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 原野に並ぶ風車の群れが、遠く後ろに消えていくのをドアミラーで見つめながら、裕紀は言った。



「吉田よ」

「ん」

「おまえ、さっき自分で全部答え言ってたべ」

「……」

「俺たちは今しかできないことがあるし、拝めない景色があるんだろ。実家の畑をこの先イヤでも死ぬまで何十年も見つめ続けることになるなら、したいことは今のうちに、なんでもやればいいだろ」

「……」

「それにさ。おまえが今からこんな真っすぐな道をひたすら進み続けるような人生を送ったって、きっとすぐに飽きるべや。そういう意味で、俺とおまえは真逆なのかもしれんけど。どっちが良い悪い、というよりも、どっちが自分にとって性に合うのか……ってことなんだろう。ただ俺から見てると、おまえにはまだ、曲がりくねった道の方が合うかなって思うわ」

「……なるほどなあ」



 左手でハンドルを持ったまま、哲也は右腕をドアについて、考え込むように口元に手をやっていた。裕紀は裕紀で、ずいぶんと出過ぎたことを言ったような気がして、若干の自己嫌悪を感じざるを得なかった。


 ただしこんな状況下で、今だからこそ言えないことがお互いに胸の中にあったという意味では、それを口にすることができてよかったとも思えた。




 だいたいの場合、学生時代の友人なんていうのは、社会の荒波にもまれている間に、握りしめていたはずの糸を手放してしまって、気づいたら音信不通になってしまうことが多い。それは先輩がたも言っていたことだし、なんとなくそうなるんだろうな……と、裕紀は誰に言われるでもなく予感していたことだ。


 けれども、哲也とはこれからも、腐れ縁が続いていくことだろう。だからこそ、自分は哲也の本当の気持ちを汲み取って、背中を押してやることが役目だと思ったのだ。




 あとは、これを哲也がどのように締めくくるのか。



 それは裕紀が手を出すことのできない領域だ。しかし、たとえ哲也がどんな選択をしたとしても、裕紀は純粋な気持ちで「よかったな」と言えるような気がしていた。






「藤堂」



 しばらく黙り込んでいた哲也が、右手でウインカーレバーを上げながら言った。

 車の速度が、少しずつ落ちてゆく。ウインカーは左に点滅していて、その方角にはさほど広くない駐車帯がある。そして続く道の先は、ゆるやかに左へカーブしている。

 稚内を出てから、長く続いてきた直線道路の終わりが、そこにあった。


 哲也が何をしたいのかは察しがついたが、裕紀はあえて訊いた。



「なんだ」

「ちょっと、運転代わってくれ」

「どうした。疲れたか?」

「すこぶる元気だよ」

「まあ、俺は十分休んだし、いいけど」



 駐車帯には、一台も車がいなかった。一番先端まで車を進めて、哲也がパーキングのボタンを押した。シートベルトを外す音が聞こえて、裕紀もそれに続いてベルトのバックルを押す。



 二人そろって、久しぶりに車の外に出た。稚内からだいたい60km弱は来ただろうか。少しずつじりじりと気温が上がって、吹きさらす風も心なしか、ぬるくなってきた気がする。

 んあああ、と伸びをしながら煙草を取り出しはじめた哲也に、裕紀はもう一度訊いた。



「なしたよ、急に」

「いや。運転しながらできねえことを、やろうと思ってさ」

「ん?」



 ジッポライターで煙草に火をつけると、哲也はまた、うまそうに煙を吐き出した。

 そして肩の力を抜きながら、今度はポケットからスマートフォンを取り出す。


 どこか照れくさそうな笑みを浮かべつつ、哲也が言った。



「この煙草吸ったら、一本、電話かけさせてくんないか」

「誰にさ」

「実家。『おたくの息子は留年したと思って、大学院行かしてくれ』って」

「なるほどな」



 くつくつと、裕紀たちは肩を震わせる。



 もしかすると、実家の跡継ぎという安定した進路をあえて外れようとする哲也のことを、愚かだと笑うやつもいるのかもしれない。


 それがなんだ。遠回りしたり、たまに横道に逸れるのだって、案外悪いもんじゃないだろう。

 そのぶん、ぱっと視界が開けたあとにどこまでも真っすぐ続く道が、余計に心地よくなるのだから。

 



 哲也が空き缶に吸殻を放り込んだ。それを合図にして、哲也は助手席、裕紀は運転席のドアを開けて、車に乗り込む。裕紀はゆっくりと駐車帯を抜けて、ふたたび南へ進路をとった。



 ま、がんばれや。



 少し緊張した面持ちで、助手席でスマートフォンを耳に当てる哲也に、裕紀は心の中だけでそんな声をかけた。ゆるい左カーブに沿ってハンドルを切る。潮の香りがする海岸線を、車がゆっくりと離れてゆく。




 次にこの地を訪れたとき、たとえいくつになっていても、自分はきっと同じくすがすがしい気持ちを味わうことができるだろう。



 天塩てしお川にかかる橋を渡りながら、裕紀はそんな予感を抱いていた。





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★作中に登場した場所について-----------------------

・日本最北端の地の碑/稚内観光情報 最北のまち稚内

https://www.city.wakkanai.hokkaido.jp/kanko/midokoro/spot/chinohi.html


・北海道道106号稚内天塩線 - Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E6%B5%B7%E9%81%93%E9%81%93106%E5%8F%B7%E7%A8%9A%E5%86%85%E5%A4%A9%E5%A1%A9%E7%B7%9A


・オトンルイ風力発電所 | 北海道Style

https://hokkaido-travel.com/spot/visiting/ho0673/

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route 106 西野 夏葉 @natsuha

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