食えない先輩
カラザ
第1話
ホントに食えない人だ。二人きりだというのに、どうして何もしてこないのか。学生生活も残り少ないのだから告白でもなんでもしてしまえばいいのに。まぁ呼び出した私がこう思うのもなんだけど。
夕日に照らされた教室に二人。これは願ってもないチャンスなのだ。
来週にはここを卒業してしまう。そう、今を逃せばもう言えないかもしれない。先輩が言わないのであればと偶然出会ったところを拉致って……もとい呼び出したのだ。
「あの、先輩」
「ん?」
「ずっと前から伝えたかったことがあるんです」
「なんだよ、改まって」
室内の空気が妙に重たい。先輩の表情もいつもより固くなってるし。なんでだろう、私まで変に緊張してしまう。
「えーと、その。なんて言ったらいいか」
「言いたいことがあるならはっきり言えよ。なんか隠し事とかするような仲でもないだろ」
別に隠しているわけではない。さらっと吐いてしまえば、きっと目の前の彼はすべてを受け入れてくれるのだろう。
だが、それでもだ。もし彼が否定したとしたら? それが私には耐えられない。ガラスの心なんて言葉はよく聞くけれど、まさにその通り。むしろ私の心は飴細工のようなものだ。少しつつかれただけで割れてしまう。そんな繊細な乙女心を、この人がわかっているとは思えない。
「あー、もう帰っていいか。この後観たいドラマがあるんだよ」
「ちょちょちょ、ストーップ! わかりました。言いますから少し待ってください」
「……五分だけだぞ。それ以上は帰るからな」
よし、なんとかロスタイム獲得。
あとはどういった風に伝えるか。それだけだ。ストレートに言っても絶対に否定される。かといって回りくどく言ったところで、先輩が意味をくみ取れるとは思えない。
先輩を見つけたからといって、なんの考えもなしにここに誘ったのは失敗だった。ふさわしいセリフがこれっぽっちも出てこない。
当の本人はスマホを見ながらゲラゲラと笑っている。さっきまではあんなにも固い表情をしていたというのに、画面が彼女のつもりか。こっちの気持ちも考えろばか。
「あー、そろそろ五分経ちそうなんですけど」
「え……あ!」
気が付くと本当に五分過ぎていた。くっそ、こんなどうでもいいことを考えている場合ではなかった。
「それじゃ、聞かせてもらおうか」
ええい、ここまで来たら腹をくくれ。さあ、大きく息を吸って
「一口でいいんでメロンパンを食べてください!」
「断る」
ハイ撃沈。即答も即答。今回は一秒を切ったんじゃなかろうか。余裕で新記録更新。まぁこうなるだろうとは思っていたけど。
「なんでですか! なんでそこまでかたくなに拒むんですか。ただ一口食べるだけでしょう!?」
「嫌なもんは嫌だ。だいたい俺はメロンもビスケットも嫌いだって何度言ったらわかる」
「わからずやなのは先輩の方でしょう。メロンパンはメロンの味しないって何回説明したと思ってるんですか」
結局また喧嘩が始まってしまった。いつもそうだ。たかがメロンパンごときでと思う人もいるかもしれない。だけど私にとっては大問題なのだ。
「だいたいなぁ、こういうシチュエーションって普通俺が告られるもんじゃないの?」
「え、いや私が先輩のことを好きなんて初めて話したときから言い続けてるじゃないですか」
「そこをあえて言うのがいいんだろ」
ときどき先輩の言っていることがわからなくなる。いや、これは恋愛観の違いというやつなのか。そうだとしたら本当にいまさらだ。
事の発端は私が一年のバレンタイン。この頃から先輩のことが好きだった私は、本命チョコを渡して、思いを伝えようと考えていた。しかしふと思ったのだ。チョコでは普通すぎると。そんなありきたりなものを渡すのであれば、自分らしいものを渡そうと。その結果がそう、手作りのメロンパンなのだ。
外はカリッカリ。中はふわふわ。生地全体からほのかに香る甘い匂い。自分で言うのもなんだけど、黄金色に輝くそれは自分史上最高傑作だった。
「せ、先輩のことがずっと好きでした。付き合ってください」
「あ、ごめん無理」
「な、なんでですか!」
「匂いからしてその袋の中、多分だけどメロンパンでしょ? 俺苦手なんだよね」
あの時も今と一緒。私の純粋な思いはいとも簡単に突き返されたのだ。今思い出しても腹が立つ。
「あれからもう一年経ってますよ。そろそろ食べてみたらどうなんですか」
「絶対に食わん。というかなんでそんなにこだわるんだ」
「私が好きだからに決まってるじゃないですか!」
思わず声に力が入る。彼もメロンパンも好きな私にとって、どちらかがどちらかを嫌うなんてことはあってほしくないのだ。
「ほんっと強情ですね。いい加減メロンパン童貞なんて捨てちゃいましょうよ」
「いやなんだそれ、というか女の子が気軽にそんなこと言っちゃいけません!」
「言わせてるのは誰なんですか!」
「いやお前自身だよ!」
ここまではまだ日常の範囲内。今日はここからもう一段階踏みこまないと。
「じゃあこうしましょう。先輩がメロンパンを食べられたら私が先輩の彼女になる。食べられなかったら先輩が私の彼氏になるってので」
「……それ結果変わってないからね?」
「いいじゃないですか!? 私先輩のこと好きですし! 先輩だって私のこと好きでしょう!?」
「そういう問題じゃねえよ! 物事の順序ってのを考えろっての!」
「じゃあ告白でもすれば付き合ってくれるんですか」
「え」
なんでそこで固まるのか聞きたくもなったけどやめた。
それと同時に作戦変更。名付けて「じわじわとメロンパン天国作戦」だ。
「えー、まぁ? そういうことなら仕方ないですね。改めて告白させていただきますよ」
「お、おう」
顔が真っ赤になった先輩もかわいい。かっこいいのは平常運転だからさすがに動じなくなったが、たまに出るこのかわいい一面にはまだ慣れない。なんだかこっちの頬まで熱くなってくる。
「初めて見たときからずっと好きでした。付き合ってください」
「よ、よろこん……で」
よっし、とりあえず第一目標は達成。まぁこっちの結果はわかっていたので心配はしていなかったが。問題はもう一つの方だ。これさえやり遂げれば先輩との学生生活に悔いはない。
「……って、なんでそんなにもガッチガチなんですか」
「い、いやぁ。なんか改めて言われるとすごく恥ずかしかったというか」
ホントにかわいいなこの人。
「さて、付き合って早速なんですけど先輩」
「お、おう。どうした」
「デートに行きませんか」
「で、デート」
ゴクリ、なんて音が聞こえてきそうなほど焦っている。
きっと先輩は「行こう!」なんて平気で言うに違いない。そこで一気に追いつめてしまおう。
「よし行こう! 俺行きたいところがあるんだ」
「え、ちょ、待って」
そうきたか。そうきてしまったか。誤算だった。彼女いない歴=年齢であった先輩が、ここまでガツガツとくるタイプだったとは。というかいつものスマートさはどこに行ったんだ。表向きと、素でやることが違いすぎるでしょこれは。まぁ、こういうギャップも面白そうだし構わないけれど。
「結局どこに行くつもりなんですか!」
「お前の好きそうなところだよ」
手をつかんだまま止まることなく歩き続ける。
まったく。ホントに食えない人だ。
食えない先輩 カラザ @karaza0210
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