腹痛は許さない

池田 青葉

腹痛は許さない

 お腹が強烈に痛い。刺すような痛みがお腹を抉ってくる。

 五分以上、リビングの床に仰向けで倒れている。視界に入ってくるのは妻のミチコと、白い天井だけだ。腹痛に襲われるのは久しぶりだ。四十を過ぎてからは食生活にも気をつかっているというのに……。

 視界が霞んできた。お腹が痛すぎると人間は意識を失うようにできている。ミチコの顔を見てもピントが合わず、丸い輪郭だけがそこにある。

 俺はこのまま死ぬのかもしれない。

「ミチコ……。お腹が……」

 深く息を吸って絞り出した。話すだけで辛い。

 この痛みはなんだ? 朝も昼もミチコの健康的な料理を食べたというのに。便秘か? いや、トイレにも行った。じゃあなんだっていうんだ。ストレス? いや、ストレスだとしたら、腹痛に襲われるのは俺ではなくミチコのはずだ。俺が浮気をしたのだから。浮気をして天罰が下ったのだろうか。神様なんていないものだと思っていたのに……。

 ああ、神様。異常な腹痛を、どうか、どうか、治めてください。

 鋭い痛みがお腹を攻撃してくる。動くにも動けない。お腹に酸素をいれないように、短く呼吸する。

「ミチコ……」

 俺の微かな意識がミチコの名前を呼んだ。徐々に、痛みが意識を奪っていく。

「あなた、浮気はよくないわ」

 いつものミチコより冷たい。それはそうだ。

「ごめん……」

 お腹を筋肉で押さえるようにして、声を振り絞った。声を発すると意識を失いそうになる。

「ミチコ……。救急車を……」

 いよいよまずい。盲腸かもしれない。

 しかし、ミチコは俺の顔を覗き込んだまま、その場を動こうとしない。浮気なんてするんじゃなかった。

 最後の力を振り絞って、大きな声を出すために少しだけ頭を浮かせると、すべてが分かった。

「あなた……。浮気は許さない」

 ミチコの言葉が頭の中で何度も繰り返された。

「ミチコ……。お腹のナイフを抜いてくれ」

 視界が真っ暗になった。

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腹痛は許さない 池田 青葉 @aoha_ikeda_0209

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