舞の世界は終わらない

呉 那須

my world

 夕暮れ時の公園は濁っていてかなしい気分になっちゃう。ジャングルジムを見上げるとてっぺんで赤く汚れたおべべを着たお嬢さんがしゃぼん玉を吹いているから、空がちょっと洗剤臭くなる。自動販売機の隣にある時計はなぜか正確な時間をさしてくれない。

 

 まちあわせの時間は過ぎているのかな?

 

 この世界は不安定で気持ち悪い。

 

 ベンチに座って公園を眺めていると、ジャングルジムから降りたお嬢さんが私の目の前でカエルになりました。そしたら自ら空っぽのゴミ箱の中に入っていって意味もなくゲコゲコと鳴き始めました。その声は少し嬉しそうで、それが無性に腹立たしくてゴミ箱を蹴っ飛ばす。それでもカエルはゴミ箱の中で鳴き続けていました。

「ねぇそんな狭くて汚い所でヤじゃないの?」ゲコゲコ「バカにしてんの」ゲコゲコ


 仕方なくベンチに座り直して来週月曜にある算数のテストの勉強をしてたらハゲた父が私の正面に立っていました。

「おい早く帰るぞ」「へ」「へじゃない俺は忙しいんだとっとと帰るぞ」なんかへんだなと思いつつ車に乗りました。


「ねぇこの前の漢字テストの点数なんなのあんな簡単な問題間違えて」「母さんの方が長く生きてるからそう思うだけでは」「屁理屈こねるんじゃないの隣のそうた君は満点とったって聞いたからね」「勉強は今のうちにしておけよ父さんはな」

 そんな話ばかり聞いてたから夕飯のホッケは冷めてパサパサになってしまいました。

 食器を台所に置いてテーブルを見ると洗面所では化粧を始めた母に向かってタマはなーなーと鳴いていました。

 自分の部屋に戻っても勉強する気は起きないから漫画をパラパラと読んで寝ました。

 

 


 香水臭くて部屋の周りを見ると、お嬢さんがいつか公園で吹いてた沢山のシャボン玉が化粧の濃いマネキン人形になって壊れたスイカみたいな人形を食べるへんてこラブシーンを映していました。


 わたしは夢中になってシャボン玉を机の上にあった鉛筆で割り続けました。








 全部割ると目が覚めました。


 リビングに向かうと母さんはジャムをたっぷりつけた食パンを食べつつ、テーブルの上でタマの足をキッチン鋏でパチンパチンと切っていました。

「おはよう舞」

 テーブルから食パンを一枚取る。

「ジャムくらいつければいいじゃない」「どーでもいいじゃんそんなのてかなんで金髪生えてんのこの食パン」「そんなこともあるわよ」

 食べずに捨てる頃にはもうタマの足はなくて皮をむしる作業に取り移っていました。

「ねぇ何捨ててんのよ!」

 学校に行くからと言って急いで靴を履きました。台所をチラッと見ると捨てたはずのパンを母は大事そうに食べていました。

 なんとなくだるい朝でした。


 学校では教室の時計を眺めてるだけで何もなく下校しました。


 公園に行くと倒れたゴミ箱の中で蛙は相変わらず景気良く鳴いていました。

 

 だんだんと蛙が羨ましくなってきました。

 

 そう思うとこの気持ち悪くて不安定な世界も悪くないのかもしれないと思いました。



 顔を上げて夜空をみると月の代役として目玉が浮かんでるから、お月見をするはずが逆に見られ続けて恥ずかしい。今度月に会ったらずっと見ててごめんねと謝ろうと思いました。


「おい早く帰るぞ」目の前にはハゲた父。「遅くね」「うるさい残業だったんだ」

「……やっぱあんたあの時ずっと見てたんでしょ母さんが」「何言ってんだ」「それなのに何も」「うるせぇ早く車に乗れ!」どつかれながら車に押し込められました。



「ねぇなんであんた朝食パン食べなかったの髪が生えてる程度で」「それは」「言い訳する子には晩御飯なんてないから」テーブルにはぐちゃぐちゃなスイカがのってました

 父を見るとやっぱりメカみたいにわたしたちを眺めるだけでした。

 仕方なく風呂に入ろうとしたけど風呂床タオルがタマの皮で結局パジャマに着替えてすぐ自分の部屋へ行きました。

 そしてすぐに寝ました。


 

 どろっと濁った私の部屋。

 

 ベッドの上には割れた人形達の破片がそこら中に飛び散っててゴムと鉄の匂いがツンとする。とりわけ臭い机の中には紙が一枚入ってた。


「どこにもいけない」


 あぁ、そうだ。ここはわたしの世界なんだ。


 もう誰の気配もしないリビングに行くと、テーブルには肌色の皮しか残ってないスイカとショートケーキが置いてありました。

 

 今日は私の誕生日。

 

 しかし、いちごをよく見ると粒々は全部どこかで見た化粧の濃いの中年女の顔でした。

 

 取り返しのつかないことをしてしまったんだ。



 月に照らされた鉛筆を首に向ける。









 目を覚ますと公園のいつもの夕暮れの匂いがありました。

 ジャングルジムのてっぺんに座って手に持っていたシャボン玉の吹き具に息を入れると今までの罪が全部流される感じがしました。


 下を見るとちょうど良いゴミ箱がありました。

 ジャングルジムを降りるとむるるるるとカエルになってしまいました。それでもゴミ箱に飛び込むとこの不安定で汚くて狭い世界がとても楽だと知り鳴かずにはいられませんでした。


 しばらくして目玉がまた空に浮かんでも、歓喜の歌は公園に響き続けました。

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舞の世界は終わらない 呉 那須 @hagumaru

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