第33話 ニンフ

※人によっては不快な描写がございます。

読む時は、どうか、ご注意をお願いします。




「さあ!隠者の森に向かいましょう!」


 ニンフは、一人張り切っていた。

 僕やゼウスは、これから向かう場所が、どう言った場所なのかを全く知らない。

 僕はまだ、見知らない場所へと行く事が楽しみで仕方無いが、ゼウスは不安や恐怖の方が強いみたいだ。

 まあ、ろくに戦闘経験がある訳では無いので仕方無い事だけれど。


「戦闘は僕が担当するので、二人は自分の身を守る事に集中して下さい」


 僕は、二人にそう伝えた。

 これから目指す隠者の森は、そう難易度が高い場所では無い。

 僕一人で向かったとしても、余裕で制覇が出来る場所らしい。

 その為、二人に自分の身を守ってくれさえいれば、魔物の処理は僕一人で何とでもなるだろうと。


「はい!ルシフェル様!頑張ります!」


 少し気負っているゼウス。

 だが、一度戦闘を経験すれば、その強張った身体も解れそうだ。


「私は...此処が安全そうね!」


 ニンフはそう言うと、ヒョイと飛んで僕の胸へと潜り込んで来た。


「えっ!?わっ、と!」


 ニンフの突然の行動。

 僕は思わぬ事態に驚いてしまった。


「プハーッ!」


 ニンフは、僕の胸元から顔だけをヒョコッと出した。

 僕の胸元に居る、裸のニンフはプニプニしていて柔らかい。

 背中に羽があるのだが、肌触りは滑らかなもので全く邪魔に感じない。


「ルン、ルン、ルン♪」


 その場で足をバタつかせているニンフ。

 僕は、胸を蹴られている訳だが、痛みは無く、何だか変な感じだ。

 ただ、ニンフの体温が温かく、フローラルの香りが漂って、心地良さは感じているけれど。


「ルシフェル?私を守ってね?」


 ニンフが僕の顔を見上げてそう言った。

 まあ、変に動き回れて怪我をされるよりは良いのかな?

 そう、自分を納得させた。


「じゃあ、これから向かう隠者の森は、幻想の森の中にあるわ!さぁ!レッツゴー!」


 妙に発音の良い、ネイティブな「レッツゴー!」。

 それが僕には、何だか可笑しく感じた。

 クスッと笑いながら僕達は幻想の森を目指した。




『幻想の森』

 ジュピター皇国、亜人共和国ポセイドン、ハデス帝国、それぞれの領土の丁度中間にある不文律地帯。

 影が広がる暗い森。

 不用意に侵入すれば、森に飲み込まれて二度と帰って来れないと言われている場所だ。


「隠者の森は、この幻想の森の中にあるわ!ここからは魔物が現れるから、気を付けてね!」


 ニンフが周囲をキョロキョロしながら、僕達にそう伝えた。

 少し怖いのか、胸元で震えていた。


「はい!どうにかして、自分の身だけは守ります!」


 ゼウスはガチガチに緊張している。

 だが、ヤル気は漲っており、「やってやるぞ!」と言った感じだ。

 これで空回りしなければ良いんだけど。


 そうして幻想の森を進み始めて数分。

 魔物との邂逅。

 僕達は、森の中でその魔物に囲まれていた。


「ワオーン!!」

「フォレストウルフか...これなら問題は無さそうだな」


 僕は、目の前の魔物を見てそう答えた。

 だが、その数は1匹では無い。

 僕の前方に5匹。

 ニンフは、それを受けて「ヒィ!」と怯えてしまい、僕の胸の中に身を隠した。

 ゼウスは、剣を構えて僕の背後に立っている。


「ゼウスは、自分に向かって来るフォレストウルフだけ相対してくれ!基本、僕が迎え討つ!」

「はい!ルシフェル様!」


 ゼウスは、少し手が震えているが良い構えをしている。

 1匹くらい取り逃がしても、問題は無さそうだ。


「ニンフ!口を閉じててね!」


 此処からは動きが激しくなる為、口を閉じて無いと舌を噛んだりで怪我をする。

 それを防ぐ為の処置だ。


「ん!!」


 ニンフは口を閉じたまま指でバッテンを作って返事をした。

 これなら大丈夫そうだ。

 僕は脚に力を込めて、その一歩でフォレストウルフとの距離を詰める。


「はっ!!」

「!?キャッ!」


 下段に構えていた剣を、そのまま上に振り上げた。

 僕は一瞬にして距離を詰め、フォレストウルフを両断する。

 ニンフは、その時の衝撃の所為か、僕の胸に必死にしがみ付いていた。


「続けて!」


 そのまま僕は目の前の木をクッションにして、三角跳びの要領で、違うフォレストウルフへと駆け出した。

 仲間が1匹倒されたフォレストウルフだが、その場で止まっている訳では無い。

 一目散にバラけて、僕、ゼウスと、襲い掛かるように散らばった。


「ワオーン!!」


 僕はそれを確認し、僕に向かって来るフォレストウルフを無視する。

 そして、ゼウスへと向かっているフォレストウルフを狙って攻撃して行く。

 これは、僕に向かって来ているフォレストウルフなら、放って置いても勝手に向こうからやって来るからだ。


「ガウ!!」

「ぐっ!ハアアアアア!!」


 ゼウスがその腰が引けながらも、フォレストウルフの一撃を剣で受け止めた。

 意外と周りが良く見えているようだ。

 思いの外、冷静なゼウス。

 何だか頼もしい。


「そこ!」


 僕は剣から弓へと装備を変更し、ゼウスに襲い掛かったフォレストウルフの頭を狙って仕留める。

 移動しながらの変更で、間違えれば武器を落とす事になり、逆に窮地に陥るのだが、僕はそんなヘマをしない。

 もう武器の変更は慣れたもので瞬時に出来てしまう。


「ルシフェル様!助かります!」


 ゼウスが助けられた事により、僕にお礼を伝えて来た。

 構えは解いてないので、戦闘状態を保ったまま。

 これなら、これからの戦闘も任せそうだ。

 

「そして、そのまま!!」


 グッと脚に力を込め、今度は空中に跳んだ。


「キャ!?」


 胸の中に居るニンフの叫び声が響き渡った。

 全身に力が込められて固まっている事が解る。

 その時、何かの水分が僕の唇を伝った。

 しょっぱい?


(あれっ?汗か?...いや、僕のじゃないな。と言う事は、ニンフのか?)


 そんな事を考えながら、フォレストウルフの真上から居場所を特定して行く。

 残りは、後3匹。

 そして、矢を三本構えて、残りのフォレストウルフに狙いを絞った。


「これで、纏めて仕留める!」


 残りの3匹の頭を撃ち抜く。

 それも寸分違わず、正確にだ。

 僕は、フォレストウルフを仕留めた事を確認すると、身を翻して地面に難無く着地した。

 こうして、僕達の初戦闘が終了したのだ。


「ふーっ。これなら戦闘も問題無さそうだね」


 それまで緊張していた戦いも、終わってみれば大した事が無かった。

 僕は周りを見渡す。

 どうやら、ゼウスは相手に襲われると言う経験を得て、緊張感から不思議な高揚感に身を包まれているようだ。

 目がバキバキに見開いて興奮をしていた。

 「これが生命のやり取り...」と言葉を漏らしながらだ。

 たぶん今日は、すんなりと眠る事が出来無いだろうな?

 そして、ニンフはと言うと。


「あれ?胸が湿っている?って言うか、濡れているのか?」


 戦闘が終わって気が付けば、何だか胸の辺りがスースーと冷たい。

 その場所は、丁度、ニンフが居る辺りだ。


「ごめんなさい...ルシフェル。その...どうやら、怖くて...(ゴニョゴニョ)してしまったわ」


 ニンフが恥じらいながら、僕にそう伝えた。

 えっ?

 「ゴニョゴニョ」って、何だか聞き取り辛かったな?

 えっと、もらしてしまったって...

 漏らしたって事か!?


「なっ?嘘だろ!?」


 僕には、その言葉が信じられなかった。

 NPCである筈のニンフが、ただのゲームの中のシステムデータの筈なのに、何故そんな機能があるのかと?

 先程、僕の唇を伝った物は...

 しかも、僕はそれを飲んでしまった。


「でも、これで戦闘には慣れたわ!次からは、もうそんな事にならないから安心して!さあ、隠者の森を目指しましょう!」


 誇らしげにそう宣言をするニンフ。

 だが、そんなドヤ顔で言える事なのか?

 既に、やらかしていると言うのに、自信満々の表情で先程の事を払拭するようにだ。

 これは、僕の胸に潜り込める妖精が悪かったのか?

 それとも、そもそも服を着ていない妖精が悪かったのか?

 僕の胸には、ゲームデータを超えた情報が、しっかりと濡れている感覚が、そこにあった。

 ゲームと言う概念を超え始めた、ラグナロクRagnarφkの世界を噛み締めて。





※後書き

少しずつ、世界の異変が起きています。

今回は、そんなちょっとした一幕。

ゲームと言う檻(システム)が崩れて行き、現実へと近付く段階のお話です。

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ラグナロクRagnarφk MAGAZINE 遠藤 @mikebibby10pg

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