第三話 何故どうして!?
あの後、俺は放心状態で寮の自室に戻っていた。いや、明確に言うなら放心しながら、全力の出せるスピードでダッシュ逃亡。強制自室籠りのコンボをしていたと思う。
数分で到着したので、転生前より足が速いことが証明されてしまった! すげぇや!
そして自室に到着し扉に厳重に鍵をかけた瞬間、脳裏にとある映像が流れ込む。
幼い俺もとい、ハミエルが……机の上で何かを縫っている!?
意識を幼い俺の手元に集中し、手の中のそれを明確に思い出す。
その手に握られていたのはなんと――アベルぬい。手作りのアベルのぬいぐるみだった!
Wats!? なんで!? この頃の俺はまだハミエルのはず……うっ、頭が痛い!
というか、あ……うん……はい。何だろうこの……共感性羞恥心の様な。思い出したくない事を思い出している様な。
ブラックボックスが開いちゃう様な恥ずかしさは!
俺は床にうずくまり、悶々と葛藤する。葛藤して――頭の中の蓋が開いて、ついに思い出してしまった。
そういえば俺、転生自体は赤ん坊の頃からしていた様です。けど、まだ完全に覚醒しておらず、徐々にゆっくりと。
年齢を重ねて覚醒し、つい先程完全に思い出してしまったという事らしい。
だから幼少期の自分は何となーく、無邪気に、推しを覚えていてぬいぐるみを作ったのだ。
それから後も、都度都度推しに憧れを抱いて、勝手にグッズ制作に励み……挙句、推しの行く学校を執事に調べてもらって入学。
先程の襲撃は、一周回って愛憎故に嫉妬いうthe狂信者的心理の行動……だったとか。
はっきり言おう。覚醒する前のハミエルもとい俺の行動気持ち悪すぎか?
頭イカれてるとしか思えない。というか発想がストーカーのそれだが? そして執事のウスタ……良くこんなトンチンカンクソガキの面倒見てくれたな!?
とはいえ、ウスタはこの世界で一番信用できる。それに事情を話しても良い……気がする。俺自身が安心感を得たいし。
「ウスタ……いるー?」
「ウスタの爺さんなら、長期休暇で居ないぜ」
「そうかー……は?」
親の声より聞いた美声、何故か屋内に吹き注ぐ爽やかな風。声の方を見上げると、明らかに窓から侵入した推しがいらっしゃられました。
ぎゃあ! 出た! アベル!
「ヒィ出た!」
「人を悪霊か何かみたいに叫ぶなよー」
「なんで!? ここ3階! 大体5M以上ある筈!」
「戦血鬼だぜ? 飛ぶ翼ぐらい持ってるって」
か、カッコいい〜〜! 翼超みてぇええ! いや待て。違う、違くて。頼む、落ち着いてくれ俺。でも生の翼超見たい。いや冷静になれ、頼むから。
俺は軽く深呼吸をし、比較的凛々しい顔でアベルを見つめる。
「とりあえずこの際、不法侵入はさておいて。何故よその家の方である君が、我がシードル家の使用人の事情を知っているのでしょうか?」
「そりゃ、俺の祖父だから。さっきジジイにお前の面倒見る様に頼まれたんだよ。臨時執事ってやつ。だから俺も今日からこの部屋に一緒に住むんだ」
にっこりと。それはもう、数年は思い出して生きられるほどの輝かしい笑顔で推しはお告げになられた。
――――なんて? 臨時執事? 祖父? 情報が濁流なんだが!?
というかですね。正直に申し上げてですね。ずっと一緒に居てしまうと、俺が悶え死んでしまいますのだが!?
よし。ここはおもてなし、礼節の日本人魂で丁寧にお引き取り願おう。
「お気持ちは大変感謝致しますが、何卒ご容赦お願いいただけますでしょうか。この度、執事が不在となりましたが、これはワタクシめの成長の機会と捉えさせて頂きたく存じます。故に、アベル様がその様な御役目をお受けす――」
「長い、くどい、分かりにくい。そんなに俺の事嫌いか?」
違うううう! 好きなんです! 好きすぎて辛いからぁあ! 側に居ただけで緊張とか興奮とか諸々で死ぬからぁああ!
距離を作ってくれええ! パーソナルスペースを作ってくれぇえええ! ひぎぃいいいい!
などと、心の中で叫んで百面相しながらも、表面上はグッと堪えて声を絞り出す。
わぁすごい。俺って意外と演技派だったんだな……自分で何故か関心してしまうのであった。でも多分今表情的に顔しわっしわだと思うなぁ。
「……嫌い、じゃない」
一昔前のツンデレかよ。今の時代はクーデレだぞ。あーー落ち着け……落ち着け……。はい深呼吸して……クールになろうな俺!
「君に迷惑を掛けたくない。何より、他人同士じゃないか」
言い方ァ! もっとマイルドな言い方あっただろッ! クソ! やだーー! ヤダヤダ嫌われたくないいい! 嫌いにならないでー!
違うんです違うんです! 感情クソ重いキモオタストーカー変態野郎だと思われたくないんですぅうう!
なんて思ってる地点でもうダメだけどね。アハハ……ハハ……。
「なんだか冷たいな」
「だっ、だって! 君だって見ず知らずの子供の面倒なんて嫌じゃん!」
あ、しまった。つい感情的になって素が出てしまった。いや、都度都度出てはいますけど!?
するとどういう事でしょう、アベルがニヤリと意地の悪い顔でこちらに詰め寄ってるではないか! やめろ顔面偏差値一億の男! 女の子だったら恋に落ちてたわ! 一生推す!
「そうか? 俺達はついさっき知り合った上、共有の知り合いが居る地点で見ず知らずの他人じゃないぜ?」
「そうだけど……そうだけどぉ! 嫌なの! やだぁ! あっ、憧れの人に、自分のカッコ悪いところとか! 見られたくないからっ!」
やばい。顔が真っ赤だ。けど良くやった俺! どうにかオタク語録を封印して、きちんと言語化できたぞ!
ちなみにオタク語録全開の場合は
「これ以上好きになっちゃったらメチャクチャになっておかしくなっちゃう!!!!! 好き!!!! 我が人生に一点の悔い無し!!! お納めください」
などとのたうち回りながら、懐から札束を出していただろう。気持ち悪いだろうが、オタクはこれが精一杯なのだ。まだ奇声を発していないだけ、幾分マシな方なのだ。
限界だと奇声を発して絶命します。儚いんだぜ、オタクって生き物はよ……!
「いやお前さ、出会った時からだいぶ……俺に恥ずかしい面見られてるよな? 今更じゃないか?」
「ごもっともです……」
俺は……アホッ! 愚者ッ! 赤っ恥かいただけッ! 見た目はイケメン、中身はポンコツッ! しょうがないよ限界オタクだもの。
とはいえ、もうここはある程度開き直りましょう。恥もね、一定量越えれば恥ずかしくない!
俺は立ち上がり、懐からナイフを取り出してアベルに差し出す。
「それでもアベル様に執事をさせたくはないので候! 我が身は食糧の豚畜生又は肉付きの輸血液と思っていただければ!」
「待て待て落ち着け! とりあえず食糧の件は俺が提案したからよしとする。その後! ほら深呼吸しな」
慈悲深い! こんな畜生にも、ご慈悲を下さるとは! 歓喜なりや!
俺は深呼吸をし、彼の後光が差すような美顔をひたすらに有難く拝ませて頂いた。
「うん、あのな……それやめてくれ? お前名家のお坊ちゃんだろ? 俺平民だしさ」
「逆だったかも知れねぇ……」
「何がだよ。いいから座れ」
俺は彼に促されるまま椅子に座り、反対側に彼が座る。まるで学校の二者面談のようだ。
そして段々と落ち着きを取り戻し、軽くため息をこぼす。
「ごめん……冷静になった」
「そりゃどうも」
「その上で執事の件は丁重にお断りを……」
「そりゃ無理だ。というか、今の流れ見て余計にお前は俺は面倒見なきゃだめだと思った」
悲しい。どうあがいても庇護リストにぶち込まれてしまったようだ。
なら仕方ない。ある程度こちらから、ルールを持ちかけよう。
さっきのショックが分からないが、実はゲーム時の様々な記憶を幾つか無くしているようだった。なんというか、過去の自分のオタ活っぷりが、ゲームの記憶の重要なところに上書き保存されてしまったような感覚。
バックアップがないため、今後完全に手探りで推し達を幸せにしなくてはならなくなってしまった。
だとするなら、アベルに主導権を握られてしまうのは、俺の行動範囲が狭まってしまうことになる。
つまり、残りの推しを助けられないのだ!
それはダメだ。何があってもダメ。特に、ヘンペリーゼという少女が。
なんとなく覚えている記憶では、彼女はゲーム唯一の幼女担当であり、屈指の死亡フラグの持ち主である事。なんで!?
ようじょ ころす よくない! 可愛い子にはおひさまの元でお花畑で笑顔でいて欲しい。
故に、それを阻む者は何者であろうと許さない! 紳士として当然だからねって、某謎解きのマスコット紳士も言っていた! カッコいいよねレンレン教授……好きだ。
「わかった。そこは折れよう。けど、俺も一人の人間で男だ。君も男なら分かるだろ? 男には男のプライドがある。何より俺は貴族だから、家名に傷を付けない立派な紳士にならなければならない」
「……ふぅん。貴族って大変なんだな」
大変ですよ、貴族。良くあるファンタジーな作品や、平民の皆様からすれば豪華そー。とか、リッチそうーってイメージある。
でもね、土地を管理する立場や、家名があるとね……あるんすよ。世間様からの目が!
SNSで有名になっちゃった動画配信者が、身につける服や発言で炎上を気をつけてるようなもんだよ! HAKUKINってすげー配信者だったんだなぁ、と全て思い出した俺は実感します。
いや、だってねぇ……。貴族が仮に身分隠して下町で楽しんでるの。
動画配信者だったら「上級国民様が平民さんの住処に突撃してみた」とか「〇〇のプロが身分隠して、〇〇講師の授業受けてみた」の合体技ぐらいのエグさだよ。
正直庶民派以前に、マウントかよってなる……自己満足じゃんそんな。というか、そういうことを報告する義務がある人の仕事奪ってどうするんだよ。他にやる事あんだろ! お前はお前の仕事しろ!
とか諸々思うのであった。
だからまぁ、いくらアベルの発言とはいえど。俺はシードル家の人間なので、彼の失言を肯定してはいけないのだ。
「大変か、大変ではないか。で判断はしないさ。俺は俺の家に生まれた以上、役割がある。それを全うする。これは当たり前の事」
「…………家に縛られているのか?」
む、なんだか勘違いしているみたいだ。ならばもっとわかりやすく伝えよう。
「椅子があったら座る。食べ物があったら食べる。それと同じで、極々自然で当たり前という事だよ。君と俺では育った環境が違う。だから君から見れば異様に見えるだろう。でもこれは、俺の育った環境の当たり前なんだ。理解しろとは言わないけど、知ってほしい」
自分にしては、かなり冷静にしっかりと伝えられた気がする。だからだろうか、アベルも真剣な顔つきで軽く頷いてくれた。
「……なるほどな、だったら俺も俺の判断でお前の執事をするよ。これでお互い文句はない筈だろう?」
「まぁ、それなら」
大丈夫かなぁと思った。思ってしまった。だがこの後俺は思い知る。
アベルは想定の何十倍も――――過保護だった!
ミハエル・シードルは幸福の運命を描く 大福 黒団子 @kurodango
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