第2章

第8話 国王命令

「ジャンヌ様~! どちらにいらっしゃるんですかー? ジャンヌ様――あっ、やはり書庫にいらっしゃったんですね!」


「――いっけない、ついウトウトしちゃってたわ……! ん~っ……座りすぎて体がバキバキだよ~!」


グイっと体を伸ばしながらボーっとする頭に酸素を送り込んでいると、レヴァンはやれやれといった表情を浮かべながら静かに口を開く。



「あまり根を詰めすぎて体調を崩さないで下さいよ? ジャンヌ様がカミラに来てから早3年――今やジャンヌ様の知識と技術は我が国になくてはならないのですから」


「ふふ、私が体調を崩してレヴァンが王に叱られちゃったら可哀そうだもんねえ。でもこればかりは科学者のさがというか何というか……知らず知らずの内につい没頭しちゃうのよ」


「――研究者というのはそういうものなんでしょうね……ジャンヌ様が積み上げた研究成果のおかげでカミラの軍事力も生活水準も大きく向上しました。もはやこの国でジャンヌ様を知らぬ者はいない程ですよ!」


「刻印持ちの私を温かく迎えてくれたんだもの、少しでも皆の役に立つことをしないとね!――でも、私が発明した魔法が戦争に使われているというのは少し複雑な気分だけど……」



事象を平面に落とし込むというこの世界の魔法の概念と、始まりの地で得たイメージをどう組み合わせるか――私はカミラに来てからずっとこの研究にのめり込んできた。


その努力の甲斐あって、私は事象をより鮮鋭に体系化し、誰でも同じように発動できる〈魔法陣〉という仕組みを作り出すことに成功したの。


これによって今まではごく一部の限られた人にしか使えなかったり、使い手によって事象のイメージにばらつきが出ていた魔法という技術が、魔力さえあれば誰でも使えるものになっていった……


基本属性の魔法、強化や回復の魔法、応用の複合魔法……皆が一生懸命訓練をしたこともあって、このカミラ王国の魔導士部隊は大陸一と称されるまでになったとレヴァンが言っていた。



「――カミラは周辺国からの侵略が絶えない小国でした。しかしジャンヌ様がもたらした魔法の技術革新によって防衛戦争は連戦連勝……逆に傘下入りを希望する国が増えたことで国土は飛躍的に広がり、今や積極的に侵略を狙ってくる国はほぼ無くなりました。一時の犠牲で未来の争いの芽を摘んだと考えれば、ジャンヌ様の功績は偉大なものだと思いますよ」



「そう……ね。そう考えることにしておこうかな――」



でも、私は戦争が嫌い。

私は、人どうしで命を奪い合う事ほど愚かな事はないと思ってる……

とはいえ、私がいた世界だっていつもどこかの国で戦争は起きていたし、強い武力を持った国が戦争の抑止力になっていたのも事実だ。


個として人より優れていても、全体から見れば私はちっぽけな存在――

今はレヴァンが言うように、この魔法技術が新たな戦争の“抑止力”になってくれることを祈るしかできない……



「――ジャンヌ様? 何だか上の空ですが、大丈夫ですか……?」


「えっ? あ~ごめんごめん。ちょっと考え事してただけよ。――それよりも、何か私に用があって探してたんじゃないのかな?」



「――そうでした、そうでした、王から伝言です! 昼の鐘が鳴り始めたら王の間へ来るように、とのことです」


「あれ? いつもなら王自身が気さくに書庫まで足を運んでくれるのに……わざわざ王の間へ呼ぶってことは、何か国王として命令があるのかなあ?」



「恐らくそうだと思います。――では、確かに伝えましたからね!」


そう言ってレヴァンは忙しそうに書庫を後にするのであった。



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


昼を告げる鐘が街中に鳴り響く頃――私は言われた通り王の間を訪ねる。


「おお、ジャンヌ殿! わざわざ呼び出してすまんな……今日は折り入って頼みがあるのだ!」


「頼みだなんて……王は今や巨大国家の頂点に立つ御方なんですから、胸を張って命令していただいていいんですよ?」


「はっはっは! 国がデカくなったからといってジャンヌ殿に対する態度まで変わってはワシという人間の器の大きさも知れてしまうというものだ。――何より、今も変わらずそなたの研究の恩恵にあずからせてもらっている立場で強く物は言えんよ」



「ふふ、そんな王様の下だから私は自由に研究ができるんですもんね。――なんて不敬な発言はともかく、今日はどんなご用件でしょうか……?」



王はそれまでの“にこやかな”表情から一変、仕切り直すように咳ばらいをしてから真剣な顔つきで口を開く。


「先日我が国で観測された強力な魔力波動だが――北のカルヴァドス王国で発生した魔力災害が原因であることが分かった」


「魔力災害――闇の刻印の暴走が起きてしまったんですか!?……被害はどんな状況なんでしょうか……?」



「うむ……情報によれば、カルヴァドス第三の都市である〈レウス※〉が壊滅状態になっているようだ。――書物を通じて知っておるかもしれんが、彼の国は古くからの友好国だ。彼の国で稀に生まれる〈勇者〉の助けで今まで何度もこのカミラは存亡の危機をはねのけてきたのだ。 今度は我らが少しでもその恩に報いねばならん……!」



王は拳に力を込め、力強い口調で言葉を続ける。


「今回……我が国の魔法技術を見込んでカルヴァドス王から現地の調査を依頼された。ジャンヌ殿はレヴァンと護衛の兵士を連れて急ぎレウスへと向かい、調査にあたってもらいたい!」


「かしこまりました……調査といっても何を調べたらいいか見当もつかないですが、やれる限りの事はやります……いいえ、やらせて下さい!」


「快諾してくれて感謝するぞ……! 何故刻印が暴走し、どうすれば発生を未然に防げるのか、どうすれば発生した災害を最小限の被害で食い止められるのか――ジャンヌ殿の知見が何か役に立つかもしれん! 頼んだぞ!」



王の間を離れようと立ち上がった時、王がつぶやくように言葉を発する。


「闇の刻印とは何なのであろうなあ……そなたのように刻印を制御できるようになれば、多くの命が救われる。――いつか、この悲劇の根本を突き止めてくれることを願っているぞ」




==============注 釈================


※本編のレウス王国とは別の場所。

 レウス王国の名前は古代国家カルヴァドス王国のレウスという都市が由来になっているのは確かだが、物理的な繋がりはない。カルヴァドス王国をはじめ古代の国家や都市の名前は歴史からほとんど消失しているが、その土地に伝わる物語や伝承の中で名称が息づいているものがある。

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