時間稼ぎのワトソンと感情の真偽 ③


 事件は収束した。


 犯人は無事に確保されて、警察からの事情聴取もつつがなく終了。


 俺と先生は帰り支度を始めていた。



「いやあ、私の昨日の推理どうでしたか!? 我ながら惚れ惚れする出来だったと思うのですが」


「あー……、良かったんじゃないの?」


「あなた、また聞いてなかったでしょう!」


 そんないつものやり取りをしてるところに声がかかった。


輪島わじま君……だよね? ちょっといいかな?」


 声の主は昨日俺と散々に言いあったTV(テレビ)スタッフの男性。

 眼鏡が印象的な金目かなめさんだ。


「あ……はい」


「……昨日の今日だから警戒する気持ちは分かる。あの時は本当に申し訳なかった……」


「あ、いや俺の方こそ……」


 微妙な空気になりかけたとき、明るい声が飛んできた。


「大丈夫! 良い歳して大泣きした私よりマシだから!」


「加島さん」


 昨日泣き続けていたせいだろう。

 すっかりと目が腫れていた。

 だが、どこかスッキリとした表情にも見える。


「ほら金目くん。謝るために来たわけじゃないでしょ」


「そうですね。輪島君、実はディレクターが最後に君に渡したいものがあったみたいなんだ」


「ディレクターが、ですか?」


 そもそも俺がディレクターの死体を発見したのは、当のディレクター本人に呼び出されていたからであった。

「さっきのお詫び! 渡したいものがあるから、こっそり来て!」なんて言われてたのだが……まさかあんなことになるとは。


「行ってらっしゃいワトソン君。わざわざディレクターがあなたを内密に呼んだのです。部外者がいると渡しにくいものかもしれません」


四六しろくさん、お気遣いありがとうございます」


 そうして、俺達三人は別室に移動をした。


「それで、ディレクターが渡したかったものはこれだね」


 金目さんはノートパソコンを忙しなく操作してとあるファイルを開いた。


 ファイルの名前は『あなたの町のプロフェッショナル! 25話 輪島メンタルクリニック』。

 そして出てきた画像は、とある一家の写真だった。


「ディレクターが昔手掛けていた番組の資料かな? ほら、輪島って君のことだろ?」

「わっ、可愛い~。小っちゃい頃だね~。ディレクター……こういうのは本当は渡しちゃ駄目なんだけどなー」


 写っていたのは、俺の父と母、そして3歳ごろだろうか、小さい俺もいる。

 輪島メンタルクリニックを背景にとられたその写真はひどく懐かしい気分にさせた。


 とある一点を除いては。


「あれ? でもこの写真惜しいね。家族以外が映り込んじゃってるね」

「それならこの写真はお蔵入りだったろうな。許可とるの面倒だろうし」


 二人が言う通り、診療所の玄関にとある男が写っていた。

 だが、俺はその男によく見覚えがあった。

 今よりも随分と若いが……これは…………?


「んー? この人、四六さんに……」


「お二人とも、ありがとうございました。この写真、貰っても?」


「あっ、うん。金目くん、いいよね?」

「ああ。本当は駄目だけど……ある意味でプロデューサーの思い残しかもしれない。データでいいなら、持って行ってくれ」


 思わぬ写真を手に入れて、俺達は現場を去った。


 そして帰りの新幹線の中……。


 平日の昼間ということもあって、この車両は俺と先生しか乗っていない。

 隣に座っている歩夢先生は、買い込んできたかぼちゃパイをつまんでいる。


 俺は意を決して、口を開いた。


「歩夢先生……今から俺の時間稼ぎのコツを教えるよ」


「藪から棒にどうしたんですか? ……頭でも打ちましたか?」


「……いいから、とりあえず黙って最後まで聞いてくれ」


 先生がごちゃごちゃと何かを言う前に俺は話し始めた。


「もちろん、単純に心理について独学で勉強してるってのもある。ただ、実際の所は自分の経験から引っ張り出してきてるだけなんだ」


 ――――今から、6年くらい前の話だ。


 俺は両親を殺人事件で亡くしてるんだけどさ、この犯人は未だに捕まっていない。

 当時の俺はそれを理不尽に感じたんだろうな。

 どうにかして、自分の手で犯人を追い詰めようとしたんだ。


 そのために利用したのが……「メディア」だ。

 未解決事件の遺族……成長した一人息子が手がかりを求めて立ち上がる……。

 いかにも好まれそうなテーマだろ?


 俺の目論見通り、メディアはこぞって俺を取り上げた。

 連日のテレビ出演……全国から寄せられる有象無象の情報……応援の声、心無い声……。

 とにかく沢山の事を得て、失って……それでも、犯人には全く繋がらずに一年が過ぎた。



 ……ただの子供が日本中から注目を受けて、何もないはずがなかった。

 俺はいつしか、他人の視線ばかりを気にして、理想の『輪島 巽』を演じるようになっていた。

 自分の本当の感情を無視して、偽の感情を使う毎日を過ごした。



 そして、俺を引き取ってくれたお爺ちゃんが亡くなった日、俺を支えていた大事な何かが折れた。

 その日から、事件を追うことは無くなった。


 天涯孤独になって、本当の自分も見失って、ただただ生きているだけだった一年が過ぎて……。

 俺は踏ん切りをつけようと、実家に戻った。

 そして、本当の自分を取り戻すためにもう一度事件を追うことにしたんだ。


 その矢先、出会ったのが歩夢先生ってことさ。



 ――――「だから、俺の時間稼ぎのコツはきっと多くの感情を浴びていた実体験から編み出されたんだと思う」

 滔々と自己の半生を俺は語った。

 中々気恥ずかしかったが、本題はこれじゃない。


「……なるほど。ワトソン君も大変な日々を過ごしていたのですね……」


「先生、随分と他人事ひとごとみたいに言うんだな」


「え?」


「俺の秘密は教えた。今度は歩夢先生の番」


 俺はスマートフォンを取り出して、画面に写真を表示させる。

 両親と俺と……歩夢先生が写っている例の写真だ。


「先生は……俺の一家とどういう関係だったんだ? 教えてくれるよな?」







 彼が差し出したスマートフォンの写真にはいつかの私と輪島家が写っていた。


 なるほど。

 彼が突然語りだしたのは、私を逃がさないため。

 そして、大義名分を与えるためでしたか。


 まったく……あんな小さかった子が随分と賢く育ったものです。

 写真の中の、輪島家を改めて見る。


 母にしがみついている少年……『輪島 巽』。

 おっとりとした雰囲気を持つ女性……『輪島 華わじま はな

 そして……白衣姿でどこかニヒルな笑顔を浮かべる男性……『輪島 正家わじま せいや』。


 ああ……本当に懐かしい。

 正家先生……いや、……貴方の息子はどこかあなたに似てきましたよ……。


 さて、この青年の覚悟を無下には出来ませんね。

 私も……腹を括るとしましょう。


「いいでしょう……ワトソン君、いや今は巽君と呼びましょうか。駅につくまではたっぷりと時間はあります」


 新幹線はトンネルに入った。

 辺りがふっと暗くなる。


「おはなししましょう。私と君のお父さん……『ホームズ』先生との出会いとその哀しい結末を」




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死神ホームズと時間稼ぎのワトソン @nemotariann

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