第10話 private channel

帰り道、立夏を家まで送る送らないで二人は車中で揉めたが、結局は立夏をピックアップした場所で降ろすという要望が通り、叶野が駅のロータリーに車を停める。


「有り難うございます。また明後日会社でですね」


「立夏ちゃんに一日会えないの耐えられるかな」


ハンドルの上端に顎を載せ、維花はうなり声を上げる。


「維花さんもキャンプで疲れているんだし、ちょっとは体を休めてください」


立夏も帰れば即寝てしまうだろうと思うくらいには疲れを感じている。心のリフレッシュはできたが、十分な睡眠時間も連休明けの仕事に向かうためには必要だ。


「まあ片付けもあるし、仕方ないか」


「手伝いに行った方がいいですか? 明日行ってもいいですけど」


「だめ」


何故か叶野は自分の家に立夏が近づくのを、前から避けているような気がしてならなかった。大体の場所は聞いているが、普通の住宅街のイメージがある場所で危険な場所だとも思えなかった。それならば、


「なにか隠してませんか?」


「掃除全然してないのに、呼べないだけだから」


言う気はないらしいと仕方なく立夏は引き下がる。じゃあ、とslackにプライベートのチャネルを作ることを提案する。


「いいけど、LINEとかじゃなくてslackなんだ」


「その方が便利かなって、いろいろ」


slackはいつも職場で使っているチャットツールで、個人でももちろん利用はできる。スマホにアプリさえ入れておけば通知も来るため不便はない。


「いいよ」


「じゃあ招待メール飛ばしておきますね」


「それは任せるから……ねぇ、立夏ちゃん」


立夏を呼ぶ甘い声。昨晩は月明かりということもありさほど気にならなかったが、叶野は端正に整った顔立ちが、ショートヘアによって更に引き立ってしまう美少年ばりの美人なのだ。

細めた目でまっすぐに立夏を見る瞳にすぐに捉えられてしまう。


これからどれだけこの綺麗な顔を見つめられると、この視線に慣れられるのだろうか、と今更ながらの事実に惑っていると、運転席から身を伸ばしてきた叶野にあっさり唇を奪われる。


「維花さん、そういうのかっこよすぎます。もう……」


「立夏ちゃんに効果があるならショートも悪くないなぁ。もっと頑張って磨くかな」


「い、今のままで十分綺麗です。でないと隣で歩けなくなりますから」


立夏と並んでバランスが取れているかと言えば今でも取れている自信はないものの、度を越してしまえば立夏が独占してしまえなくなる人になりそうで、慌てて引き留める。やる気にさせると、何をするかわからないという底知れなさが叶野にはある。


「そう? じゃあまあいいか。気をつけて帰ってね」


そう言って再び唇にキスをされて、このままではいつまで経っても車内から降りられなくなると立夏は、意思を強く持ってドアを開けると座席から飛び降りた。


叶野もそれに続くように降りて、後部のハッチを開けて立夏の荷物を降ろしてくれる。


今までももちろんしてくれたことだが、恋人というフィルターが掛かると、紳士すぎるのではと立夏の心の悶絶があり、荷物を受け取る勢いでまた唇を奪われる。


「維花さん、車内ならまだしも、ここ外ですよ?」


「今日のわたしの格好ならどっちかわからないから大丈夫」


確かにお洒落をしているわけでもなく、全力でキャンプモードの叶野はショートカットもあって遠目には男性に見えるだろう。


というか、恋人になる前に、すっぴんや寝相を見せてしまったことに今更ながらに立夏は気づき、再び立夏の中で過去の自分を悔いるターンに陥る。


「どうしたの? もう一回する?」


「維花さん積極的すぎます。昨日つきあい出したばかりなのに」


「でも我慢はよくないなって思って。折角つき合えたんだから、立夏ちゃんに全力でわたしの方を向いて欲しいしね」


「もう向いてます」


それを証明するように最期に立夏からキスを贈り、今度は荷物をさっと抱えてその場を離れた。


なんとなくこうなると思ったから、立夏の家まで送ると言った叶野を辞したのだ。


昨晩からのキスの回数がもう数え切れなくなっっている。


改札に向かいながら、立夏の唇には叶野との口づけの感触がまだ残っている。仕事でいつも通りにできるか自信はないが、叶野の期待を裏切らないようにしたいという思いもある。


「頑張るしかないか」


頬を両手でぎゅっと押さえ、目を瞑って気合いを入れ直した後、立夏は家路に着いた。




EOF(end)


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最後までお読み頂き有り難うございます。

この話は ゼロイチ に続きます。


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channel 海里 @kairi_sa

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