最強勇者は転生しない
モト
最強勇者は転生しない
世界最強を目指す男がいた。
彼はキバと名乗り、空手、柔道、ボクシング、総合格闘技、相撲、剣術、あらゆる相手に如何なる勝負を挑んでも勝利していった。
それもそのはず、戦う相手よりも強くなるというスキルを彼は持っていたのだ。天上天下空前絶後、全時空において唯一のスキルである。
ある日、キバは道端で倒れている老人を見つけて助け起こそうとした。その後ろから、通り魔が刃渡り三十センチのサバイバルナイフを構えて突進。キバの背中、肝臓へとナイフを突き立てた。
ナイフは確かに突き刺さったが、血は噴き出さない。
肝臓がナイフよりも弱いという決まりはあるだろうか?
少なくともキバの肝臓はそうではなかった。いや、刺されたときにスキルが発動してそうなったのかもしれない。
キバの肝臓に当たったナイフは鉄分を肝臓に食われてしまい、刃を失って道に落ちた。
悠々と老人を救った後のキバが通り魔を地獄に送ったことは言うまでもない。
キバが次なる相手を求めて街をさまよっていた時だった。
大型トラックが時速百五十キロで彼めがけて突っ込んできた。大型トラックの重量は十トン、キバの体重は百キロ。相手になるはずが無い。
だがトラックが彼に触れようとした瞬間、キバはタックルを見舞った。その速度は実に時速千五百キロ。力を相殺されたトラックは衝撃に耐えきれずぐしゃぐしゃに崩壊。
一方、キバは?
無論、人間の身体であれば耐えられるはずもない。だが運命に選ばれしスキルが彼の筋肉、内臓、神経、骨格の全てを一瞬で鍛え上げていた。人間の鍛錬には限界があってもキバにはないのだ。服は吹き飛んだが彼には傷一つなかった。
また次の日、彼が食事をしていたレストランにはテロリストがTNT爆弾を仕掛けていた。
テロリストの腕は確かなもので、彼を取り囲んでいた合計十キロの爆弾は同時に炸裂、レストランの入っていたビルごと爆破粉砕した。ビルは崩落して瓦礫の山となった。
ああ、キバは?
彼は瓦礫の上で食事を継続していた。衝撃波を喝で消し飛ばし、落ちてきた瓦礫を弾き飛ばしていた。彼の席は無事だった。
メインディッシュを食べ終えた彼は次の皿が出てこなかった怒りをテロリストに向けた。
そのテロリスト組織が壊滅したのは翌日のことだった。
今日の相手も物足りなかったと思いながらホテルで眠りに落ちたキバは、夢の中で女神に出会った。
美しい女神は困り果てた顔をしていた。
「私は世界を守る秩序の女神。こことは異なる世界が滅亡の危機に瀕しています。恐るべき鬼王が復活して世界を滅ぼそうとしていると予言されたのです。あなたの使命はその異世界に転生して鬼王を倒し、平行世界の秩序を守ることです。ですので速やかに死んでください」
女神の願いをキバは訝しんだ。
「転生とはつまりこの世界で死んで生まれ変われということか。そのような生まれ変わりの力をお前は持っているのか」
「そうなのですが、キバ様にはその力を受け入れていただけず、困っているのです」
「ふむ。このところのトラックや爆弾は俺を暗殺せんとの陰謀なのだな」
女神は嫌そうな顔をする。
「暗殺ではありません。それがあなたの運命なのです。あなたは強さを求めているのでしょう。転生する時には現実を捻じ曲げるチートスキルも差し上げますから、あなたはお手軽にもっと強くなれるのです」
キバは笑った。
「俺が求めているのはより強い相手だ。ならば俺は運命と勝負しよう。かかってこい、女神。どんな手を使ってでも俺を殺してみろ。そしたら異世界でもどこでもなんにでも生まれ変わってやる」
「なんたる傲慢! 神の力を持ってしてあなたに死をもたらしてみせましょう!」
女神は怒り狂って宣言する。
キバは夢から醒め、改めて笑う。
女神は宣言通りに次々と刺客を放ってきた。
ジェット戦闘機が超音速で体当たりしてきた。
キバの投げた石礫でジェット戦闘機は撃墜された。
自走砲のつるべ撃ちがキバを襲った。
数十キロ彼方から発射された榴弾がキバに降り注ぐ。
跳躍したキバは切れ目なく飛来する榴弾を足がかりにして自走砲にまでたどり着き、上空からの膝蹴りで破壊した。
さすがにこの頃には世界も異常に気付き始めていた。
運命に操られた者たちが如何なる手段を使ってでもキバを倒さんと挑む戦いが繰り広げられている。
一種のテロなのか、それとも闘争なのか。理解できない現象だ。
分かっているのはキバが死ぬまでこの争いは続くということだけ。
相手が強くなればなるほどキバも異様に成長して攻撃力を高め、戦いの被害は拡大していく。
戦車大隊がキバ一人をターゲットに市街戦を繰り広げ、街がひとつ焼け野原となった。そして戦車も残らずスクラップと化した。
キバは戦車の重装甲をも拳で貫き、四十トンを超す戦車をひっくり返し、戦車砲弾を投げ返した。戦車との戦いが彼に戦車を倒す力をも与えたのだ。
人はいきなり降ってくる隕石から逃れ得ない。
人工衛星を隠れ蓑とした宇宙兵器基地が衛星軌道上から長さ六メートル、直径三十センチのタングステン棒を発射した。
マッハ十の極超音速にまで加速された金属棒は地下数百メートルにまで到達する「神の杖」だ。
キバは灼熱の金属棒に膝蹴りを喰らわせた。
その衝撃で周囲にはクレーターが生じた。打ち返された金属棒は第二宇宙速度に到達、宇宙兵器基地を貫いてスペースデブリに変えてしまった。
人々はキバを畏怖し、恐怖した。既に人間の域を超越していた。
ある者はキバを神と崇めて弟子を名乗り、キバの後を付いて回った。そして戦いの巻き添えで死んでいった。
またある者はキバを倒すことが世界を救う女神の教えだと信じた。後者は権力者の多さが特徴だった。遠慮をなくした女神が権力者を夢で洗脳して回ったからだ。女神の懇願は権力者の名誉欲を満たし、彼らはこぞって打倒キバ計画を推し進めた。
女神はキバの夢にもまた現れて懇願した。これ以上やれば女神がまるで世界を滅ぼす鬼王のようではないかと。
良いではないかとキバは哄笑した。
怒った女神は一線越えを決意した。例え鬼王の如き所業を成そうともキバを倒す。
各国はICBMによるキバ爆撃計画を推し進めていた。女神からの命令が下り、作戦計画は実行が決まった。
多弾頭型のICBMでキバの半径数百キロを一斉攻撃する作戦だ。
本作戦のポイントは直撃を狙わないことにあった。下手に狙えば迎撃されたり回避されたりする。広域を放射性物質で汚染すれば如何にキバとて逃れられないはずだ。
キバの跳躍力、遠投力、走行速度、喝による衝撃波の到達範囲など、総合的な計算の上で、攻撃半径と弾頭数、弾頭の威力が計算された。
キバが瞬間的に成長する可能性も考慮に入れて、五百パーセントのマージンも持たせた。
作戦は決行された。
各大陸から発射されたICBMは弾道を描いてキバの頭上に到達。核弾頭は分裂して無数の子弾頭がキバの周囲に降り注ぐ。ひとつひとつが数メガトン級、都市を滅ぼすほどの威力を持つ。
大地を滅ぼし、地球を核の冬にしてしまうほどの狂った作戦だ。
だが核弾頭は爆発する前に全て蒸発した。
キバの発散する気功が核爆発をはるかに超える爆発を引き起こしたのである。
新たなキバの能力によって周囲数百キロが更地となり、舞い上がる粉塵によって核の冬が始まった。
世界は核戦略の終焉と人類滅亡の始まりを悟った。
核攻撃によって、キバに核すら超える力を与えてしまったのだ。
女神は作戦を変えた。
強大な魔力を誇る龍が異世界から送り込まれてきた。もはや世界の秩序もへったくれもない。
鉄すら融かす龍の焔攻撃を拳で払いのけたキバは、蹴りを龍に叩き込む。多重結界で守られているはずの龍は血反吐を吐く。
龍は強酸をまき散らすがキバの身体には届かない。龍をも上回る多重結界がキバを守っていた。
決着がついたとき、キバは魔法を操る能力を得ていただけでなく、龍を配下に従えていた。
女神が転移させてくる魔物たちを次々と降していき、キバの元には魔物の軍団ができあがっていった。
そしてキバは宣言した。己が世界を滅ぼす鬼王であると。
自らの手で鬼王を生み出してしまったという過ちに気付いた女神は、しかし反省しなかった。むしろあらゆるタブーを捨て去った。
このところの敵は奇妙な戦い方を仕掛けてくることにキバは気付いた。
何度殺しても、肉体を消し去ろうとも同じ者が現れて戦いをまた挑んでくる。
また別の者はキバのあらゆる手を読み切ったような攻撃を仕掛けてくる。
いずれも戦闘力としては大したことがなかったものの、現実の論理を超越している。女神の言っていたチートスキルとはこのことかとキバは思い当たる。彼自身が生まれつき持っている戦闘スキルとは異なり、時空間のルールをいじるようなスキルらしい。
殺しても戻ってくる相手は、転移を何度でもやり直すチートスキル持ちなのだろう。
あらゆる手を読み切ってきた相手は、死んだら何度でも人生をやり直すチートスキル持ちではなかろうか。
破壊力ではなく、特殊な概念で攻めてくる敵の出現に、キバはいよいよだと気持ちを高ぶらせる。いずれも女神直属の配下だろう。であるならば次に来るのは。
そして待望の敵が現れた。
女神本人である。
女神はブチ切れていた。
「分かっているんですか、私は世界秩序の概念、私が戦えば世界の法則は乱れて起こり得ないことが起きてしまうのですよ!」
「それこそ俺が待っていたことだ」
「あなた、責任を取ってくれるんですか!」
「全ては俺が背負う」
女神は時を遡り、まだ子どもの頃のキバを縊り殺そうとする。子どものキバは既に鋼の筋肉を備えていて首はびくともしない。
なんとか殺そうとしているうちに恐るべき殺気を感じて女神はより過去へと時を跳ぶ。
キバが生まれる前に殺そう。
女神はキバの母親を始末した。
それなのに元の時代にはまだキバが存在するではないか。
「俺がただ一人の母親しか選べぬほどの惰弱だと思ったのか」
キバが言うことの訳は分からなかったが失敗したことは確かだ。
殺気に追われながらもさらに過去へと女神は跳ぶ。
女神は為政者の夢に現れて、生まれてくる子供を全て殺すようにと告げた。
為政者は命令に従った。
それでもキバは消えなかった。死んだはずの子どもが三日後に蘇っていたのだ。
女神は悟った。自分が戦っている相手はもはや自分と同等以上の存在、即ち神。
キバの殺気に追われ、女神はひたすらに時を遡って逃げに逃げた。
時の始まり、女神が生まれた時。それ以上はもう遡れない。
そこで女神は待った。
やがてキバの殺気が追いついてくる。それは果てしない時の彼方からキバが放ったパンチだった。
女神の終わりと始まりという概念がパンチで打ち砕かれ、女神はあらゆる意味で消滅した。
最後の瞬間、女神は高らかに笑っていた。
キバの前に天上天下で最後の敵が現れる。
女神の消滅によって世界の秩序は失われ、キバの持つスキルはこの世で彼一人のものという原則も消え去った。
世界の壁は消えて混ざり合い、あらゆる可能性が現出する。その可能性の坩堝から最強の可能性が形となる。
もう一人のキバが現れたのだ。
キバに立ちはだかるもう一人のキバ、対になる存在、女のキバ。彼女もまた戦う相手よりも強くなるというスキルを持っている。
戦う前から結果は分かっていた。
スキルを使っても男のキバは女のキバを超えることができない。なぜなら今の女のキバは誰よりも弱いからだ。
女のキバは男のキバを必ず超える。なぜなら今の男のキバは誰よりも強いからだ。
そう、キバは最初からこの結果が分かっていた。彼の追い求めてきたものだった。
今、キバは最強の敵に対峙しており、戦いが終わればキバが最強となる。それこそが彼の望み。真の最強。
戦いが始まった。
あらゆる神をも超える強さに到達していた男のキバは、それを超越する存在となった女のキバを前にして存在が許されず完全消滅した。
世界にはただ女のキバだけが残された。
キバが世界であり、世界がキバである。
もはや戦う相手はいない。世界の秩序そのものとなったのだから。
彼女は世界を分け、構成し、生命を育む。
足りなければ転移させ、転生させる。
いつかまた最強の戦士を生み出すために。
それが世界の秩序。
キバは名を捨てる。新たな名乗りを上げる。私は生まれ変わった。私は世界を守る秩序の女神。
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