episode3 ここから始まる
『クロ、ターゲットは?』
銀星石をまぶした様なきめ細やかな美しい短髪を揺らす。
揺れる髪に負けず劣らずの美しい淡い銀色の大きな双眸を忙しなく動かしながら少女は辺りを見回す。
『索敵に引っかかったのは20匹。どれかは分からないが恐らくこの中にいる』
この依頼・・クエストにおいてパートナーの我儘に付き合い索敵を引き受けたクロは、『念話』飛ばす少女にわざと精度の低い情報で応答する。
『20匹か、3分だね。他の奴らの警戒を宜しく』
きっと少女は念話の向こうでは、ドえらい顔をしているに違いない。
馴染みだからこそわかる少女の狂気じみた笑みを想像して背筋に寒気が走る。
こちらの意図には気付くわけもなく、少女は、ただ強さを追い求めているのだろう。
クロは落ち着く為、僅かに息をこぼす。
『了解。一応言っとくが無理はしないこと』
『おっけい。おっけい』
そして、一方的に念話を切られた。
その直後から戦場と化した森の中から拾う音の中に、モンスター達を絶命に至らしめている張本人の狂気の雄叫びが聴こえる。
育ちは良いはずなんですけどね。育ちは。
何がいけなかったのだろうか。
少年は思い当たる節を当たってみるが、特に思い当たる節がない。
困ったものだ。
そう言いながらも俺は久々に元気な少女を見て落ち着くのだった。
「うっほーい!大漁大漁!」
少女、冒険者ミラは銭の入った質素な麻袋をブンブンと振り回しながら、宿のベッドにダイブする。
『大漁って・・・』
そりゃそうだ。お嬢様の雄叫びに引き寄せられる様にモンスター達がわんさかと押し寄せたんだからな。
それでも狂気の笑みを以て死体の山を築き上げるお嬢様もお嬢様だ。
「これで、また貯金が増えたね!カラスッ!」
ベッドに座り直したお嬢様の肩に飛び乗り、俺は皮肉をたっぷり込めて言ってやる。
『今のお嬢様には結果論という言葉が一番似あっていますね』
言われたお嬢様はこちらを見て一瞬「ふへ?」と口を歪めたが次の瞬間には何時もの顔に戻っていた。
「結果論・・いいなその言葉!そうだ!私は結果論な女だっ!」
お嬢様は腰にぶら下げた剣を抜き宿の天井に向かって掲げる。
ふむ、間違ってはいない。
「ところでクロさん、最近大きくなったよね?」
俺はお嬢様の肩から降りて、隣に足を畳んで座る。
『そういえば何かデカくなりました』
そう。俺はデカくなったのだ。
生まれたての頃はお嬢様の手の平サイズで収まっていたのだが、最近はお嬢様の肩に乗るとお嬢様がフラフラするくらいには大きくなった。
「昔はあんなに小さくて可愛かったのにな〜」
お嬢様は俺をまじまじと見ながら、昔を思い出すように手の平で丸を作り出す。
「このくらいか?いや、これくらいか?」
『・・・』
その可愛い使い魔に魔法ぶっ放したり、拳を振り下ろしていたのは一体どこの誰ですかね?
俺は黒い眼を更に黒くさせて心の中で反論する。
『それは置いておいて、この街は当たりですね』
「そうだね。前の街では酷かったからね〜。・・・ハハ」
しまった。失言だ。
俺の言葉にお嬢様は、空笑いで少し悲しげな表情をする。
「まさか、この二年でここまで魔族に対する風当たりが強くなるとは思ってもいなかったわ」
『・・・はい』
浮かれていた。自分の未熟さに腹が立つのを押し殺し、遅れて返事をする。
魔界を統べていた王シュテルベンは『勇王』に討伐され、魔族国家グオラザームは解体。
聖王国アークに吸収される事になった。
これにより、魔界で暮らしていた魔族の民は散り散りになり息を殺すような生活を強いられている。
誰一人として立ち上がる者はおらず、この状況に苦虫を噛み潰すような思いでいるに違いない。
そして、この状況が続くこと二年。当初よりも魔族に対する扱いはより酷くなっていた。
「前いた街では魔族が奴隷にされ競売にかけられていた。その前の街では魔族には物を買う権利すら与えられていなかった・・・その前の街ではっ」
悲しげに俯く表情は段々と憎悪を孕んだ眼光に変わって細い指先が顔を覆っていく。
『お嬢様』
俺の声にだらりと腕を落とし顔を上げたお嬢様の顔はさっきまでの様子が嘘のように酷く憔悴している。
『お嬢様の目指しているのは復讐ですか?』
何度目になるかも分からないこの問いにお嬢様は弱々しく首を振り、震える手が顔を覆う。
「ごめん・・なさい・・・」
いくら戦闘能力がアホみたいに高くても十七歳の子供だ。
目の前で自分を庇った父が最後の言葉を紡ぐ暇も与えられず切り捨てられ、生まれた時から面倒を見てくれた城の使用人達も自分を逃がすためだけに命を投げた。
街に住む守るべき多くの国民が助けを求める声を上げながら殺され、自分は逃げた。
その揺るぎない事実が少女の心を破壊した。
彼女に残ったのは『亡国の姫』という肩書と一匹の使い魔だけだった。
『お嬢様。私はあなたの隣りにいます。だからそんな顔をしないでください』
こんな空気も読めない俺が言ってもおかしいかもしれないが、俺にできるのはこの方の隣を歩くこと。
「カラス・・・」
涙の伝う頬を隠さずにお嬢様はこちらを向く。
『強くなければ、人は付いてきてくれません』
この言葉にお嬢様は「私は強くない」と言いながら涙を零す。
『いや、お嬢様は強いです』
私は知っています。
両親から貰った魂に刻まれたミラ・グオラザームという真名を自ら捨て母の形見だと言った髪の色が抜け落ちるほどの苦しみに耐えました。
『お嬢様自身が強くあろうとするから私は隣りにいるのです』
「・・・カラス、ありがとう」
涙を擦りながら拭い言葉を絞り出す。
「私はミオ・ゼーレ。・・・もう、大丈夫よカラス」
その顔にはいつもの笑顔が戻っていた。
『いつもの事です』
爺に言われた言葉も付け足しておく。
『それに、お嬢様にはこのカラスが付いています!』
翼を大袈裟に広げて、胸を張り、お嬢様に宣言する。
そうだ。俺もお嬢様の隣りにいられるように爺や魔王様、臣下たちの分も強くあらねばならないのだ。
「・・・そうだなっ。私にはお前だけだ。すごく頼りにしてるよカラスっ」
弾けるとまではいかないが、淀んでいた影は消えお嬢様は少しだけ赤くなった目元を上げて笑顔を向けてくれた。
どんどん頼ってください。こんなどうしようもない私ですが、お嬢様の使い魔なのですから。
自身の弱さを突き付けられ心を壊され、その事実に打ちのめされても尚、『強く』あろうとするお嬢様・・・。
俺もいつかお嬢様のようになれるよう、貴女の隣りにあり続けたい。
俺はお嬢様の頭の上に飛び乗り、翼を広げる。
『今はとにかく!頑張りましょう!』
「おうっ!」
「お嬢様・・・時間です」
「うむっ。景気づけに一発ドデカいのをカマしてやろうではないかっ!」
呼ばれた女性は王座から立ち上がり肩にかかった銀色の髪を振り払う。銀光を放つ眼光には幾つもの困難を乗り越えた者にしか宿ることのない強さが滲み出ている。
前を進む王の側を漆黒の羽衣をはためかせながら俺も歩く。
開いた扉を抜けると豪勢な内臓の施された広間と眩しいくらいの照明が王を照らしている。
「お嬢。準備は整いましましたぞ。ご命令を下さい」
「嗚呼!我が君!早くご命令を!」
「ったく。暑苦しい二人だことっ。早く行きましょう姫様」
「ハハッ。君も大概だね。目が血走っているじゃないか」
「神よ。今日も姫君は美しい・・・。まさに戦場に降り立った救いの神だ・・・」
「煩いデス。黙っててくださいヨ。ヒステリックサイコパス」
「カラス・・・君も大変だね」
常識人はお前だけだよナオ。どうしてこうも変な奴ばかり集まったのだろうか。
「王の前だ。静かにしたまえ」
少し力を乗せて広間に控える7名に言葉を向けると、全員が膝をつき、君主の言葉を待つ。
「お嬢様」
「サンキューカラスッ」
お嬢様は親指を立ててウィンクをすると、一息ついて膝を付く臣下へ言葉を発する。
「まぁ、顔を上げてくれよっ」
腕を組み、恐る恐る顔を見上げる臣下たちに笑顔を見せる。
顔を見ているだけなのに何故にこの人達はこうも神でも見るかのような眼差しを向けているのだろう。
あ、一名は本当にお嬢様を神扱いしていたな。
隣で息をつく俺を無視して、お嬢様は告げる。
「ゼーレの名において命じる・・・」
言葉からは俺が乗せた以上の力を感じ、俺も含めた八人は思わず身震いしてしまう。
「戦いだ。行くぞっ」
「「はっ!!」」
膝をつく臣下たちは短く返して思い思いの表情で広間を後にするお嬢様の背中を眺めている。
が、そんなのは関係ないとばかりにお嬢様は自信たっぷりな顔で笑っている。
すっかりこの姫に影響された使い魔も王の後ろに控えて口角を僅かばかり上げて笑ってしまう。
私は、お嬢様の隣にいられてとても幸せです。
カラスは一瞬目をつむり今までの幾多の困難を回想して眼を開く。
貴女は既に最高で最強の王ですよ。
これは、亡国の姫が今後1,000年続く人魔史における最大の共栄国家エルデザインの『征服王』となるまでの一匹の使い魔の話である。
カラスから始める異世界攻略 東ノ山 @248ma
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