第一話 レッツら転生

 クスクスという上品そうな少女の笑い声が聞こえる。なんだよ、野次馬かよ? 人の死体見て笑う現代人、危機的状況! みたいな、ネットニュース見たことあるけど、あれ本当だったんだな。

 等と思っていたら、誰かに俺の体を足蹴りされた。いや、これは我慢ならん。動かぬしたいとはいえ、一言言ってやろう。死体なので口は動かないが。

 

「おいやめろ!」


 と、何故か俺は声を出せた。おかしい、死体なのに……いや、待つんだ。なんだこの体。明確に言うなら体が無いのだ。煙とも言えるのだろうか。赤い煙、それが今の俺の体だった。

 

「うふふふ。遅い目覚めね。うふふ、うふふふふ!」

「なんだ、アンタ」


 俺は目の前に居る、ゴスロリツインテールの美少女を見つめる。今どき希少種ともいえるほど、立派なゴシックでロリータな上に、黒髪ツインテールの美少女だ。俺の産まれる前に、大流行して、徐々に消えて行ったんじゃなかったっけ? このファッション。

 でもたまに、自分の高校の隣の芸術系大学にちらほらいるんだよな、こういう人。何とかサーの姫とかいうらしい。

 しかし、俺の目の前に居る姫ちゃんファッション美少女は、どうもそういう系統じゃないのをうかがえる。なんというか、魔性という言葉が似合のだろうか。そのお高いヒールで、人を踏んで歩道にしそうな感じがする。

 率直に言うなら、怖い少女。男を数人、首輪付けて飼っていても可笑しくない雰囲気だ。……怖いなぁ。

 

「あらあらいやだ。人をそんな情熱的に見ないでほしいわ。私は貴方に親切心で声を掛けに来たのであって、惚れて欲しくて来たんじゃないのよ?」

「惚れてねぇよ。むしろ俺の女の子好みはアンタの真逆です。小動物系大和撫子になってから出直してこい」

「お馬鹿さん、今の流行は強い女よ? クスクス」


 そうね。今の流行は強い女子なので……というか、女子は皆さん大変お強いです。手芸部で紅一点ならぬ、黒一点だから、女子の強さは理解してるぞ。

 何なら、クラスも元女子クラスを改造し、男性生徒を十何人追加した程度だから……おなごの強さは痛いほど知っています。

 とはいえ、俺は今の俺の状況とこの美少女について知りたい。知りたい時はきちんと質問しよう。これは授業でも塾でも部活でも散々習った事だ。

 ということで、俺は右手を上げて彼女に質問する。いや、この煙の姿で、きちんと相手に右手を上げて見えるかは話は別だが。

 

「はい、せんせー。質問です」

「私は貴方の講師ではないけど、貴方のその質問する態度はとても良いものだと思うわ。なので、質問を許可します。なにかしら?」


 うぅむ。なんだろう、なんかこの手のタイプとは生前であったはずもないのに、質問するとき何か気を付けないといけなかった気がする。ゲームとかアニメでの経験か?

 しかし上手く思い出せない俺は、単刀直入ストレートで聞くことにした。人間の記憶なんてこんなもんです。

 

「ここはどこで、俺は今どうなって、アンタは誰だ!」

「短くて適切な質問ありがとう。貴方、とても素敵ね。五体バラしてはく製にしたいぐらい魅力的よ」


 どんな基準の魅力なんだそれは。だが、俺はしっかりかっきり質問したんだ。彼女は答える義務がある。

 と思ったのが通じたのか、彼女は相変わらず優雅そうに張り付いた笑みを浮かべて、言葉を発する。

 

「ここは死後の世界、貴方は今魂だけの状態になってる。そして、私の名前はセリティカ。ねぇ、貴方……もし、自分の理想の世界に記憶を持って転生できるとしたら……したい? したくない?」

「はぁ……?」


 思わず反射的に声が出た。いや、死んでいるのも死後の世界というのも納得はできたんだ。現に、この状況なので、自分でも驚くほど落ち着いて納得してしまったとは思っている。

 だが、彼女の言う其れは――あまりに都合が良すぎて、思わず声を出してしまうしかなかったのだ。

 

「そんな都合のいい話、あるわけ……」

「あるじゃない? 現に今、私は持ちかけているわ。それとも嫌かしら? 別にいいわよ、あなたが三途の川で永遠に石積みすることになっても。私はそれでも見ていて飽きないわ」


 三途の川の石積み……たしか、親より先に死んだ子供が死後にさせられる罰だったっけ? マジか、そんな事……あれ、フィクションの世界の話じゃなかったのか。

 だとしたら、たしかに彼女の提案の方が何千倍も良い気がする。

 

「本当に、望んだ世界に転生できるのか?」

「えぇ! 約束は破らないわ!」


 彼女は、紅い瞳を輝かせながら、愉しそうに笑い続けている。

 恐らくこれは、悪魔の契約の様なものなのだろう。頼んだら最後、どう転ぶか分かりそうにない類だ。

 なら、此方も相当の条件を出すしかない。

 

「じゃあ、俺の世界にあったフィクションの、アプリゲームの世界でもいいって事?」

「無論可能よ?」

「俺の推しがいる世界でいいって事!?」


 推し、その単語を聞いた瞬間。彼女は途端に不思議そうな顔をし始めた。なんだ、聞いたことないのか? 推し。

 

「推しって、あれよね? 貴方が愛する人の事って解釈であってるかしら?」

「あってます!」


 そう、推しは我が命であり、我が愛である。なので、俺が愛する人と言っても過言ではない。むしろそのままだ!

 どうせ転生するなら推しであるアベルに会いたい! 俺はその辺の木とか空気とか石ころとか地面でも良いんです! ただ一目、生きてるアベルを見て今世悔いなし! で死にたい!

 

「俺は推しの姿を眼に焼き付け、推しの声を聴いて、なんなら一日だけでいいので様子を鑑賞して死ねたら万々歳じゃ!」

「…………あなたって、変態さんなのね」

「変態ではない! ただの推し担だ! ちなみに同担OK!」


 咄嗟に推し愛ワードをまくし立てた俺に、彼女は表情一つ変えることなく、にっこりと笑っている。笑っているが、恐らく内心ドン引きされたであろうことは分かるのだ。

 おかしい、別に変態ではない。愛に生きてる事を率直に告げただけなのに……。

 

「えぇと、そうね。できるわ。けど、貴方……そのまま転生する気?」

「そのままと申しますと?」

「前世と同じ容姿のままって事。私は素朴でいいと思うわ」

「前世と同じ姿のまま……推しの所へ……転生?」


 瞬間、俺は一気に寒気を感じた。嫌だ! どうせ転生するならイケメンがいい! 推しを視界に納めたいが、推しの視界にごく普通の俺が入り込んでほしくない! 収まれ、俺の乙男思考!

 くそ、夢女子と夢男子の気持ちがわかっちゃう! 解釈違いだから読んでなかったけど、今だけ分かってしまう!

 俺は頭を抱え、その場でショックのあまり咽び泣き始めた。人目があって恥ずかしいが、今はそれどころではない。感情が泣けと言ってるのだから泣くしかないのだ。

 

「やだぁ……人に転生できるなら人になりたいです。けど、イケメンが良いです……美少女でもいいけど。美少女でもいいけどそこは、俺が、俺がアベルのお嫁さんになれなかったら嫉妬に狂ってお相手のお嫁さん刺しそうなので、女の子は……ご遠慮します。ひっく……でも、アベルには可愛い嫁さんと結婚してほしい! けど、女の子になっちゃったらッ! ただのめんどくさいモブ女になっちゃう! いやだぁあああああ! 俺の推し罪深いよぉ……」

「そう、じゃあ。イケメンでいいわね」


 取り乱す俺に動揺もせず、セリティカさんは淡々と話を切ってきたではないか。大人の対応ってすげぇや。

 いや、しかしイケメンか。どんな容姿になるんだろ……ん? まて、イケメン……? イケメンだとしたら。

 

「あの、セリティカさん」

「セリカでいいわ。親しい人にはそう呼んでもらう事にしているの。それより何かしら?」

「転生したいキャラがいるって言ったら、その子に転生することはできますか?」


 そうだ、俺はアベル推しだがどうしても救いたいと思うキャラがもう一人いる。

それは、アベルに向けて復讐を企てたギャップ萌え悪役枠のハミエルだ。

 ハミエルはファンの間では、見た目光属性勇者だけど中身がこざかしい復讐鬼の悪役ということで一定の人気自体は得ている。

 しかし、彼の行動と言動は復讐のための演技設定というには、常に継ぎはぎだらけ。それもそのはず。なんせ、ゲーム開発途中で担当のライターが急ピッチで変わることになったからだ。

 この件に関しては、上層部とのトラブルだの、ライターに事故が起きただの、いろんな理由がある。

 けれど俺は思う、前任ライターも後任ライターも悪くはない。そういう仕事だ。仕事というのは任されたからやっただけなのだ。

しかも、生活費が関わっているのならなおさらだ。

 作品を完成させて世に出す、という意味では開発元も発売企業も悪くはない。

だが、いろんなしわ寄せと悪い物が、ハミエルというキャラクターの継ぎはぎさを生み出してしまっていた。

 

 ただの当て馬に見えたのなら、それでよかったはずだ。けれど、このキャラは肝心な時に出てきて、悪目立ちし、ヘイトを稼ぐだけ稼ごうとしても、ただひたすら哀れ。

 やる事なす事裏目に出て、プレイしているこっち側がまるで、彼をいじめて追いやっているような感覚。

 無論、これを他ユーザーも受け取ったのか、苦情が山のように殺到。

あろうことか運営は、ハミエルというキャラクターそのものをなかったかのように消し去ったという。

 

 俺も、そういえばその時……昨日にアプリ消したな。ハミエルは本当に、良くも悪くも中身のないキャラクターだったさ。けど、それでも自分達が生み出したのなら責任取るべきだろ?

 からっぽで、傀儡の様に使われ、切り捨てられたキャラクター。

お前だって、この物語の大事な登場人物だったんだ。ならば、俺はお前となって、お前という人物が居たんだという事を示したい。

 

「ハミエルという、青年に転生させてほしいんだけど」


 ハミエル、俺という中身を受け入れて、俺とお前でハミエルという一人の人物になってほしい。

これからの道、どうなるか分からない。どうなってしまうか、予測がつかない。けれど、きっと世界は何処までも輝いているんだ!


「えぇ、良いわ」

 

 こうして、俺の願いを彼女は二つ返事で快く聞き受けてくれた。

 すると、セリカは指を鳴らし、俺の中に何かを注ぎ込む。それは、視界にはただの白い煙にしか見えなかったのだが、なんとなく俺には分かった。これは、なりそこないのハミエル。

 中途半端に作られたハミエルは、ここでも中途半端だったのだろう。中身を注ぎ込まれたというのに、感覚は無に等しいものだった。

 

 そして、俺達の意識は融合し、ハミエルという一人の人物の魂が無事構成されていく。

 とはいえど、なんだか前世と変わった様な気がしない。えー、ハミエルってこんなキャラだっけ? 俺八割:ハミくん二割とかじゃない?

 

「あの、俺の魂ちゃんとハミエルになってます?」

「安心なさいな。ちゃんとなってるわ。さて、これより正式に貴方を転生させます。心を落ち着かせない。耳をすましなさい。これから先はあなたの人生――全ての選択は、あなたの元へ」


 彼女の言葉に耳を傾け、俺の視界は一気に真っ暗闇へと飲み込まれた。

 そして、次の瞬間――。

 

「へぶし!」


 草むらに無様にコケる、俺《ハミエル》であった。

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