第5.0話「秋祭りの前に」

第4話

https://kakuyomu.jp/works/16816700426686529380/episodes/16816700426822485238


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「ねぇ上総くん。今日もお昼ご飯、あそこで食べる?」


 昼休みを告げるチャイムと同時に、長門ながとが俺の席に近づいてきた。手に握られているのは例の小瓶。金魚のエサが入ったそれをさらさらと振りながら、長門はいつものように小さく笑う。

 授業が終わったばかりの長門は、淡い青色のメガネを掛けていた。ショートボブの髪型にそのメガネは不思議と似合っているけれど、長門は自分のその姿が嫌いなようだった。メガネをまだ掛けていることに気付くと、すぐにそれを仕舞ってしまう。


 惜しい、と俺は思う。メガネがなくても長門は充分に美人だが、あった方がその魅力を最大限に引き出していると感じていたからだ。

 実は俺、メガネフェチなんだ。そう告白したら長門はどんな顔をするだろう。笑うだろうか。それとも困るだろうか。ちょっと反応を見てみたい気もするけど、さすがにそこまでの勇気はまだ出ない。

 俺は代わりに「行こうか」と答えて、昼メシのパンを持つと教室を出た。長門は自分のお弁当を持って一緒について来てくれる。向かうは例の噴水広場。金魚のいる池だ。


 夏休みが終わり、学校は二学期を迎えた。残暑厳しい九月も、もうすぐ終わりを迎える最終週。まだ秋の気配は遠いけれど、少しずつ過ごしやすくなっているのも確かだった。

 長門と話すようになって、まだ一ヶ月と少ししか経っていないけど、ここまで仲良くなれるとは正直思っていなかった。友達互助会という不思議な関係は、意外にもプラスに働いている。二学期に入ってからというもの、長門に対する憐憫の目は鳴りを潜めているらしいから。


 俺に対してもそうなのかもしれないが、俺は他人の目をあまり気にしない性質だ。だから目に見える変化はまだ感じられていない。

 たまにクラスの男子生徒から、長門との関係をやっかまれるくらい。その度に俺は「友達だ」と言うことにしていた。それはある意味で事実だから、嘘は吐いてない。

 もちろん俺との関係を揶揄されるのは、長門としてはきっと不本意で気に入らないことだろう。だけど不思議と、長門は嬉しそうにしてくれていたのだ。周りからの憐れみの目がなくなったことは、やはり大きなことのようだ。出会った時よりもさらに、長門は俺にいろんな表情を見せてくれていたから。



「──めっきり秋らしくなってきたね、とはまだ言えないかぁ。やっぱりまだ暑いね」


 噴水広場のいつものベンチ。そこに腰掛けるなり、周りの木々を眺めて長門は言う。まだ水気をたっぷりと含んで青々と茂る葉は、陽の光を受けて風に揺らめいている。

 並んでベンチに座っていると、例の金魚が近づいてきた。長門は小瓶のフタを開けて、噴水の止まった静かな水面みなもにエサを浮かべる。嬉しそうにそれを食べる金魚は、夏頃に比べて一回り大きくなっていた。


「そう言えばさ、長門」

「なに?」

「そいつに名前は付けないのか。去年の祭りで取った金魚だって言ってたよな。つまりもう一年になるんだろ? そいつを飼い始めてから」

「この子はね、去年の秋祭りで掬ったんだよ。今週末ってその秋祭りだよね? だからそれでちょうど一年かな」

「一年も経つのに名前はまだないのか」

「うーん……、飼ってるかって言われれば微妙なとこだからなぁ。エサはあげてるけど基本、放置だし。それにこの噴水に金魚はこの子だけだから、『噴水の金魚』がもう名前みたいなもんだよね」


 なるほど、確かにそうだ。この噴水にはこの金魚しかいない。だから「噴水の金魚」で通じてしまう。それが余計、可哀想に感じてしまうのは何故だろう。

 決して大きくはないけれど、それでも金魚のサイズからすれば充分に大きい噴水の池。名前も付けられず、ここにずっと一人きり。コイツはどんな気持ちで過ごしてきたのだろう。

 俺の心配を余所に金魚は、長門に貰ったエサをまだせっせと食べている。暢気のんきなヤツ。こちらの気持ちは全く伝わってないようだ。


「……たまに思うんだ。この子をここに放してよかったのかな、って。金魚すくいの水槽にはいっぱい仲間がいたのにさ、今はずっと一人じゃん? 寂しくないのかな、って思ったりするよ」

「どうだろうな。エサも貰えて池も広い。外敵も多分いない。となると、案外幸せなのかも知れないな。群れを作ると、虐められたり仲間外れにされたりすることもあるみたいだしな。それに何より、一人は楽だろ?」

「でも、私は一人じゃない時の楽しさを知っちゃったからね。誰かと一緒なのも、案外いいって知ったんだ。だからこの子にも、それを体験させてあげたいって思うよ。できることなら、だけどね」


 一人じゃない時の楽しさ、か。鈍いことを自覚している俺にだって、それがどう言うことを示しているのかはさすがにわかる。フリでいいと始まったこの関係は、いつしか本当の友達になっていたみたいだ。いや、俺がそう思っているだけかも知れないが。


 でも、たとえそうだったとしても。俺だけが、長門ことを本当の友達と思っていたとしても。俺はその友達の願いを叶えてやりたいと、そう思った。


「なら、仲間を増やそうか」

「増やす?」

「長門が言ってたように、今週末は秋祭りだ。まぁ、九月の祭りなんて夏祭りみたいなもんだから、今年もきっと金魚すくいの屋台は出てるよ。そこで一匹掬って、つがいにしてやろう。それなら寂しくないだろうし。だから二匹になった時、名前を付けてやろうか」

「つがいって、この子オスかメスかわかんないよ?」


 長門の言うとおり、確かにオスかメスかわからない。もう一匹連れて来たとしても、二分の一の確率で同性同士のコンビになることもあり得る。なにか選別方法はないものかとスマホで調べようとすると、長門は「でもまぁ、大丈夫か」と楽しそうな声をあげて言った。


「二分の一の確率だったら、分のいい賭けだよね。だって私が上総くんと仲良くなれたのなんて、二百分の一くらいの確率じゃない? それとも二千分の一かな?」

「どんな計算なんだよそれ。でもまぁ確かに、長門と仲良くなれた確率よりは、随分高く感じるな」

「でしょ?」


 長門は嬉しそうに笑った。俺もそれに笑顔で返す。

 

「それじゃあ、今週末の土曜日。一緒に神社の秋祭りに行こう。目的はコイツのパートナー探しだ」


 呼ばれたコイツこと噴水の金魚は、水面越しの俺たちを眺めている。パートナー探しの話が聞こえたのだろうか。それとも追加のエサをねだっているだけだろうか。金魚は何か言いたげに、口をパクパクさせていた。


「集合時間とかは、後で確認して長門のスマホに送るよ。それでいいか?」

「うん、わかった。いいデートプランにしてね」

「……デート?」

「男の子に、お祭りに誘われたんだよ? これをデートと言わずしてなんて言うのさ」


 冗談めかして言う長門の顔は、少し赤く染まって見える。自分の顔が赤いとわかったのか、長門はそそくさと会話を切って、「さぁご飯だ!」と芝居かがった口調で続けた。


 何となく俺も気恥ずかしくなって、昼メシ用に買っていたパンを齧る。

 そのパンはいつもより少しだけ。何故か甘く感じてしまう、そんなメロンパンだった。





【5.5話に続く】



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