オリンピアの憤慨

 ステラがモルタルを混ぜるのを見つめながら、オリンピアはつぶやくようにいった。


「ボク、やっぱり許せないな」


 グラック夫人のことだ。


「そうね……。許せなくてもいいんじゃないかしら」


 思っていなかった答えに、オリンピアはエコーを見上げた。


「お客さまとして付き合いを続けるかどうかは、また別の話だけどね。それはマダムが決めることだから」


「だけど、あんな言い方されたら、うちがダメな工房みたいじゃない」


 オリンピアはアレクトー工房が――――母の工房が侮辱されたことに怒っているのだ。





 への字口のオリンピアに向かって、エコーは昔を懐かしむようにほほえんだ。

「…………わたしの前は、マダムがここにきていたのよ」


「お母さんが……」


 うなずいて、エコーは続けた。


「担当を引き継ぐときも、マダムからいろいろと教えてもらったわ。

 水をむ場所、休憩できる場所、入ってはいけない場所、

 何を誰に聞けばいいか、誰を探すにはどこへいけばいいか。


 グラック夫人のこともね」


 厄介な顧客クライアントを弟子に託すとき、オリンピアの母はどんなことを考え、何を願ったのだろう。


 エコーはちょっぴりいたずらっぽく肩をすくめた。


「……ピアがはっきりいってくれたのが、かえってよかったのかもしれないわね。

 今回は早かったみたい」





 聞くや否やステラ、バネ仕掛けのように立ち上がり、

「機嫌直った?! ……わかるんですか?

『会わない』っていってたのに?」


 返ってきたのはエコーのジト目。

「ステラ、モルタルは混ぜ終わったの?」


「あはは…………いい出すタイミングが」とステラは頭をかく。

「変に気を回さなくていいの」

 ちゃんと混ざっているかどうか確認して、エコーは話の続きに戻った。


「…………たぶん、夫人は勢いに任せて怒鳴ったけど、あとから思い違いだったことに気づいたんだと思うわ。

 バツが悪くて、わたしたちに顔が合わせられないのよ」


 それでもまだオリンピアはしかめっ面。

「性格わるー。めんどくさすぎ……」


「お付き合いが長くなれば、そういうこともわかるようになるわ。そしたら少し楽になるわよ?

 そりゃあ、最高の関係ってわけじゃないけど」





 唐突に、ステラがオリンピアの肩をたたいて、

「よかったね、ピア!」


「え? ちょっといきなり何」

「お客さん、もう怒ってないって!」

「それは聞いたよ」

「これからもみんなで一緒にがんばろー!」

「はぁ? ステラもめんどくさすぎ……」

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