第1話
「マスター、いつものやつ頼むわ」
「おいおいオズ、朝から飲んでて良いのかよ」
「良いんだよ。依頼もないし金もないけどな」
「ったく……次は払って貰うからな」
オズワルドは酒場のマスターの注いだ酒を飲んで一言。
「うん、いつも通り美味くねぇな」
「うちには美味い酒も揃ってんだがなぁ」
「美味い酒飲んだら不味い酒が飲めなくなるだろ? だったら不味い酒が不味く飲める方がマシだ」
自論を展開するオズワルドだが、酒場のマスターはこいつが何を言っているか全く理解出来なかった。
港町アリフォラ。その路地に店を構えるこの酒場にて、オズワルドは今日も飲みに来ていた。
日はまだ登り始めた頃で、忙しそうに走り回る漁師の姿が見える。そんな中、グラスに注がれた安酒を飲みながら、オズワルドはカウンターにて考え事をしていた。
それは昨晩の夢の事。
「闇が降りる……か」
「どうしたオズ。お前にしては珍しく考え事か?」
「珍しくってなんだ。俺はいっつも考えてるぜ? 今日どうやって暮らそうかなーとか」
「それなら酒をやめるこったな」
闇。闇とはなんだろうか。
単純に夜が来る事ではないのは、頭の悪いオズワルドでも分かる。では強大な魔物か?
(いや、そもそも何故その話で七王が出てくる)
七王とは、オズワルドが産まれるよりもずっと前、人類と魔族の戦争を止めた七人の英雄の事だ。
覇王、魔王、賢王、守王、龍王、魔法王、そして妖精王。この七王は戦争が起こると突如として現れ、戦争を止めたと言う。そしてこの世界を整えた彼らは、人々の感謝を受け取る事なく消えていったとか。
そんな英雄を討ち滅ぼす? まだ、あの光が魔物の仕業ならまだ良い。オズワルドが犯人探しをすれば済む。なんなら別に聞かなかったフリをして、いつも通り過ごせば良いのだ。
だが、オズワルドは分かっていた。あの光が一体なんなのか。
幼き頃の遠い記憶。今になって思い返せば、オズワルドはあの光に触れた事があったのだ。
「どうしたオズ、酒飲んで倒れるんじゃねぇぞ。運ぶの大変だからな」
「アリフォラ一の漁師が何言ってやがる」
「元な、元。今じゃただの老人さ」
暗い顔をしていたのか心配するマスターに適当に返すと、オズはグラスに入った酒を煽った。
考え事をしながら飲み続けるオズワルド。だからこそ突如として現れた小さな来訪者に気が付かなかったのだろう。
ちょいちょいっと腕を突かれ、反射的に首をそちらに向けるオズワルド。そこには女の子がいた。
真っ白い髪を肩辺りまで伸ばした彼女は、銀色の瞳をオズワルドに向け、小さな口を開いた。
「貴方がこの酒場のマスターですか?」
「マスターは朝から酒飲まないな。ほら、目の前にいるだろ」
「もうこの歳では働けないのでは?」
こてんと首をかしげる彼女に思わず苦笑するオズワルド。一方のマスターはその話を聞いて、自分の顔をぺたぺたと触り、そしてため息を吐いた。
「俺ってもうそんな歳かね、オズ」
「マスターが老け顔なだけだろ。嬢ちゃん、この老け顔がマスターだ」
「それは大変失礼しました、老け顔のマスター」
「老け顔は余計だ。俺はまだそんな歳じゃない」
オズワルドがツッコんだマスターに笑うと、マスターは若干不機嫌そうになりながらもオズワルドのグラスに酒を注いだ。
所でだ。馴染みつつあるが、この少女は一体誰だ? 入り口から入ってきたのだろうが、オズワルドの耳には少なくとも彼女が酒場に入った音は聞こえなかった。まだ然程飲んでもいないので、酔っていたと言い訳する事も出来ない。
頑張って登ったであろう高い椅子の上で、少女は足をぷらぷら前後に動かしながら、マスターに質問をした。
「マスター、近くに図書館はありませんか?」
「図書館? 図書館ねぇ……」
「おいおい嘘だろマスター。ヤナサにあるじゃねぇか。ボケちまったか?」
「そんな歳じゃないっての」
俺そんなに老けてるかなぁと独り言を漏らしたマスターは、くるりと少女の方へ顔を向けた。
「此処から北西に向かった所に、大きな山がある。その山をくり抜いたかの様に作られたヤナサって街に、お嬢ちゃんの求めてる図書館はある」
「北西の山ですね、ありがとうございます。それでは」
「おいおい、もう行っちまうのか!?」
ぴょんと椅子から飛び降りた少女は、お辞儀をすると酒場から出ようとした。
マスターが思わず止めると、少女はその感情の乗らない瞳をマスターに向けた。まるで止めろと言わんばかりに。
「はい、一刻を争うので」
「いやいや、そうじゃない。急ぐなって言いたいわけじゃねぇんだ。ヤナサのある山にはかなり凶暴な魔物が出る。悪い事は言わねぇ、一人で行かない方がいい」
「成程……御忠告ありがとうございます。でも、行かなければならないんです。多少の魔法は使えるので、大丈夫だと思います」
「いやぁ……そうは言ってもな。教えた手前、死なれるのは目覚めが悪過ぎる」
急ぎたい少女。一人では危険だと言うマスター。大変だなぁとオズワルドは思いつつ、安酒を煽る。
すると、明暗が浮かんだと言わんばかりに顔を明るくさせたマスター。その表情に、オズワルドは何か嫌な予感がした。
「そうだ! こいつを連れて行くと良い」
「はぁ!? 俺かよ!」
「そうだオズ! タダ酒飲ませてるんだから、こんな時ぐらい俺の頼みを聞け! 今まで飲んできた分、請求するぞ」
「……この人は信用出来るのですか?」
「あぁお嬢ちゃん。こいつはオズ。港町アリフォラで魔物退治をしてるんだが、腕っ節は一流さ」
マスターはカウンター越しにオズワルドの肩を叩くと、少女に向かってそう言った。
嫌そうに顔を歪めながらも、いざ飲んできた酒の代金を払えと言われれば、苦しいのはオズワルドの方だ。
後は少女が首を縦に振るか横に振るかだ。頼むから横に振ってくれと願うオズワルドだったが、その願い虚しく少女はこくんと頷いた。
「では、お願いできますか?」
「……分かったよ。ヤナサまで連れていけば良いんだな?」
「はい」
「うんうん、お嬢ちゃん。こいつに変なことされたら俺に言うんだぞ?」
「別にしねぇよ……絶世の美女なら兎も角、まだ小さいだろ」
満足そうに頷いたマスターは、ちょっと待ってろとオズワルドに言うと、酒場の奥へ一旦引っ込んだ。
ぽつんと静かな酒場に残された二人。少女の姿を改めて見れば、港町で走り回る子供と大差無いぐらいだ。マスターの孫ぐらいだろうか。
白い生地に水色の刺繍が入ったローブに身を包んだ彼女は、見られている事に気が付いたのか、大きな瞳を瞬きすると、オズワルドに声をかけた。
「どうしたのですか?」
「いや、名前でも聞いておこうと思ってな」
「あぁ、申し遅れました。私はティミナと言います」
「オズだ。よろしく」
大きく武骨な手と、少女の小さな手が重なる。
律儀にマスターを待つ少女 ティミナ。急いでいるのでは無いかと思ったが、律儀に彼女は待っている。
図書館に行きたいとは聞いたが、一刻を争うと言っていたティミナ。オズワルドはどうして急がなければならないのか聞いて見ることにした。要件によっては本当に急がないと行けない場合もある。例えば、人命が危うい場合とか。そんな事は余程の事がない限りないだろう。
「なぁ、ティミナ。どうしてそんな急ぐんだ?」
「闇が降りるからです」
聞いた事のある言葉だ。夢の中であの光が同じ事を言っていた。
『闇が降りる』と。少女の言う『闇』とあの光が言う『闇』が果たして同じ物なのかどうかは分からないが、オズワルドは少なくとも関係のない事ではないだろうと考えた。
「闇ってなんだ?」
「神話の世界に於いて厄災の事を指します。大地は穢れ、争いは絶えず、命が次々と散って行く様な物です」
「厄災……」
漸く光の言いたい事が分かってきたオズワルド。
厄災とはつまり七王の事。遥か昔の英雄が厄災となって世界を滅ぼす。オズワルドは『オズワルドの丘』に刺さった剣を使い、七王を討ち果たせと言われていたと言うことになる。勿論、オズワルドの解釈だから断定は出来ないが。
全てが理解出来た事で、オズワルドから深い溜息が漏れる。
全ての使命から逃げてきた人生を過ごしていたオズワルド。やっと逃げ切れたかと思えば、次は世界を賭けた戦いに巻き込まれるとは考えてもいなかった。
「私はその厄災に備えて、儀式を完成させなければならないのです」
「それが何で図書館に行く事に繋がるんだ?」
「知識が足りないのです。時間は大幅に無くなってしまいましたが、まだ後二年ある。その間に出来るだけこの大陸の知識を集めないといけません」
「……分かった、とりあえず俺は安全にヤナサの図書館まで連れて行く。これで良いだろ?」
「はい、よろしくお願いします、オズ」
相変わらず無機質な表情でお辞儀するティミナ。何の儀式をするかとかは聞かない方が良いだろうと考えるオズワルド。別にそこまで踏み入る必要はないし、誰にだって話したくない事はあるだろうから。
酒場の奥から戻ってきたマスターの手に握られた、一本のジュースを受け取り、オズワルドとティミナは酒場を後にした。若干寂しそうな顔を浮かべるマスターに、オズワルドはまた来るとだけ言い残し、酒場を後にした。
オズワルドの丘にて 玄武 水滉 @kurotakemikou112
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