第9話 悲劇の地
王の命令を受けた私たちは、城から馬を飛ばして道なき道を駆け抜け、カルヴァドス王国へと向かう。
――やっとの事でレウスに到着した頃には、すでに出発から10日ほど経っていた。
「これは、何という光景だ……!」
レヴァンが言葉を失う気持ちがよく分かる。
――それほどに“爆心地”の様子は凄惨なものだった。
都市の東半分が削り取られたように吹き飛んでおり、まるで隕石でも落ちたかのような状態になっている。周囲にはこれだけ時間が経っても瘴気と魔力が立ち込め、我が物顔でうろつく魔物の姿があちこちに確認できる。
「こんなに……こんなにひどい状況だったなんて――私も一歩間違えたらこれを引き起こした可能性があったってこと……?」
思わず口をついて出てしまった言葉の続きを飲み込むが、この悲劇の根源が闇の刻印であることに足がすくむような愕然とした恐怖を覚える。
私は……本当に刻印の暴走を抑えられているの――?
もし、もし前みたいに追い詰められたとしても、大丈夫だって胸を張って言える……?
「――――ヌ様、ジャンヌ様?」
「えっ?――ああ、ごめんなさい。あまりの状況に考え込んでしまって……」
「さあ、先へ進みましょう――カルヴァドス王国の現場指揮官がこの近くに詰めているはずですから、まずはそこに行きましょう」
レヴァンに促され重い足取りで先へと進み、到着した一行は現場を統率するタイロンという名前の指揮官に面会する。私たちは挨拶もそこそこに彼から現在判明している状況の説明を受けることになった。
「今回の魔力災害は、最近レウスに連れて来られた……とある奴隷が引き起こした可能性がある。年の頃は16歳……目撃者の話では体のあちこちに奴隷紋が刻まれており、そのせいで闇の刻印の発覚が遅れてしまったようだ」
「刻印を隠すために身体に入れ墨を施すケースがあると聞いたことがありますが……今回もそうなんでしょうか」
「うむ……レヴァン殿の言う通り、恐らくそういう事だろう。――ただ、身元を辿ってみて分かったのは、もう少し根深い問題だった」
指揮官のタイロンはそう言って少し眉間にシワを寄せながら言葉を続ける。
「その者は元々奴隷身分ではなかったのだ。これは想像になってしまうが、両親はあえてこの少年を奴隷に落としたのだと思う。――あまり入れ墨が一般的でないカルヴァドス王国において“自然に”入れ墨を施すには、奴隷紋という形を取るしかないと考えたのだろうな」
「――ご両親は、例え奴隷という形でも、何としても生きて欲しかったのかなあ……」
「子供が刻印持ちであることを国に報告すれば、子供の命と引き換えに当面の生活に不自由ないほどの報奨金が出る。それでもあえてそういう方法を取ったということは、そういう事なんだろう」
タイロンは虚空を見上げ、少しの間目を閉じてから大きく息を吐き、再びこちらを向いて話を続ける。
「私も子供を持つ親だ……その気持ちは分からんでもない。――が、それが今回の事態を招いたのだとすれば、決して許されることではない! とはいえ、すでに両親をはじめ家族全員が魔力災害で亡くなっている以上、誰にも真偽を確かめることはできないし、その責任を取らせることもできんがな……」
連日の対応で疲れ切っているのだろう、タイロンは憔悴した顔つきに怒りや寂しさといった複雑な表情を浮かべている。
こんな状況であまり立ち話に時間を割かせてしまうのは得策ではないと判断したのだろう、レヴァンは一歩前へと進み、タイロンに軽く頭を下げつつ口を開く。
「……ジャンヌ様はカミラの国王を介して貴国より魔力災害の調査を仰せつかっています。このような悲劇が二度と繰り返されないよう、少しでも有益な情報を持ち帰ることができればと思いますのでご協力の程、よろしくお願いします」
「うむ。特にしてやれることはないかもしれんが、必要な事があれば何なりと言ってもらって構わない。まだ瓦礫はそのままの上、発生した魔物の掃討も進んでいない……十分気を付けて調査に当たってもらいたい」
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
調査を始めて数日後、私たちは今回の魔力災害を起こしたとされる奴隷――その雇い主に話を聞くことができた。
「そうだなあ……お嬢ちゃんには申し訳ないが、アイツに関して覚えている事といえば、いつも自分の境遇に関してブツブツと恨み言を呟いていたこと位しか思いつかないねえ」
「――恨み言? どんな内容の言葉だったか覚えてますか……?」
「さあな、詳しくは知らんよ。指の爪を噛みながら小さな声で呟き続けるもんだから何に不満を持っていたのかサッパリだ――しかも、面倒なことに月日の経過で負の感情が風化するどころか、どんどん抑えきれなくなっていってなあ……度々周囲の奴隷と衝突して懲罰対象になっていたのさ」
「その奴隷の少年は何年くらいアナタの元にいたんですか?」
「――アイツが10歳になった時に連れて来られたから、大体6年ってところだな。親は勘当して縁を切ったから売りに来たと言っていたが、ありゃあとてもそうは見えなかった。何か“訳あり”だとすぐ分かったよ!」
「その時から“つぶやき癖”があったんですか……?」
「いや、相当落ち込んだ様子だったが、物覚えも良かったし良く働いてくれたよ――おかしくなり出したのはここ2年くらいだな。廃人のように生気のない虚ろな目をしている時もあれば、まるで猛獣のようにギラギラと目を血走らせている時もあった」
――話を聞く限り、やっぱり闇の刻印の発覚を恐れて泣く泣く奴隷として売ったと考えて良さそうね……
自分に闇の刻印があった事を知っていたかはともかく、日増しに置かれた環境に不安や不満が溜まっていったんだろうなあ……
「あの日は――災害が起きた夜は、アイツが新人の奴隷に手を上げた罰として懲罰房に閉じ込めて頭を冷やさせていたんだ。 私はたまたま所用があってレウスの西に来ていたから命を拾ったものの、アイツのせいで店はもちろん奴隷や商売道具を全て失ってしまった。これから一体どうすればいいか……闇の刻印を持っていると知っていたら絶対に雇わなかった! くそっ、何でこんなことに……!」
“ともしび ”の勇者と刻印の悪魔 ~追憶~ 芥子田摩周 @Keshida
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