襲い来るもの
「輝さんの所在が発覚した。無事なようだ……。今警察が向かってる。ひとまず解決だ。皆!お疲れ様!」
係長の一声に、一同が安堵を洩らした。連日の捜索を労い、安心したような面持ちで談笑している。……たった一人を除いて。
「井波さん、どうしたんだ……?」
馳田が尋ねる。
「嫌な予感がするんです……。」
「なに……?」
井波は窓を開けると、すぐ下に広がる商店街を見渡した。普段は活気づいている街が嘘のように静まり返っている。
井波の異変に気が付いた係長が二人の元に歩み寄り、窓の外を眺めた。穏やかだった表情がどんどんと曇る。
「……何かが起こる……。」
井波の視線が揺らぐ。盆栽の影が微細に動き、木の葉が微かに揺れる。路上に落ちていたチラシがふわりと立ちのぼった。
*
早苗は肩を静かに落とした。嫌がっている手前、輝を警察に引き渡すことに強い迷いと抵抗があった。ただ、これ以上彼女を匿う余裕がないのも事実だ。
ベランダから室内をのぞき込むと、輝が眠い目をこすりながら起き上がっているのが見えた。会話は聴いていないようだ。早苗はそっと胸をなでおろす。
「輝ちゃん、今日お客さんが来るの。」
「オキャクサン?」
「そう、だからお茶買いにコンビニ行ってくるね。」
罪悪感から早苗は輝と目を合わせられなかった。
「じゃあちょっと待っててね、十分くらいで帰るから!」
早苗は素早く外に出てしまった。早苗の残像を思い出し、しばらくの間首をかしげていたが、「まあいいか」と言わんばかりに太陽の香りを纏った布団をかぶった。
時計の規則的な鼓動に耳を傾けまどろむ。夢の世界に入ろうとしていたその時、強烈な音が鼓膜を貫いた。机が倒れ、窓ガラスが派手に割れる。青天の霹靂に慌てふためいていた矢先。
部屋中の「影」から、いくつもの黒い物体が這い出てきたのだ。
唖然とする輝を嘲笑うがごとく、ずるずる蠢く化物。泥をすりつぶすような音を出しながら、一対の怪奇に変容した。
怯え震える輝に向かい、おもむろに植木鉢を投げ捨てる。強烈な破壊音と共に、枝や泥、植木鉢の破片が飛び散る。間一髪のところで抜け出し、扉に向かって走り出す。
だが、化物の動きはそれをはるかに凌ぐほど俊敏だった。
鮮烈な赤い瞳。藩笑いを浮かべながら近寄る黒色。
輝は何度も、何度も、心の中で早苗に救いを求めた……。
*
アパート付近の狭い路地に入った時、早苗は違和感に気が付いた。何の変哲もない空にスマホを掲げる人、混乱した表情でまくし立てている人であふれかえっていたのだ。
―ねえ、今の何だったの?!―
―俺に聞かれたってわかんねえよー
―あれ何、妖怪なのー
ーあんなの見たことない、まずいんじゃないの……?!ー
激しい爆発音、旋風。ドアのがれきが吹き飛び、人々が悲鳴を上げる。何もかもを吸収するような黒い
「輝ちゃん!」
声が聞こえたのだろう。化物はにやりと笑うと、勢いよく地面に降り立った。
砂塵が舞い散る。人々の叫び、足音が響く。化物は液状化し二つに分裂した。そのうちの一体が、凶悪な笑顔を浮かべながら早苗に襲い掛かる。
本能的に危機を察知した早苗は、なんとか攻撃を避けた。化物が立ち上がっている隙をつき、逃げ場が多い商店街の方へ走り出す。
狙いを外した化物は、彼女の「影の痕跡」を狙い、ゆらゆらと歩みを進めた。
輝る雨 添慎 @tyototu
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