだった。

 そりゃああれだけ魔力の無駄遣いをすれば、そういうことになるだろうと思った。



「第一レースは、ローウェル坑道の勝ち」

 観客から大きな歓声と怒号が聞こえる。


 坑道の権益だけでなく、作業員たちが自分たちの金を賭けているのだ。

 勝った奴らと負けた奴ら。

 勝った俺に歓声を送る者。負けた奴と俺に怨嗟の声を上げる者。

 いったいいくら賭けているのか分からないが、よっぽど脳内物質が出まくっているのだろう。



「続いて第二レースを行います」


 スターターの声に、ローウェル坑道側が反応した。

「なに、休憩を挟まないでやるのか」

「追加の賭けはどうすんだ」

 第一レースの結果次第で第二レースを賭けようとしていた観客も声を上げる。


 ローウェル坑道のレーサーは俺一人、バスク坑道のレーサーは二人、ということは事前に決まっていて公表されていたのだ。


 賭けの胴元とバスク坑道もこの声を無視できなくなった。

「それでは払い戻しと第二レースの追加受付をします」

 ローウェル坑道側と観客はこの結果に落ち着きを取り戻し、第二レースに追加で賭け始めた。


 俺としても、魔力は大丈夫だが、体力の方が少し心配だったので、いい休憩になった。

 本気で走ると、結構体力が奪われるのだ。

 第二レースの相手は、今まで見たことのない男だった。


「それではこれより第二レースを始めます。宜しいですか」

「俺はいつでも良いぜ」

 相手の男が応じる。

 俺はいつものように手をクロスさせた。

「エルメス様の御心のままに」


「それって何の意味があるんだ」

 男が俺に問いかけた。

「これは、勝負の神様であるエルメス様の加護を受けるための祈りです」

 俺はもっともらしく答えた。

 こんなことをしたところで、あの女神が俺を早くこの世界から元の世界に戻してくれる保証はない。


 ただ布教のためだ。


 エルメスは、ギャンブルの神だが、それに伴う決めポーズがない。

 つまり、心の中でエルメスを祈っていても誰も分からないのだ。

 見た目で、エルメスに祈りを捧げ、その加護を受けて勝利する。

 そのポーズを広めることによって、ギャンブルで勝負を賭けるとき、人は無意識にエルメスに祈りを捧げる、という図式を作りたいのだ。


「ふうん、そっか。俺も祈っていいか」

 驚いたことに相手の男が俺のポーズを真似しようとした。

 これはよっぽど自信があるに違いない。

 勝負を前にこの余裕。俺は警戒を強めることにした。


「もちろんです。エルメス様は私だけの神ではありませんので。あなたにもエルメス様の加護がありますように」

 俺は心にもないことを言った。


「エルメス様の加護がありますように」

 男はちょっと違ったが、俺と同じように手のひらをクロスさせて祈った。


「それじゃあ始めようか。いつでも良いぜ」

 男がスターターに合図する。


「それじゃあ、笛が鳴ったらスタートだからな」

 二人の準備が整ったことを感じた観客が段々と静かになった。


(ピー!)

 スターターが笛を吹いた。

 俺達はロケットスタートを決めた……、いや、ロケットスタートを切ったのは俺だけだった。

 男は俺の後方にぴったり付いてきて、俺の走りを見極めようとしているようだった。

(嫌な感じだな)


 俺の走りを見極めながら、魔力切れを狙って追い越す作戦か。

 相手からすると、さっきの長いコースを走ったのだから、どこかで俺が息切れならぬ魔力切れを起こすという期待もあるのだろう。


 第二レースは、俺の大好きなテクニカルコースだ。

 嫌な感じが拭えない俺は、最初から8割ほどの力を出してみた。

 8割といっても、遊んでいる訳ではない。

 本気の8割とは、絶対にミスをしない中で、最速に近い走りをするというものだ。

 今まで俺の8割に付いて来れた奴はいない。


 ヘアピンコーナーが続くコースを次々とクリアしていく俺。

 ピッタリというほどではないが、それほど離されずに何とか相手も付いてきている。

(もう少し8割の力で様子を見てみるか)


 相手の走りから、あまり余裕がないように見えたので、このペースで行くことにした。

 もし相手に最後差されても、もう一レース残っている。

 その時に本気を出せばいい。


 少しずつ相手が離されていく。

 コーナーでのライン取りはそれ程悪くはないが、魔力の制御が追いついていないようだ。

 コーナーに入る時の速度が安定していない。


 魔力の制御が悪く(あくまでも俺と比べてだが)、減速するときのポイントが悪い。

 当然加速するときのポイントも少しずれてしまい、せっかくのライン取りが生かし切れていない。

 それでもさっきの奴と比べたら、天と地の差だ。

 ここまで上手なライダーを見たことがない。


 そう思って、慎重に負けない走りに徹することにした。

 そうすれば、負けることはない。このままなら勝てる、そう思った時だった。

 どこからか、弱い魔力を感じた。


(なんだろう)

 俺は疑問に思ったのも束の間、ヘアピンコーナーをクリアしようとしていた俺の走行ライン上の土が盛り上がるのが見えた。


(か、カメ?ワイルドタートル!)

 突然現れたワイルドタートル。

 俺は坑道そりでワイルドタートルを踏んでしまった。

 それでも何とか踏む前に、少しだけフロントを浮かせることが出来た。

 遠心力で坑道そりが大きく外に膨らむ。

 俺のインを相手の男が差した。


 (抜かれた)

 しかし、転倒という最悪の結果を回避することが出来てギリギリ助かった。

 8割程度の力で、余裕を持って走っていたことから、弱い魔力に気が付いて、ワイルドタートルを踏む前に見つけられたのだ。


 これが全力だったら見つけられたかどうか。

 仮に見つけられてもリカバリーできたかどうか怪しい。


(くそ、卑怯な手を使いやがって)

 このテクニカルコース、ジムカーナコースのように狭くて、相手を抜くポイントなんて、それほど多くはない。

 中盤過ぎ、終盤が見えた時点で抜かれたのは痛い。


(でも何とかなる)

 俺のテクニックを持ってすれば、何とか最終コーナーの立ち上がりで並走して最後の直線で抜くことが可能なはずだ。

 俺を見くびるな。


 俺は後ろから煽りまくった。

 コースの幅をフルに使って、右に左に隙があれば抜くぞ、というアピールをする。

 煽られると、前を走っている奴はものすごく嫌な気分になる。

 煽るということは、煽る方も無駄な走りをしているのである。

 後ろの相手が自分を煽れるくらいの技量の差がある、ということを常に感じながら走るのは苦痛である。

 そうすると、普段ならできる走りもできなくなる。


 案の定、相手の男のラインが乱れてきた。

 しかし、抜けるほどの隙は見つからない。

 仮に無理やる抜いたとしても、コースアウトしたり、次のコーナーで失速してすぐに抜き返されてしまうだろう。


(最後の立ち上がりに賭けるしかないか)

 俺は、最終コーナーを相手とは違うラインを取った。

 通常、ラインを変えると不利に働くが、相手との技量の差があり、しかも相手は普段通りの走りができていない状況だ。

 別のラインで走っても、先に加速することは難しくないだろう。

 俺の取ったらラインは、大外から捲るラインである。


(行けー!)

 俺はコーナーで並走すると、そのままスピードを保ったままコーナーを回り、加速を始めた。

 加速ポイントは俺の方が早かったし、そこに至るまでの速度も俺の方が早い。

 相手の男の技量では、全く付いてくることが出来ない速度だ。


 (よし、勝った)

 最後の直線で、更に引き離す。

 俺の勝ちがほぼ確定した時、また弱い魔力を感じた。

 俺の進路を見ると、やはり土が盛り上がってきた。


(またやると思っていたぜ。最後に魅せてやる)

 俺はフロントを上げると、ワイルドタートルの甲羅をきっかけにして、大ジャンプを決めた。

 空中では、ハンドルから手を放し、まっすぐに立って、両掌を内側に向けてクロスさせた。

 そして風魔法を使って、自分の背中に風を送って空中で加速し、大きい放物線を描いて、俺はゴールした。

 続いて相手の男がゴールに入る。

 大歓声が上がった。


 前世で、モトクロスを練習していた経験が役に立った。

 本当は、大ジャンプ中に魔法を使って、もう少し気の利いたアクションを魅せたかったのだが、異世界の文化ではまだ早いだろうと思って、エルメスへの信仰を表現しただけに留めた。


 それでも勝ちは勝ちだ。

 2連勝でローウェル坑道の勝利だ。


「いやあ、君にはすっかりやられてしまったよ。本当に凄いんだね」

 相手の男が話しかけてきたが、俺は無視するように離れて、サンダーソンの側に行った。


「サンダーソンさん、ちょっと相手が魔法を使って妨害してきたけど、約束通り勝ったよ。こんな難しいことしたんだから報酬に色を付けてね」

「一体どうしたんだい」

「魔法を使って、ワイルドタートルをコースに出してきたんだよ。こんな妨害方法があったんだね」


「そうなのか。あいつらひどいことをするな」

 サンダーソンは形式上怒ったふりをする。

 相手が反則しようとも、結局自分が勝ったことから、どっちでもいいのだ。

 今更そんなことをほじくり返して、意味のないトラブルになっても困るのだろう。


「とりあえず、僕は帰るよ」

「ああ、ありがとな。気をつけて帰れよ」

「うん」

 俺はこっそりと、興奮冷めやらぬレース場を後にした。

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ギャンブルRoute6×6異世界でバイクを乗り回せ @FLHTCU

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