第21話


 夏場の墓地は、蚊の巣窟だ。友樹は虫除けスプレーを振ってき忘れたことを激しく後悔した。

 寺のバケツと柄杓を拝借すると、友樹は荒野家の墓を目指した。

 干からびた墓石に水をかけると、それはまるで息を吹き返したように、たちまち瑞々しく色を変えた。

 墓石の横には、すずらんが添えてある。まだ、備えられたばかりのようで、生き生きと咲き誇っている。

 いつ来ても、荒野美咲の墓は綺麗だった。死んでから十年経った今も、まるで時が止まっていたかのように、それは真新しく感じられた。

 友樹はポケットから淡いブルーの便箋を取り出す。中にあるのは、紙切れとラクダのネックレスだ。

 紙切れの方を取り出して開くと、そこには丁寧な女性らしい文字が並んでいる。その中に一箇所だけ汚い文字で、臼井友樹、とサインが添えてある。

 友樹はしばらく手紙を眺めた。文字には微かな温もりが残っている気がして、友樹はそれを指でなぞってみた。一瞬、十年前に引き戻されたような気持ちになった。

 手紙を畳んで便箋にしまうと、墓前で手を合わせ、その場を後にした。

 その足で、病院へ向かった。ロッカーで着替えを済ませ、部屋を出たところで、新人看護師が血相を抱えてやって来た。

「先生、206号室の後藤さんが、突然倒れて、脈が、脈が――」

「分かった。僕が、なんとかする」

 友樹は看護師を落ち着かせると、病室へ急いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

きみの日曜になりたい @anotok

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ