第一章 戦血花編

閑話Ⅰ 愛の詩-戦血花グラン・ギニョール

 彼が木から落ちて来た時、反射的に殺そうかと思った。

 嫌悪ではない、憎悪ではない、畏怖でもない。直感的にそう感じただけ。


 彼、ハミエルはあの時確実に俺を殺そうとしていた。これだけは確実に言える。

 しかし、次の瞬間ころりと。すべてを打ち消されたかのように、謝り出したのだ。

 何とも奇怪で奇妙な奴である。おまけに慕っていると、告白してきた! 何を言っているんだコイツ。

 

 ハミエルがどういう奴か、俺は知っている。いや、明確には知っていたつもりだった。

 虎視眈々と俺に嫉妬か憎悪を向ける、美青年。どうやら、どこぞの貴族のいいとこのお坊ちゃんらしくプライドが高い。尚且つ、自分以上の何かを認められない劣等感を抱いている。

 分かりやすく言うなら卑屈な男。整った顔も、笑えば王子然としただろうに。彼はこの学園では一度も笑った事が無かった――筈だった。

 

 だが、目の前にいるコレは何だ? 誰だ? 本当にあのハミエル・シードルか?

 以前のハミエルが殺気を振りまいた猫なら、今ここにいるハミエルは犬。それこそ人懐っこい遊び盛りの子犬。おかしい……無い筈の耳と尻尾が見える気がする。

 そして何より、この男。自らの非を判断し、認め、俺に判断をゆだねて来たではないか。本当に大丈夫か? こいつも、此奴の家のシードル家も。

 

 しかし――同時に面白いと思ったのも事実。

 こいつは利用できると思ったのも事実。

 こいつは魂レベルで気が狂っているか、キマってしまっているであろうと直感したのもまた事実なのだ。

 ねじが落ちた、故障した、もしくはあの一瞬で生まれ変わったか。第三者の自分では何も分からない。

 だが、イカレているのなら好都合。こういう相手が俺には相応しい。だからだろう、本能的に彼が欲しいのだと理解する。

 

 奇妙な子犬が、俺に判断を任せている。首輪はない。なら貰う。こんな愛らしく変化した者、今ここで手に入れなければ他の誰かに奪われるに決まっているだろ。

 いやはや、彼が男で助かった。女だったら反射的にホルマリン漬けかはく製にしてしまっていただろう。コイツ、女だったら自身の女性としての幸せを優先するタイプだ。

 だとしたら、奇人でありながらも俺を警戒し、そもそも近寄ろうとはしない。それは大変宜しくないな。どの道、俺は此奴の魂のイカレ具合を何処かで理解するだろうし、その過程でコイツに愛憎の様な感情を抱くだろう。宜しくない。

 だから男で非常に助かった。この魂が、俺以外の男を選ぶこともない。そも、俺以上に魅力的な奴がいてたまるかという話だ。

 俺、こう見えてかなり面倒見は良いし、優しいし、見た目も中身も最良物件のすっげぇ良い奴なんだよ。それを振るとかナンセンス。無視するとか三流以下の判断力。

 

 だから貰ってやるよ、イカレたやつはイカレた同時でつるむもんだろ?

 お前の血を飲んでみたいんだ。

 お前の血で戦ってみたいんだ。

 最高峰に愛してみたいんだ。

 

 きっと、これから先もお前以上の存在に巡り合うことはないだろう。

 そして、お前にふさわしいのはこれから先も俺以外ありえないだろう。

 

 さぁ、共にグラン・ギニョールを描こうじゃないか!

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