第二話 運命の出会い
だらしなく地面もとい芝生にダイブした俺。異世界転生とはもっとこう……て違うものだと思っていたのには芝生ダイブ転生ってなんなんだ。
「おい、お前大丈夫か?」
何やら聞き覚えのある美声に、俺は思わずその場から身を起こす。いや、このダウナーながらもお兄さんみ溢れてときめく声は――!
目の前には――推しがいました。そう、我が親愛なる推しメンのアベルくんの美しいお姿がありました。
プラチナブロンドのサラサラショートヘアと襟足。つり目だが穏やかそうな黄金の瞳、屈んで居ようとも高身長だとわかるスラっとした体。何より、イケメン特有のいい香り。ウッソだろイケメン! 同じ染色体XYか!? 香水でも使っているのか?
「…………はぁ」
「おーい。大丈夫か? 頭強く打ったのか?」
だめだ。まともに思考が動かない。というか動いたり喋ったりするのやめてほしい。脳が推しという情報を洪水の様に浴びて、バグってる! どう反応すればいい!? こんなオタクまっしぐらながらも、今はハミエルとして転生したため、外見はそれ相当に光属性主人公風イケメンになったんだ! オタクな部分が出てドン引きなんてされたくない!
呼吸を整えストレートに、はっきりと分かりやすく伝えるんだ!
「大丈夫です大変お慕い申し上げております」
「んん?」
…………ダメでした。オタク成分をいくら隠しても、この溢れんばかりのお慕いもとい、推したい欲求は隠れませんでした。
せっかく転生したのに……ファーストコンタクトが、出会い頭告白する男だなんて。あぁ、やり直したい。いや……次の言葉でこれを払拭すれば……。
「慕ってるって、そんな右手にナイフもたれて言われると……ちょっと怖いぜ?」
「ないふ?」
俺はおそるおそる、自分の右手を見つめる。そこにはまぁ不思議、綺麗なナイフが! ナイフが……ありました。
恐らく、時系列的に復讐イベントの最中だろう事は分かってしまった俺は――!
「ちっちがっ! あぁあぁあ! これは切腹用なんでございますそう今まさに恥さらしとして腹切りさせて頂きます! さようなら美しいお方ァ!」
「おいまて! 早まるなぁああ!」
俺が腹にナイフを突き刺そうとした瞬間、アベルはすかさずかがんで俺の力が入った両手を止める。やだ、俺の推し優しい……俺、原作ではあなたに復讐しようとした悪役なんですよ? なんなら、ついさっきも多分復讐しようとしてたんですよ、多分。
とはいえ、生き恥をこれ以上曝したくない。もうだめだ、珍獣の様な変人の認識になってしまった。イキテイタクナイヨォ!
「いやだぁ! このままでは俺は……俺は……ッ!」
「なんなんだよ!」
「唯のカッコ悪い珍獣男子として、君の記憶に刻まれたくないんでござる! 俺の見た目との嫌なギャップは生まれて欲しくない!」
「なら安心しろ! もうなってっから!」
もうなってたんかい! もうやだ、泣く。泣いちゃう。というか泣いてますよ。涙ぼろっぼろですよ。
ちなみにこの涙は推しと出会えた事と推しと会話できている事と、推しに止めてもらったぐう聖の感動の涙が五割。残りは何で復讐直前なんだよ! という嘆きと自分のみっともなさの悲しさで出来ている。感情はミキサーにかき混ぜられた野菜宜しくぐちゃぐちゃだ。
えぇい、もういい。素直に言おう。素直に復讐という名のなりそこないの何かをしようとしてました。ごめんなさい作戦だ。
「実は俺、よくわかんないんですが」
「うん」
その場に伏せ、地面に向かってわんわん泣くみっともない俺。そして、その俺の背中を優しく撫でてくれるアベル。やっぱ俺の推しって聖人じゃない? ゲームではもっとクールでドライな印象あったんだけどなぁ。
「君を殺そうとしてたっぽくて……微塵も覚えてないんですが!」
「あー……。どおりで、休んでた木の上からお前が落ちてきたわけだ。しかもナイフ握って……」
そういえばそうだった。あの復讐シーン、確か選択肢式だったはず。
アベルやハミエルが登場するアプリ"Aの冒険者たち"は今までの、アプリゲームには珍しく主人公という人物がいない。
なんでも、最近のライターによる"自分が考えた最高の主人公像"とプレイヤーとマーケティング企業による"主人公はお客様であるプレイヤーなんだから、そういうのやめてほしい"という。所謂市場事情によって、NOT主人公をテーマにして作られたのだ。
といっても、実際主人公が居ないんじゃ話は作れない。だからこそ、従来のコンシューマーゲームのマルチシナリオ形式を採用した。
要は、ガチャで引いたキャラクターたちが主人公のストーリー展開になっている。それぞれのキャラのストーリーを一定以上進めると、話の全体が見えて来るシステム。
だからこそ、プレイヤーの分身らしい主人公はいらなくなった上に、ちゃんと選択肢が選択肢として機能している。ライターさん達は大変だっただろうけど、俺達プレイヤーはその点は満足して遊んでいたさ。
そしてこの復讐シーン、なんと何故かアベルストーリーで選べるのだ。とはいってもアベルがどこに行くか選んだら、ハミエルがそこから奇襲を仕掛けるというだけだが。
お陰で一時期ハミエルはストーカーだの散々言われていた。実際復讐しようとしたのでストーカーなのは事実だが、今の自分は違うと信じたい。
ふと、視線の先に落ちたナイフが反射して、ようやく自分の姿が見えた。まさしく、自分はあのハミエルに転生している。
温かみのあるショートの茶髪に、左側にある三つ編み。ぱっちりとしてはいるが、済んだエメラルドグリーンの瞳。まさに、何処かのゲームの光属性の主人公のような風貌。
これらを見て俺はようやくハミエルになったんだと、心の奥底から自覚できた。
けれど、やはりこの始まり方は酷いと思う。
等と悶々と考えて居たら、アベルはため息を零してこちらに言葉を投げかけて来た。
「俺さ、お前に殺される羽目になるほど恨みを買ったのか?」
「それは無い」
俺は半場反射的に返し、顔を上げて彼をしっかり見つめる。そう、だってハミエルはただのこざかしい小悪党。ゲームでも、アベルに対する復讐は"ただなんとなくむかつくから"という、アホらしい理由。要は彼は、自分より優れているアベルに嫉妬しただけのしょうもない奴なのだ。
だからって殺すや消すの極論に行くのは、さすがにかわいそうだと思うぜ、設定担当め。
とはいえ、俺自身に肝心なその部分の記憶は全くないのだが。ならばもう、でっち上げても良いよな? というより、俺本人の感情を出しても良いよな? だって今のハミエルは俺だから。
「俺が君に勝手に嫉妬して、逆恨みしようとしていた。ということまではなんとなく覚えてるんだ。けど、多分頭に血が上り過ぎて、一時的記憶喪失にはなっていると思う。けど、これだけは言える。俺が君を殺そうとしていたのは、俺が馬鹿でアホで、君を慕う程嫉妬していた――それだけだよ……」
そして、俺は再びその場で土下座をして謝罪の言葉を述べる。
「本当にごめんなさい! けど俺は、覚えてないから許してくださいなんて言わない! 俺の非であることは事実だ。だから、君に判断をして欲しいんだ!」
これは紛れもない俺の気持ちだった。酷い奴、碌でもない奴、人でなし、殺人者、卑怯者。アベル、あなたが罵倒する言葉をすべて俺は甘んじて受け入れる。
だって事実だから。記憶がないとはいえ、受け入れないといけない事実なんだから。それを否定する権利を今の俺は持ち合わせていない。
何かの本で読んだ題材に「もし、自分が知らないうちに犯罪を犯そうとしていた。もしくは、頭に血が上り過ぎて、その記憶を一時的に消そうとしていたらどうする?」というのがあった。
今だから分かる――ぞっとする。さっきまで脳内ドーパミンが出て、興奮気味だから抑えられていた恐怖が、全身に巡っている。
どうしてあんなことをしたんだろう? いいや違う、どうしようとしても俺は彼に許されないだろう。事実というギロチンに、俺が知らない間にかけられている。
けれど、目の前で何をしようとしたのか? だけはハッキリしていた。あぁ――脳裏に、記憶が蘇る。
そこには俺じゃないハミエルが居た。案の定、気に入らないからという至極単純な理由で、怒りに身を任せて木に潜んでいる。
俺はアベルの魅力を知っているが、あのハミエルはアベルの魅力を知らない。いや、その魅力に嫉妬しているんだ。だから、自分がみじめに思えていたのだろう。
アベルが魅力的であればあるほど、あのハミエルは自身のできなかった事、不器用なところ、やりたくない事が浮き彫りになっていたようだ。それが何なのか……明確な事は何一つ分からない。
けれど、ハミエルにとっては苦痛で仕方なかった。だから、自己保身のために消そうとしたんだ。
――なんて、愚かな自分。仮に成功したとしても、そんなことで明るい未来は決してやって来ないのに。
復讐という言葉が嫌いだ。
復讐という現象が嫌いだ。
だってそれは、一時の甘い夢でしかない。
夢はいつか醒める。そして、醒めた後は決まって――苦しむんだ。
この苦しみに耐えきれなくなって、永遠の夢――死を人は求める。
世の中には復讐のために自殺する人間もいるらしい。
けど、俺はそんなの嫌だよ。
どうせ復讐するならさ「貴方のことなんて知りません!」ってな感じで忘れてしまうのが良いのに。
忘れて、未来を生きるのが一番相手にとっての復讐になるのに。
だからあのハミエルは……アベルのことなんて、忘れてしまえばよかったんだ。そして、自分が楽しく生きれば、それだけで彼はあのゲームの中でも幸せになれたかもしれないのに。
ごめんな、アベルを恨んでいたかつての俺。でも、
俺はアベルのことが大好きだから、彼を傷付けたくないんだよ。一方的な愛だけど、俺は彼の幸福を心から願っているんだ。
だから――彼に判断を任せたんだよ。
「判断って言われてもなぁ」
困ったようにアベルは呟く。そりゃそうだ、目の前の自爆した様な男に突然判断を負かされたんだ。誰だって困る。
……と思っていた。しかし、どうも彼の声のニュアンスはそうではない。もっと何かを選ぶような声色だ。
何かを選ぶ? そういえばと、ゲーム中のアベルがどういう人物だったのか思い出す。良くも悪くも兄貴肌で、あっさりしたような性格をしていた。……表面上は。
表面上は、そうなのだ。しかし、彼の魅力は内面の方にあるのだが……どういうことか。上手く思い出せない。
確かに見た目も表面上の性格も強く惹かれたが、内面の方を含めると、さらに魅力があったのだ。だが、それが何故かさっきから思い出せないのだ。転生時の衝撃のせいか?
「そうだなぁ、こういうのはどうだ?」
未だに思い出せない俺に対し、彼はとても愉快そうに笑う。
「俺、戦血鬼だから――お前の血を食料としてもらう関係って事でどうだ? それでさっきのことも帳消し。なぁ、良いよな?」
まさかの食料契約を突きつけられてしまった。
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