第32話 アルヴィトル④
「わっ!?アルヴィトル、急にどうしたんだよ!?」
それは突然の出来事。
僕の意識外からの不意打ちだ。
「...ルシフェル様?...どうしたのですか?」
アルヴィトルのキョトンとした表情。
自分がした行動に対して、何の疑問も浮かべていなかった。
「ど、どうしたのですかって...な、なんで唇に!?」
動揺して上手く喋れない。
だが、それは仕方が無い事だった。
僕の唇に残る柔らかい感触。
何故、こんな事になったのだろうか?
「はい、ルシフェル様。先程、想い人に喜んで頂くにはそうするものだと映像で見ました...違うのですか?」
ホーム拠点の書斎に繋がる映像投影装置。
その装置のおかげで、現実世界のTVや映画などを見る事が出来るようになっていた。
仮想世界に居ると言うのに、その場所で現実世界の映像を見る事が出来る不思議。
ラグナロクRagnarφkを開発した運営は、一体何処までを想定しているのだろうか?
現実とは何か?
仮想世界とは何か?
もはや、その境目が解らないものだった...
遡る事、数分前。
アルヴィトルは成長の一環として、TVや映画などの映像資料を見て、感情などの不特定な“人の心”を勉強していた。
今、その映像投影装置に流れているのは、一昔前に流行をした恋愛映画。
しかも、僕たちの境遇に近しい物がある人間とサイボーグの恋愛模様だった。
(人の心...私には、まだ解りません...ルシフェル様が仰っていた、私の...したい事?...楽しい事?とは一体何でしょうか?)
前回、僕との会話をした時からアルヴィトルが自問自答していた思いだ。
アルヴィトルはその答えを探すように、必死に考えを巡らせていた。
(私は...ルシフェル様に喜んで貰いたい...それが私の望み)
主人に対して忠誠を誓うように創造させられている戦乙女(ヴァルキュリー)。
その思いは創られた存在として当然の思いだった。
(それでしたら...どうすれば、ルシフェル様に喜んで貰えるのでしょうか?)
そうして、アルヴィトルが思案の渦に潜り込んでいる時。
突然、その場に大声が鳴り響いた。
「例え、心の無いサイボーグだろうが、他人に造られた存在だろうが、そんな事は僕に関係無い!!」
どうやら、丁度その時。
TVの中の映像がクライマックスを迎えていた。
「ですが、私には感情がございません。人を思い遣る気持ちも、人を愛する気持ちも解る事が無いのです」
「そんな事は無い!!だったら、何故そんな表情を浮かべているんだ!!感情が無ければ怒る事だって無い!!思い遣る気持ちが無ければ悲しむ事だって無い!!愛する気持ちが無ければ泣く事だって無いだろうが!!だったら、君の瞳から流れているものは何だって言うんだ!?」
どんなシチュエーションでそうなったのかは解らない。
だが、これが愛の告白に繋がっている行く事は理解出来る。
「...私の瞳から...流れているもの?」
「それが君の感情だ。思い遣りの心だ。そして、愛する気持ちなんだ!!君が人間じゃ無くても関係無い!!サイボーグだろうが僕にはどうでも良い!!愛する気持ちには、そんな壁など存在しないのだから!!」
そう宣言をした男性は、サイボーグの女性を自分の方へと引き寄せ、きつく抱きしめた。
触れ合う肌と肌。
目の前には直ぐに相手の顔。
「...愛する気持ち?」
「そうだ!!僕は、君を愛している!!」
男性は、女性の唇に自分の唇を重ねた。
それは、熱く濃厚なキス。
種族の壁を超えた、人間とサイボーグの禁断の愛。
だが、当人達には全く関係の無い壁だ。
「...あたたかい...これが愛、なのですか?」
「...そうだよ。これが愛なんだ。これが喜びなんだよ」
アルヴィトルは、その映像を見て閃きを得る。
(成る程。これが喜びなんですね)と。
恋愛映画から得た、少しズレた情報だと言うのに。
これが、今回の事の始まりで、勘違いの元凶。
アルヴィトルの間違った感情の表し方だった。
そして、討伐依頼を終えた僕がホーム拠点へと戻った時。
わざわざ、アルヴィトルが僕の帰りを玄関で待っててくれたようだ。
「アルヴィトル、ただいま」
それに気が付いた僕は笑顔でそう伝えた。
「ルシフェル様、おかえりなさい」
そう返事をしたアルヴィトル。
すると、発した言葉に間髪入れず、いきなり僕の事を抱き寄せた。
「!?」
「ルシフェル様、私のしたい事が解りました」
気が付けば、アルヴィトルの顔が目の前にあった。
言葉を喋る時に、一緒に漏れ出る吐息。
密着している肌(胸)を通して伝わって来る心臓の鼓動。
妙に艶やかな表情に見える。
「したい事って...」
「はい。ルシフェル様。それは、ルシフェル様に喜んで頂く事です」
アルヴィトルがそう伝えると、「ニコッ」と口角を上げた。
目尻が少しだけ下がっている、とても美しい笑顔。
女神の微笑み。
「!?」
僕が、その笑顔に心を奪われていた瞬間。
アルヴィトルの唇が、僕の唇に重なっていた。
そして、冒頭へと戻る。
「なっ!?喜んで頂くって!?」
僕の唇に残る熱。
これは、アルヴィトルの唇の感触だ。
柔らかく艶のある唇。
その触れ合った唇を通して、アルヴィトルの想いが伝わって来た。
アルヴィトルが抱く感情。
主人に対しての思い遣り。
そして、僕に対する気持ち。
「はい。私のルシフェル様に対しての想いです。喜んで頂けましたか?」
アルヴィトルの迷いの無い瞳。
僕の顔を下から覗き込む、上目遣い。
「喜んで頂けたかって...アルヴィトル。こんな事、気軽にしちゃダメなんだよ...アルヴィトルが考えて行動してくれた事なら、僕は凄く嬉しいけど...こう言った事は、お互いに想い合っている人達がする事なんだって...」
映像で流れていた恋愛映画では無いけれど、相手はNPCで、僕はキャラクター。
しかも、此処は仮想世界。
映画の世界よりも、壁が何重にも、そして、遥かに高いものだ。
「想い合っている人達...私は、ルシフェル様の事を想っております。もしかして...ルシフェル様は違いましたか?」
相手を想うと言う感情。
ただ、僕には、それがどんな感情なのか理解が出来ていなかった。
「違いましたかって、アルヴィトル...」
だけれど、それはとても心地良く、気持ちの良いものだった。
これが喜ぶって...事なのかな?
「今の私では、この気持ちが一体どんなものかを正確に表現する事は出来ませんが...」
成長を繰り返すアルヴィトル。
僕が教えなくても自分で考えて行動する事が出来る人間性。
僕には、それがとても嬉しい事だった。
ああ。
心があたたかいな。
...もしかして、アルヴィトルも僕と同じ気持ちなのかな?
「私は、ルシフェル様のお傍にずっと居たいと思います」
そうか...
僕達は、お互いに感情が共有出来ているみたいだ。
これが、相手を想うって事なのかな?
「...アルヴィトル。ありがとう」
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