第5話 なかったら作ればいいんじゃない?
白い家が立ち並ぶ、我々が想像するギリシャのような風景が水上都市国家ヴァスティラの特徴ともいえる。観光地としていけるのだが、魔術を使う研究者の拠点地という形のため、娯楽というものが少ない。酒。食べ物。この2つ程度だろう。それでも彼ら研究者にとって、何も問題がなかった。研究に没頭するために来たという人ばかりだからだ。恋しくなったら大陸に行けばいい。
ただ時々はしゃぎたくなるのも性というものだ。休みが必要なのも人である。緑が混じる黒色の短髪エルフの容姿、ティーラノという古代の竜を専門とする女性は他の専門家3人と共に唯一の食事処で酒を嗜んでいた。
「はーい。これで最後ですからね」
時間としてただいま23時。食事処としてそろそろ片付ける時間帯になっていた。ノースリーブの白いウールのワンピースに近いものを着ている女性店員が声をかける。
「分かってるよー。今から広場に行く?」
ティーラノはへらへらと笑いながら、酒呑み仲間に誘いをした。
「さんせーい」
顔を赤くした人が多かったが、頭を動かせるぐらいの余裕はあった。さっさと割り勘で払うべきものを出している。木のテーブルに虹色の貝殻合計15個置かれる。
「また来るねー」
ティーラノ達は店から出て行く。歩いて1分程度で広場に着く。木々があるとはいえ、真っ暗でほとんど見えない。一応街灯のようなものがあるのだが、ひとつあるだけで寂しい雰囲気を醸し出している。硝子で出来た正方形のテーブルが3つある程度で、それ以外は何もない。
「なんか……広場なのに何もないってのもあれっすね」
誰かがボソリと言った。
「そだねー」
緩い声で同意をする若い研究者。
「確か近所の人、駒で遊んでたよね」
額に角がある中年の男が思い出すように言った。
「チェスだっけ」
「うん。それで合ってる。久々にやりたいけどないんだよねー」
彼らのやり取りを聞いたティーラノはある発想を浮かんだ。そうだ。チェスをいつでもやれるように改造すればいいんじゃねと。
「ないんなら自分達で作ればいいじゃん」
「お。どした。ティーラノ」
「だからさ。私達でいつでも、ここでチェス出来るようにやればいいんだよ!」
本来なら所有者に許可を貰う必要があるのかもしれない。だがヴァスティラは特殊で、だいぶ自由である。研究者に甘々なのである。そんなこともあり、思い付いたらすぐ実行が出来る。だって法律として問題ないのだから。
「それだ!」
男達が喜ぶような表情をした。
「よし。そうなると駒は」
「あ。俺ん家が1番近いから取って来る」
「いってら。その間に構造考えとくわ」
「おう」
ヴァスティラにいる魔術師全員、一流の腕前を持つ。研究者として必要な能力とも限らないが、魔術師でもある研究者が集まる土地だからこそ、持ち出し防止の結界や駒への付与など難易度の高いものばかりを瞬時に行うことが出来ていた。有言実行とはこのことである。
その後はどうしたかというと、ティーラノ達はチェスで遊び、次の日の研究に備え、寝るところまで帰った。そして何も知らない人達は突如出来たチェスに驚いたらしいが、普通に遊んでいた。いくら何でも順応性が高いのでは。そう思う方もいるが、どうせ思い付きで魔術師達がやったんだろとある程度推測出来ていたからだ。いつものことなので。
「元勇者、極東の島国へ行く」の短編集 いちのさつき @satuki1
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。「元勇者、極東の島国へ行く」の短編集の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます