身内に潜む裏切り

大きくため息をついた。私は先ほど保健室で寝ていたのだが、どんどん倒れるまでの記憶を思い出して輸鬱になってきた。




ただ純粋に恋をしていただけなのにどうしてこんなことになってしまったのだろうか。




「あんまり気にすんなって。兄貴も別に馬鹿にしてなんかなかったぞ」




「それはわかってる!先輩は人のこと馬鹿にして笑ったりしない。でも倒れる前に私のことゴリラちゃんって言ってた」




「というよりも俺に何か言うべきことがあるんじゃないのかよ」




カーテンの向こう側で郁也の声が聞こえるから答えていたが何か話すべきことがあっただろうかと首をひねる。ごめんっていうのも別に付き合ってもいないんだから謝るのはおかしいことだし秘密にしていることがあるわけでもない。




応えられないでいると、向こうのほうでため息をつく声がした。




「お前俺の服にゲロッただろ」




「え、うそごめん」




吐いた覚えはあったが意識がきちんとあったわけでもないから知らなかった。




「別にいいけど、お前どうするつもりなんだよ」




「どうするって?」




「なんかよくわかんねえけどあの猫野郎に変な能力を与えられたんだろ」




「猫野郎ではなくて猫山亮太です」




「うわっいたの!?」




気づかなかった。




すると彼はまた面白そうに笑ってから私が寝ているベッドに腰かけた。女の子が寝ている部屋に入っているなんてさすが初対面でキスしてくるような変態だ。距離ととろうとして後ろに下がろうにも保健室にあるようなベッドには逃げ場所がない。




勢いよくカーテンが開く。




後ろを振り返ると、上半身裸の郁也が彼のことをにらんでいる。私が悪いんだけれど彼の帰宅部特有の白い肌は目に毒っていうかなんというか眼福でしかなかった。先輩の身体もこんな感じなのだろうと想像してしまうが、さすがに先輩と一緒に考えてしまうのは彼にとって失礼だろうと自覚している。




それにしても郁也ってきれいな肌しているよね。




「何も変なことはしませんよ。濱中先輩のほうが変なことをしそうな感じのお顔をしていますけどね」




「このゴリラが人間に恋するわけないだろ」




何気に失礼なことを言われている。




「さすがにキスをした後に吐いて倒れられるとこうして見舞いにも来ますよ。ちょっと傷ついちゃいましたけど」




「ご、ごめん」




「ゴリラが謝る立場じゃないだろ」




郁也の突っ込みに気が付いた。確かに私は被害者だ。だって話せたこともないようなあこがれの先輩の目の前でファーストキスを奪われ吐いて倒れてしまうという失態を犯してしまったのだ。そう思い返すと私の印象は最悪すぎてもう先輩に合わせる顔がない。




またしても落ち込んでいると、ニコニコと笑っている彼に腹が立ってきた。




「ちょっと猫太!なんであんな、しかも先輩の目の前でキスしてきたの!?」




「猫太じゃなくて猫山亮太なんですけどなんだか普通に猫山と呼ばれるよりも仲いい感じがしていいですねぇ。それにしても初対面の男がキスをしてきたという事実よりも先輩、東城来也先輩の目の前でされたということが重要なんですね」




凡人の見た目をしているのに、まとう雰囲気はただものではないことが伝わってくる。これが魔力の力というものなのだろうか。




痛いところをついてくるが郁也にはばれていることだから今更照れることでもない。




その反応につまらないというように肩をすくめる。




「あんたがキスをした相手には大量の魔力とキスで魔力を移すことが出来る能力が得られるんだろ?つまり今はゴリラにその能力があるってことかよ」




「そういうことになります。ちなみに濱中先輩が倒れたのは魔力が移されたときの魔力酔いみたいなものだとおもってください」




あんたのせいかい。




本当にこいつが強い人じゃなかったらグーで殴っていたところだった。




「それって必ずしも口じゃなきゃダメだったのかよ」




「口でなければ意味がないんです」




こんな急に強制わいせつをしてくるような相手の言うことをにわかに信じることが出来ないが私も生徒会長の噂は聞いたことがあり選ばれた人は大変だなというくらいにしか思っていなかったがまさかこんなことになるなんて思ってもみなかった。




口でなくていいならば他の人に適当に振りまくことが出来たがどうやらそういうわけにもいかないらしい。




「そもそも一人だけに渡すの?」




「一人だけに渡すことは推奨しませんね。多数の人間に対して少しずつ渡すほうがいいと思いますし、そうするしかできません」




そうすることが出来ないなんて言い方をしているが、一人に対して多数の魔力を得ることが出来るはずなのに推奨しないなんて言い方をされると疑問を覚える。




なんだか自分の生徒会長の座が危なくなるから他の人が大量の魔力を得ることを避けようとしているのではないかと思ってしまう。




「ああ、安心してください。謙遜するようなレベルではないくらい魔力に関しては僕はとびぬけて秀でています。あなたが得た魔力は全部僕の魔力ですが、魔力が減ったことで起きる貧血のような症状すら出ません。それでも普通の人からしてみれば羨まれるレベルの魔力ではあるはずです」




自慢しているような口ぶりではなく本当に実力があるからこそ出るセリフなのだろうと感じた。つまりはもともと自分から出ている魔力でありその量も猫太にとってはあってもなくても同じような量であるから自分に利益が出るようなアドバイスではないということであろう。




「どうして一人だけじゃダメなんだよ」




「魔力を持つ人には魔力を入れる器のようなものがあると想像して下さい。多少の量の増減であれば耐えることはできますが多すぎるものを入れられるとさきほどのようなことになります」




さきほどのようなこととは吐いて倒れてしまったことであろう。




なんとなく理解ができてきた。




「それは魔力を入れる器がない人はできないのか」




心なしかそう聞いている郁也の声が震えているような気がした。そしてその理由は私であっても想像がつくことであった。もしかしなくても先輩のことであろう。




東城来也先輩には魔力を入れる器が存在しない。それは魔力が少ないという意味ではなく本当に魔力を持つことが出来ず魔法に触れることもできないという劣等生のレッテルが貼られる存在である。まれなケースで私が入学した時から劣等生がいると噂が流れてきていたほどだ。最も、魔法に触れないということは魔法攻撃が効かないということのため最大の防御であるという見方もある。




彼のことを助けられるのなら私としても協力がしたい。




ここにきて今まで私たちの質問になんなく答えていた猫太の言葉が途切れる。わからないというよりはどう返答するか言葉選びをしているように見える。それに対して私たちはせかしたりせずに言葉が出てくるのを待つ。




「できるかできないかと言われればできます」




その言葉に私たちの顔がほころぶ。




「でもしてはいけません」




「どうして?」




「理由は言えません」




可能であるのにしてはいけない理由がわからないという意味が分からない。猫太の言葉を借りるとすると、魔力を入れる器がないということは魔力を入れられると普通の人間よりも体調が崩れてしまいやすいということなのだろう。




そういうことなら言ってくれればいいのに生徒会長という立場で言えないこともあるのだろう。




明らかに郁也が動揺しているのがわかる。




「質問が終わったならもう僕は行きますね」




「あ、う、うん」




「ああ、それと濱中先輩。一緒にいる相手は選んだほうがいいですよ?」




そういって猫太は去っていた。




一緒にいる相手は選んだほうがいいって、どういうこと。私はこのイケメン好きという露骨な嗜好から友だちはかなり少ないほうだ。私と一緒にいる相手は一人と隣にいる郁也しかいないのだから家族当たりのことだろうか。だって郁也とは一年生のころから一緒にいて、先輩のことも見つめるだけでいいという私の意見を尊重してくれている優しい同級生である。




ゴリラとか言ってくることは除いて。




なんだか私たちは気まずい雰囲気が流れてしまって、落ち着いてから教室に戻った。












目の前で私と一緒にご飯を食べているのは佐倉久遠くん。人見知りが激しいひとでフードを深くかぶっているがとてもきれいな顔をしている美少年だ。普段は郁也と話しているが彼は人気者だから他のグループと一緒に食べており、佐倉くんはなぜか郁也と一緒にいるときは近寄ることを嫌がる。どうしてか一度聞くと苦手なのだといっていた。




それにしてもきれいな顔。ふわふわした髪をしていて窓際に座っているとさらにはかなげな印象を醸していて先輩や郁也とは違うタイプの美少年だ。幼く見えるというほどでもないが童顔で可愛らしいほうの顔をしているが骨格とかは男の子って感じなんだよね。




「見すぎ」




佐倉くんはこちらのことを見ずに注意する。




「ごめんね、あまりにもイケメンだから」




「濱中もだけど周り」




そう。早速私の噂を聞きつけてきた人もいるみたいでぞろぞろと昼休みのお昼時だというのに私に声をかけてきたり私たちの周りをうろうろしている人たちが後を絶たず、人見知りの佐倉くんにとってはかなり苦痛な状態を強いている。




「私が席外したほうがいいかな」




「いい」




いつも短文でしか返ってこない彼であるから怒ってはいないとは思うが、いつもよりフードを深くかぶっているためご飯が非常に食べにくそうになっているのが申し訳なくなってくる。それにしても噂というのは怖いもので二年生だけでなく一年生や三年生まで見物してくるような人がたくさんいる。




キスしようよ、なんて声をかけられると気持ち悪くて仕方がない。




「ねえ、俺魔力で困っているんだよね」




後ろを振り向くとにやついた男がいた。




魔力で困っているという話をすることでキスをして魔力をよこせといっているようなものだ。この学校はテストの成績と魔力の強さで点数が決まってくる。そのため大量の魔力を得ることで本当に学年一位を狙える可能性もあるのだ。おそらく生徒会長の猫太は魔力が多いことでテストがたとえゼロ点であったとしても成績上位でいられるだろう。




無視をしようと振り向きなおすと、イラついたのか男が肩を強くつかんできた。




あまり問題ごとを起こしたくはないが手を出してきたのはそちらなのだから一本背負いくらいしたとしてもいいだろう。




「おい・・・」




すると、男の手がはじかれたように離れる。はじかれたように、というよりは実際にはじかれたのだろう。




男が近寄ってこようとしても見えない壁に当たって入ってこれない。




「・・・今、濱中と食べてる」




佐倉くんがぽつりと言う。




彼の魔法は結界を作るというものだ。だから私たちの周りに近寄ってこれないようにしているため今日何回助けてもらったかわからない。私でも対処をすることはできるが私はなんせ攻撃型の魔法だからどうしても争いになってしまう。その点佐倉くんでは防御するだけだから問題になることはほとんどない。




非常に助かる。




男はどうしようもないと悟ったのか他のところに行った。




すると、またしても誰かが来た。本当にしつこい。




「おいゴリラ。ちょっと荷物運び手伝ってくんね」




「郁也。いいよ」




誰かと思ってにらんでしまったが郁也だった。紛らわしいタイミングで来るものだと思いつつ微笑んで立ち上がる。ご飯の途中ではあったが少し荷物を運ぶのを手伝うくらいならばそんなに時間がかかるものでもないだろう。




一緒に食べているのに席を外すことを謝ろうと佐倉くんのほうを振り返ると、見たこともないくらいの表情で郁也をにらんでいた。




「行くのだめ」




「すこしかりるくらいいいだろ。こいつ腕力ゴリラなんだから普通に友だち連れていくよりも楽に済むんだよ」




「食べてる途中」




佐倉くんが私が食べ残している弁当を指さすと、郁也は面倒くさそうに頭を掻いた。




「別に私はいいよ」




「だめ」




あまり意見を言わない佐倉くんがここまで主張するのは珍しいがそんなにこだわることでもないはずだ。それなのにどうしてこんなにかたくななのだろうか。やきもちを焼いてくれているということならうれしい限りだがそんな雰囲気ではない。




郁也のことを警戒しているような目つき。




「俺がいく」




どうしてもというなら、という意見だろう。




あんなに郁也を毛嫌いしている佐倉くんが自ら行こうとするなんて。郁也の口から聞いたことはないが嫌われていることはわかっているだろうしおそらく自分が嫌われている相手のことをそこまでよくは思っていないであろうが、ここまで言われると断れないようでわかったと了承した。








やっぱり。




佐倉久遠は確信した。




重い荷物を運ばなければならないのであれば、身体能力強化の魔法を持っている彼女に頼むことは当然のことである。しかし俺に渡された資料は普通の男子高校生がなんなくもてるくらいの量しか存在しなかった。そのことを東城郁也に伝えると、いつもの仮面を張り付けたような表情で思っていたよりも渡される量がすくなかっただけだよと答えた。




何かがある。




今までは普通に苦手な存在であっただけだが違和感の正体が浮かび上がってきた。それも濱中が能力を得たという日に。




「お前濱中のこと好きなのかよ、いつもあいつとだけ一緒にいるよな」




「別に」




彼女とは何かがあったわけもでもなくただ一緒にいるだけの相手だ。もちろんただ一緒にいる友だちという関係でもないが、そんな深いことをこいつに教えてあげる義理もないし説明をするのが面倒くさい。濱中は人見知りだと思っているようだが。




資料を整理しながら、郁也に目を向ける。




人当たりのよさそうな表情をしていて容姿がよくスポーツもできて頭もいい、それに魔力も秀でている。劣等生の兄と比べると違いが大きいだろう。兄のことに気を配っていて劣等生の兄に対してもなついていて仲良くしているいい弟。




「劣等生の兄、好きか?」




「劣等生なんて関係ないだろ。それに劣等生なんて呼び方は嫌いだな。兄貴は魔力以外は完璧でテニスなんてすごい強いんだからな」




劣等生である兄のことを上げることで自分の価値を見出しているのかと思えるだろう。しかしそれとは違う何かがきっとある。




資料をまとめていく手を動かしながら考える。




「テニスでお前、負ける?」




「さあ、どうだろうな。テニスはしたことがないからな」




ああ、あたりだ。




普通はテニスをしていて部長まで上り詰めている相手に対して勝てるかと聞かれれば勝てるはずがないと答えるはずだ。しかし彼は自信満々にそう答える。




負けず嫌い。




それが彼を動かしている原動力になるのだろうか。それならばさきほど無理やり濱中と二人きりになろうとしたのは彼が強引にキスをして自分が強くなろうとしているからなのか。しかし魔力という場面では、兄は劣等生でそもそも魔力を持っていない。その相手に対してこれ以上差を広げたところで、結局は仕方のないことだと周りには思われることだろう。それこそ兄の得意分野であるテニスで勝負をして打ち負かすというのが一番効率的だ。




「目的、なに」




直球に聞いてみる。




すると彼は少しだけ仮面の内側を見せたような、ぎらついた眼でにやついた。その端正な顔を崩して野生のような顔で。






「勝つ」






一言だけ言い残して、資料室を出ていった。






気を付けなければならない相手であることは覚えておかないといけないな。














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あこがれの先輩の前でキスをされてから魔力のためにキスを狙われています いかそうめん @ikasoumen

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