第12話 散策

 五日が過ぎ、僕は二つだけ武器を作った。

 五日間は鍛冶に費やしたので、残りの一日である今日は町に出てみることにした。

 仲間の幾人かと一緒に町に行こうと考えていたが、あまり大所帯で行くと変に目立ってしまうかもしれないので、一度町に行ったメンバーを除き、僕とレオ、そしてエオスと神殿職員のケンジさんの四人で町に行くことになった。

 ケンジさんは僕達勇者一行の誰かが町に行くたびに付き添って下さっている人で、仲間がたびたび迷惑をかけているらしいが機転の効く優秀な少年だ。

 話はよく聞いていたが、彼が酔ったテオを背負って借家まで来たときに、初めて顔を合わせた。

 年は十九だというが、身長が低く童顔で、まるで十六歳くらいに見える。



 さて、朝早く、七時頃に起きた僕ら三人は、昨日の夕食の残りを食べ、南門に向かう。

 長い時間観光をしたいと交渉した結果、帰宅時間は遅らせ難いということで、集合時間が元の予定より二時間早い七時半に動かされたのだ。


 借家を出て、夜明け頃の青白い視界に朝を感じるが、太陽が出ていない割にはやけに明るいなと思うと、空には、青い方の太陽だけが出ていた。


 エオスは鼻歌を歌いながら早足で歩いていき、僕もそれに付いていくと、眠そうなレオが後ろから慌てて付いてきた。

 そういえばエオスというのは確か古い言葉で夜明けという意味だったはずだ。名前の由来は性格に影響するというが、やはりこの朝方の雰囲気には感じ入るところがあるのだろうか。普段より機嫌が良さそうに見える。

 ちなみに僕の名前は僕の曽祖父の名前で、曽祖父の名前はさらにその祖父から取られたものなので、名前の由来は特に無く、故に何か思うところはない。


 僕は普段から私服なので、普段どおりの服でこの場にいるが、普段は勇者や僧侶の格好をしているレオとエオスも今日は私服であって、いつもと印象がかなり異なる。

 一応、何か敵対する組織に僕らが勇者一行であるとバレることを避けるために、全員私服で観光するように言われていて、それ故にこんな格好をしている。

 仲間と町を散策するなんて機会は初めてなので、何だかわくわくする。

 とか思ってみたが、自分の小学生じみた語彙力が恥ずかしいな。


 そんなことを考えているうちに、南門に着いた。


 ケンジさんと挨拶を交わし、今から向かう場所についてなど、軽く雑談をしつつ、歩く。

 転生直後に馬車で通った道を戻るように進むが、人通りは当然のことながらあのときほどは多くなく、いかにも“普段の町”といった様相である。


 朝はまだ早いようにも感じたのだが、人通りは多く、活気があって朝特有の静寂感は感じない。

 そうケンジさんに言うと、もう七時半ですからねと返される。

 七時半は早朝では無いのかとさらに訊き込むと、僕以外の三人が驚いていて、逆に僕が驚く。

 早起きは体に毒だと親から教えられなかったのだろうか。

 確かまだ六、七才の頃だったか、毎朝八時に目が覚めるのでそのつど両親を起こしていたら、いつか父親からそう言われた記憶がある。



 しばらく歩くと人の混雑する市場のような場所に着いた。

 ぶっちゃけ本当にさっぱり僕のもといた世界の雰囲気と全く変わりがないが、一応市場の様子を説明しておくと、二階建ての横に長いアパートが道路の両側に伸び、人二人半ほどが通れそうな隙間を開けて屋台が、道路の中央を向いて左右に立っている。

 道路の中央は幅が広く取られ、老若男女が乱雑に屋台を見ながら行き来している。

 屋台は動物や野菜、タワシやその他生活用品やら、薬、何に使うのかよくわからない何かなどだ。

 動物はその場で捌いていて、鶏の店などでサービスの良いところは羽毛もただで付けたりもしている。こういうサービスの良さはカイエンでは見かけなかったが、世界を隔てるほどの文化の差とは思えない。

 補足だが、何に使うのかよくわからない何かというのは簡単に言えばガラクタだ。

 癖の強い個人工房が作った性能の分からない試作の武器や魔導具を買い取って売っている屋台があり、そういうのは工作聖会に所属する身としては見逃せない。


 レオは何を思っているのかきょろきょろと市場を眺めていて、あからさまに観光客っぽい。ケンジさんは買い物に向いていそうな店でも見繕っているのか、やや早足で歩きながら左右を見ている。


 僕も面白そうな店はないかと店の並びを見ていると、からくりの面白そうなおもちゃの店に気付く。

 ケンジさんに声をかけ、少し見てみたい店があると言って店を指差すと、やや困った顔をして、


「そういった店に大したものは無いですよ。」


 と言うが、僕が残念そうな顔でもしたのか、困った顔をしたまま、店の方に案内してくれる。


 先程までは屋台の屋根でよく見えていなかったが、店主は重厚なモノクルを付けたり変な装置を腕に付けたりした、ユニークな人間である。


「おう!ケンジじゃねえか!」


 ケンジとは顔見知りらしく、店主はケンジに声をかけるが、ケンジは店主と過去に何か気まずいことでもあったのだろう、顔を背けて、返事をしようとしない。

 店主はそれをあまり気にする様子もなく、注意は僕らの方に向く。


「ケンジはなあ、俺の同級生のうちでも優秀でなあ。あそこにある、ほら、あのでっけえ神殿に勤めてんだ。」


 エオスとレオはあまりこの店に興味がなかったらしく、隣の店を見たり人混みを眺めてたりしている。

 必然的に僕が店主と会話を続けなければいけないことになるので、適当に返す。


「僕らも神殿から来たので、よく知っています。」


「そうかそうか、そりゃそうだよな!今の時期はちょうど勇者様一行が来たってことで、神殿に首脳が集まってるんだあ。てことはあれかい?お客さん、いわゆるビップてやつかい?」


「まあ一応そういうことになりますかね。」


「しかし、やたらと地味だなお客さん。見たところ大した服装もしてないし、もしかして従者かなんかかい?で、あの二人はどっかの国の王子や姫様ってわけだ。違うか?」


「どうでしょうね。」


「ごまかすなって。お客さん、けっこう目立ってるんだぜ。明らかにこの辺の服装じゃねえし、あんなにはしゃいだら、目立つに決まってる。」


 そう言われて二人を目で探すと、二人ともきれいなガラス細工の前で店主と楽しそうに雑談している。


「あんなもん、若いカップルか観光客くらいしか買わんね。高いし。お客さんも目が良さそうだから分かるだろうが、あの店のものは何も魔法が付与されてない、ただの置物だ。きれいだけどな。」


「へえ、この辺だと、ガラス細工に魔法を付与したりするんですね。」


「この辺も何も、ガラス細工にゃ普通、魔法を付与するもんだ。お客さん、一体どこから来たんだ?」


 あまり素性を明かすのも良くないかと思い、ケンジさんに許可を取ろうと左隣を見ると、ケンジさんは二人に付いてガラス細工屋の方に行っていた。

 まあもう何かしら特別な立場だということはバレているのだから、もう明かしてしまってもいいだろうと思い、声を低くして話す。


「ここだけの話なんですけど、実は僕ら、勇者一行なんですよ。」


「ほう。」


 店主はやや表情を曇らせるが、すぐに元の表情に戻る。


「なにかありましたか?」


「いや、俺みたいなジャンク屋はな、大体どっかしら後ろ暗いものと繋がっているもんなんだ。だから、あんましその話、他所の店でしないほうがいいかもな。」


「すいません。忠告ありがとうございます。」


 一瞬沈黙が生まれ、空気がしんみりしてしまったところで、商品に目を移す。


 店のラインナップの奥の方にあまり見かけないような木工細工の塊が目に入るので、手に取る。


「これは?」


「これは、監視カメラだ。監視カメラって分かるか?」


首を横に振る。

 

「監視カメラってのは、誰かが悪さをしないか、常に遠くから監視するための機械さ。」


 やや店主の口調が変わったような気がして顔を上げると、やや小太りで無精ひげの気のいいおじさんだった店主が、痩せ、病的に青白い無表情の男に変わっていた。

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