ゴーレムのある暮らし

 戻ってきた家政婦長は、なぜか布巾ふきんをかけたお盆を持っていた。


「お待たせしました。石のほうでお願いします」


 これで作業にかかれる。安心して笑顔になったエコーに、家政婦長は伝言の続きを告げた。


「納屋の修理もしなくていいそうです。それと、こちらを」


 お盆に乗っているのはどうやら軽食らしい。いわれてみれば、なんだかんだでもう昼だ。


「ありがとうございます。もう少しで終わりますから、作業後にいただきます」


「では、ここに置いておきますね」

 家政婦長も晴れやかな顔だった。気むずかしい主人の相手をしていると、心労が絶えないにちがいない。





 目地を埋めるのはエコーがおこなった。技術も経験も要求される作業なのだ。


「魔術担当がいないから、ふつうなら一週間ぐらい乾燥させたいところね。

 でも今回はふただけだし、丸一日置いておけば動かしてもだいじょうぶでしょう」


 ガイアはそこまで見越して、リプルの代わりにステラとオリンピアを同行させたのかもしれない。





 ――――修理が終われば、いよいよ待ちに待った昼食だ。


「「わあ!」」


 布巾を取って、ステラとオリンピアは歓声を上げた。

 塩漬けの燻製肉ベーコンが乗っている。なんと、惜し気もない厚切りだった。


「うまうまぁ!」

「こんなやわらかいパン、初めて食べました!」


 出張先で食事をふるまわれることはときどきあるが、ここまで豪勢なことはまずない。


「泣くのはやめて……みっともないから……」

 家計を管理しているエコーとしては、嬉しいながらもつらいところだ。





 作業報告書を提出し、帰ろうとする三人を、家政婦長は勝手口へ案内した。


「奥様から、これをお渡しするようにとおおせつかっています」


 ずらりと並んだは、タマネギ、レタス、カブ、ニンジンなど抱えきれないほどの作物。

 ほかにハチミツや葡萄酒ぶどうしゅの壺、お昼に食べたベーコンまであった。


 エコーもさすがに遠慮したが、

「受け取っていただかないと私が怒られますので」とまでいわれては断れない。


「こんな、物で釣るようなことしなくてもさ」

「ちょっと、ピア。お客さまの前で……」


 たしなめられても、オリンピアはニッと八重歯を見せた。


「ひとこと謝ってくれればそれでいいのに」


「ですよねえ」

 家政婦長がしみじみ同意を表明した。





 来るときよりもなぜか荷物の増えた馬車で、三人は屋敷を発った。


 ガタゴトと車輪を弾ませながら敷地の門へ向かう途中、遠くの畑道に人影が見えた。

 使用人がしらに肩車されたレミだった。


「ぼくのアイアンダー、直してくれてありがとう!」

 レミは手を振りながら、遠ざかっていく荷馬車を見送った。


 ステラも笑顔で手を振り返した。

「鉄じゃないよー! 煉瓦れんがだよー!」





 グラック家は、決して高い地位の貴族ではない。農繁期には一族郎党で畑に出るし、領地はプランタン村と隣村、そしてエトルディの町だけ。

 荘館で働いているのは、雇われた地元の住民たちなのだ。


 ――――多くの生活に、ほんの一端ではあるけれど、ゴーレムが関わっている。

 そのことにいつか、ステラも気づくだろうか。


 青い空の下、軽やかな蹄音つまおととともに、荷馬車はアレクトー工房へ向かった。





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ゴーレム工房のステラ 桑昌実 @kwamasame

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