第6.0話「クリスマスの前に」

 第5.0話

 https://kakuyomu.jp/works/16816700426640641138/episodes/16816700426946654158


 第5.5話

 https://kakuyomu.jp/works/16816700426640641138/episodes/16816700426957163680


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 お返事ありがとう。夏休み明けで体調を崩していませんか? それから、受験勉強の進捗はどうですか? 前に話してくれた友達と、励まし合いながら継続できているといいな。


 私の高校は二学期が始まると、翌週の木曜の体育祭と土日の文化祭の準備でバタバタするのが恒例になっているんだ。

 四日でダンスの振り付けを覚えた後、タコ焼きを入れる紙コップに絵を描くのは大変だったよ。イラストがあったら映えるって提案した子は全然手伝わないし、美術部員は展示の準備でいないから。しばらくサインペンは触りたくないかも。最後の方は記憶があいまいになって覚えていないんだ。腱鞘炎になると思ったよ。


 お客様の笑顔が見れたのが、せめてもの救いだったけどね。



 ***



 お返事ありがとう。街路樹の楓が、琥珀から紅に衣替えする季節だね。駐輪場から校門まで続く坂に、ぎんなんが散乱していませんか? こちらは、うっかり踏んじゃって、ローファーの手入れが憂鬱になりました。


 体育の授業でマラソンをする時期になると、いつも海斗くんの声援を思い出すんだ。小学校のとき、頑張れって言ってくれたのは海斗くんだけだから。私は昔からバスケもサッカーも下手だけど、マラソンだけは少し成長したよ。先週は、文化部にしては(文化祭の後で手芸部に入部しました!)早いタイムって先生に褒められちゃった。


 手芸部員は同じクラスの千洋ちひろくんと、妹の涼風すずかちゃんの二人。部室は落ち着いた雰囲気で、すごく居心地がいいの。活動日は火曜だけだから、勉強と両立できてるよ。

 家庭科のエコバックが全然できていなかったから、部活のときに進められて助かったんだ。かなり作業効率が上がったよ。涼風ちゃん曰く「几帳面すぎ。手縫いのクオリティを超えている故、安心されよ」だって。

 千洋くんのことを兄者呼びするような個性的な口調だけど、妹にほしいくらい良い子なんだ。

 私が入部したときは、真夏でもマスクをするくらい自分の顔に自信を持ていなかった。リーダー格の子から八重歯をいじられすぎて、周りの視線が気になるようになったらしいの。でも、私と話すうちにマスクを下ろす回数が増えてきて、三週間後の部活のときは外してくれた。

 夏帆先輩の視線は嫌じゃないって言ってくれて、涙腺崩壊しちゃった。



 ***



 お返事――


「いつ来るのかな。私が送ってから、もう二ヵ月以上経つのに」


 壁のカレンダーを見上げると、煙突に嵌ったサンタが汗を掻いている。私は、書きかけの便箋を机の引き出しにしまった。


 これで出せずにいる手紙は六通目。封筒に貼れない切手のストックも溜まっている。


はもに、秋芳梨に、瑠璃光寺五重塔と紅葉、出番は来年だなぁ」


 海斗くんの返事が一ヵ月越えることは初めてだ。夏と秋用に買っておいた切手が、空白の長さを象徴している。


「むーん」


 私は情けない声を上げた。正直に進路のことを書いたせいで、海斗くんを困らせているのかもしれない。便りが無いのは良い便りとは言うけれど、誘拐や大きな事件に巻き込まれていないか心配になる。防府天満宮でお参りすることを検討しよう。


「夏帆! 郵便が届いたわよ」


 リビングから母の声が聞こえる。私は返事をして階段を駆け下りた。学校帰りにポストを見たときは、郵便はまだ来ていなかった。


「海斗くんから?」

「塾のダイレクトメールだけど。一応、夏帆宛てだから……」


 雑に封を切る。チラシを読んでいる間、この手紙に悪気はないと天使の自分が言い聞かせていた。だが、悪魔が「そーなん?」と不思議がる。私は唇を噛んだ。


 全ての子どもが勉強嫌いなんて決めつけないで。一人でも勉強はできる。私に必要なのは、しまったままの手紙を封筒に入れる勇気だ。


 心配そうに見つめる母の視線を感じた。チラシを破りたい衝動を堪える。


「ねぇ、夏帆」

「仕事終わったぞ! 夕食はまだか?」 


 ドアが勢いよく開く。コックコートを脇に抱えた父が大股で来た。母は、呆れたと言わんばかりに肩をすくめる。


「今から作ろうと思っていたんです。あなたって、ほんとタイミング悪いときに来るのね」

「パン屋の営業時間はとっくに過ぎちょるのに? 邪魔だったか? 夏帆」


 明るく振る舞う両親に、笑顔が少しだけこぼれた。


「私は気にしてないよ」

「表情が硬い。老眼になっても、お父さんの目はごまかせんよ」


 わしゃわしゃと大きな手が頭を撫でる。気持ちは嬉しいが、今はそっとしてほしい。私だって、頑張れば反抗期に移行できるんだから。落ち込んでいるときに必ず励ましてくれる父なんて……だいすき。


「はぶてんさんな。売れ残ったクリームパン食べるか?」

「食べる」


 母が夕食を作る間、私は貰ったパンを頬張った。隣の父は、明太子ピザトーストを酒の肴にしている。


「なぁ、夏帆。悩みがなくても父さんは話を聞くからな」

「空耳かしら。お母さんが娘を放置しているように聞こえたのだけど」


 お母さん、包丁を持って振り返らないで。鬼のような形相に、私はパンを喉に詰まらせそうになる。芋焼酎をあおる父も、ゲホゲホと喉を押さえた。


 母は手際よく豆乳鍋の具材を切っていく。


「夏帆。お父さんに相談するのは時間の無駄よ。文通よりドライブデートで距離を詰める人だから」


 私が相槌を打つ前に、父は大声を出した。


「久しぶりにドライブデートするか!」

「嫌です。あんな年季の入った車」

「シーケンシャルツインターボの魅力がまだ分からない? 今はあまり市場に出回っていないんだぞ」

「お父さん。シーなんとかって何?」


 私は両親の会話に割り込んだ。我が家の遺産レガシーはそんなに希少価値が高いのだろうか。


「ボクサーエンジンだよ。くるくる回る回転軸に対して、ピストンがお互いを叩くように……」

「あなた、うんちくが長い人は嫌われるわよ」

「惚れさせたい人は、一人だけだからいいの」

「へ、平然と言わないでよ。酔っ払い!」


 クリームパンを食べているはずなのに胸焼けしそう。こういうのをリア充爆発しろって言うのかな。自分の部屋に戻った方がいいですか。


 遠い目をした私に、耳まで真っ赤にした母が口パクする。話題を変えて。


「聞き手にとって一番せんない無茶ぶりだよ。えっ? これも人見知りを克服する訓練? しょうがないなぁ」


 私は父に、海斗くんからの手紙が来ないことを相談した。


「私の手紙が届いていないのかな。番地を書き間違えた可能性もゼロじゃないし」

「間違えていたら差出人に返還されるから大丈夫。それに、テスト勉強で手紙を書く時間がなかっただけかもしれない。気長に待ちんさい」


 父の言葉が不安を溶かしていく。頼りになると思った瞬間、何気ない呟きが火種を生む。


「手紙だと読んでいるのか分からないよな。そろそろ夏帆にスマホを持たせようか……」

「まぁ。『大学に入るまで携帯は持たせない』って、あんなに豪語していたじゃない。妻のガラケーは五年も買い替えさせてくれないのに、夏帆はいきなりスマホデビューですか。来月の結婚記念日が楽しみだわ」


 酒で赤らんだ父の顔は、明後日の方を向いた。母の不満は止まらない。乙女のような反応は幻だったようだ。


「どうして気まずそうにしているのかしら。心変わりを責めている訳じゃないのよ。高校は部活に入ったし、連絡手段が固定電話だけだと困るものね。夏帆に対する優しさを、妻にも分けてほしいわ」

「同窓会で親友から『息子の書いたネット小説がSNSで悪口のネタにされた。生きる気力を失った様子を見て、どう接すればいいか分からない』なんて相談されたんだぞ。ペンネームで活動していても、ネットは高校生相手に心ない言葉を浴びせる。あんな話を聞けば、夏帆の高校入学前にスマホを買うべきか躊躇するだろ。それに、スマホがほしいって夏帆が言わなかったし」


 携帯電話を持たせてくれない父の考えを初めて知った。以前、携帯会社のチラシを見ながら通信費高いと言っていたため、おねだりできずにいた。私の説得次第で購入してくれたのだろうか。

 

 自分がスマホを買ったと知れば、クラスのグループラインに入らなければいけなくなるかもしれない。リアルの人付き合いでさえ不得意なのに、表情の見えない交流は超ハードモードだろう。だけど、海斗くんと手紙以外でも繋がることができるなら。


「サンタさんにスマホを頼もうかな」


 私のお願いを、父はなぜか青い顔で聞いていた。

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