episode2 一ヶ月後

「いくぞっ!」

『ひっ!?』


 ミラの小さい拳が俺の頬をかすめる。

 かすめた側から突風が吹き荒れて俺はあれよと大空に吹き飛ばされていく。


 いやっ!なんでやねんっ!!


 どうしてこうなったー!!!


「フォー!!たんのしぃー!!」


 俺の主人、お嬢様(次期魔王)は・・・今日もご機嫌だ。

 因みに俺は散々だ。



――――――――



 俺ことカラスの誕生から今日で一ヶ月、色々なことが分かってきた。


 まず俺は間違いなく転生した。これは揺るぎない事実。

 転生先はカラス。魔族と呼ばれる部類らしいのでモンスターとは違うようだ。

 何故に俺が魔族だと分かったのかというと、爺曰く『俺に人並みの思考と会話をできる能力があるから』とのこと。

 魔族と、モンスターの境界は意外とあやふやなようで、今述べた『人並みの思考と会話ができる』という条件を満たしていればそれが、犬でも虫でもカラスでも魔族と呼ばれる。

 それが、モンスターから産まれた子であっても。

 前世で得た知識から考えるに地球とは違い文明レベルは産業革命期より少し前程度の感触だ。要するに技術も学問のレベルも低い。

 そう考えて、この事については無理やり納得した。


 そんな時代だからかもしれないが、たまにお嬢様に連れられて向かう城下町には木材やレンガでできた建造物ばかりだった。

 服装も俺が見た限りではあるが決してオシャレとは言えなかったが、城の使用人たちや魔王様にお嬢様の着ている服を見て「これはこれでアリだ」とも思えた。


 驚いたことと言えば、俺の主人は、この魔族国家グオラザームの国王こと魔王のシュテルベン・グオラザームの愛娘ミラ・グオラザーム。

 なんと、次期魔王の座を約束された御方だ。

 魔王様は懐の深さを感じさせる容姿が印象的だった。

 彼の掲げる理想は『共存』。

 容姿は違えど人間も魔族も等しく差異など存在しないと俺に説いた魔王様は地球の物語に出てくる魔王とはまるで違った。

 粗暴というか、好奇心の塊みたいなお嬢様とは全く以て正反対。


 お嬢様にもあの魔王様の血が混ざっていると考えると首を何回も傾げてしまう。

 

 お陰で最近首が痛い。


 お嬢様の母親はお嬢様を産んだ際に亡くなったらしい。と爺とお嬢様が話してくれた。

 病気ではなく衰弱死だったそうだ。 

 体が弱かったわけではなく、魔王の血を色濃く受け継いだお嬢様は母親の体内にいる時通常の栄養では足らずに母親から魔力を吸い取りながら成長してたらしい。

 そして、お嬢様を母親が産む頃には母親は衰弱しきっており、最後は我が子を産むために全てを捧げ、お嬢様を産まれたばかりの抱いて亡くなったそうだ。

 お嬢様はその事について「母様が死を選んでまで与えてくれた命だから、私は頑張って魔王になって母様に褒めてもらえるように頑張る」と小さい拳を握りしめた。


 物凄く泣けた。これがきっかけで俺はお嬢様を心から慕うようになった。

 『使い魔』となったから忠誠心が芽生えたとかではなく、俺がそうしたいと感じたからだ。

 前世では正義感や忠誠心のかけらもなかった俺をここまで変えてくれたお嬢様や魔王様に爺、使用人たちや街の人達には心から感謝している。





 この世界は人界と魔界それ以外をミッドと呼ばれる地域で構成されている。そして魔界には魔族と呼ばれる人々。人界には人間達が生活している。

 魔界と人界でもない中立地帯ミッド、そこにも多くの魔族や人間が暮らしている。


 因みに魔族と人間の違いは『血』だ。

 人間は人間と人間の間に産まれ、魔族は魔族同士もしくは、人間と魔族の間に産まれる。

 容姿は特に人間も魔族も変わらない。 

 俺みたいなモンスターから産まれるケースや、顔や体格は人間だが、先祖に人間とは違う血が入っていることにより、尻尾やら角が生えるケース。

 他にも何やかんやあるが、とにかく魔族の中でも俺は珍しい方であるという。

 でも、結果的に人間のような見た目でなくても、『人並みの思考と会話ができる』の条件さえ満たしていれば魔族だ。


 これじゃ、人間との区別がつかん。


 と思ったら意外なところに違いはあった。


 魔法である。

 これを行使するには『魔力』と呼ばれる力を利用する必要があるようで、『魔力』は魔族にしか宿らない。

 そして、人間には『神力』というモノが宿るそうだ。

 自ら『神力』と『魔力』を消費して人間と魔族は『魔法』を行使することができるようである。

 これだけ、きっちり分けられていて何故に双方『魔法』と呼ぶのか疑問に思ったが、爺に聞くと「魔法は魔族が起源です」との回答を頂き察した。

 

 そして俺は、親の血の影響もあるのか、普通より少し魔力が多いらしい。そして、魔王の血族であるお嬢様の『使い魔』となったことで、潜在的な能力はかなり底上げされたようだ。

 その証拠に使い魔になる為の契約を行った際、『念話』の時の変な声が脳に響き『個体名カラスがミラ・グオラザームの使い魔になりました。基礎能力値以下各種能力値が大幅に上昇しました』とコメントをくれた。

 俺が使える魔法は数だけ言えばお嬢様より多いのだが、それでも、お嬢様とは単純な火力が違いすぎて勝負にならなかった。


 え?さっきからお嬢様、お嬢様とどうしただって?

 使い魔になるときの契約でそう呼ばざるを得なくなったとだけ言っておこう。これについては追々。


 まぁ、魔王様に会いに行ったり、城の中をお嬢様に付いて回って彷徨ったり、街を飛んでいたらこの近辺ではすっかり『カラス』という呼び名が定着した。お陰で餌と言う名のお菓子を色んな人に貰えるから食い扶持には全く以て困らん。


 魔王様がガチでお嬢様を溺愛していて、ついでに俺のこともめちゃくちゃ可愛がってくれている。

 中でも魔王様のくれる菓子はクッソ美味い。

 俺アイツ好きやわ〜。決して食べ物に釣られたわけではない。でも、俺は魔王様に忠誠を誓うよ?お嬢様の次にですけどね。


 そんなこんなで、ここの生活にも早々と順応して良い生活を送れている。のだが、気になることが最近できた。


 変な声、以下システム音と名付けよう。

 このシステム音が最近やたらとうるさい。

 寝ていると『誕生しました』

 お嬢様と戦っていると『誕生しました』

 メイドさんにお菓子を貰うときも『誕生しました』


 ずっと、ずっと、ずっと!そればっか言ってくる。

 煩い。

 本当にこの一言に尽きる。

 そして、これに関連するかのように、爺の元にやってくる黒服さん達も日に日に多くなっている。


『爺。最近やたらと黒服がやって来ているのですが、それと関連することですか?』


 そういう訳で俺は今、爺の個室にお呼ばれしているのである。


『はい。お嬢様にはまだ伝えるわけには行きませんので、使い魔である貴方に伝えておこうと思いまして・・・』


 爺はいつものように優しい口調で話ながら俺の前に菓子を置いてくれる。


 残念ながら、そんなに味わっている暇は無いのかもしれない。


 爺が口調は変わらずとも、仕草が少しだがおぼつかない様子から察した俺は菓子を即座に嘴で砕いて高速で胃袋に放り込む。


『美味い・・・で?何があったのですか?』


 言葉遣いについては爺に「きちんとできればお菓子をやります」と調教されてしまい、前世より少し大人しくなった。


『はい。人界の聖王国アークで『勇王』と呼ばれるスキルを持つ少年が現れ、軍を率いてグオラザームに侵攻を開始したとのことです』

『え?戦争が起こるのですか?』


 俺のもっともな疑問に、爺は頷く。


『この事は魔王様と魔王軍幹部。そして私と貴方しか知りません。この意味がわかりますよね?』


 俺に餌やりしてるように見せて念話を使っての会話。

 お嬢様は勿論だが、この事を知られたくない者が他にいるのだろう。


『お任せください。必ずお守りします』

『いい心がけです。期間は三ヶ月。では、それまでに守られないように強くなってくださいね』


 間髪入れずに爺は少し笑いながら『それでは』と言い念話を切ると部屋から出ていく。


 途中までシリアス展開でかっこいい雰囲気出してたのに、最後の一言で台無しだよ爺。

 でも、あのシステム音の意味が大体分かったから良しとしよう。


 残っていた菓子のカスをチビチビと摘み、皿の中身をキレイに片付ける。


 普段は人をからかわない爺がそれをしないと笑えないくらいまで、神経を研ぎ澄ませているということですか・・・。


 何を想って『勇王』とやらが、こちらに侵攻を始めたのか理解できないが、俺からしたら城の人も街の人も『魔族』なんて呼ばれ方をされている人種だが、実態は普通の人間と変わらないだ。

 それこそ、魔王様の考えと同じで俺は『共存』することが最善なのではとも想ったりもする。


 とりま、使い魔として一仕事しますか。





 そしてこの三ヶ月後。

 魔王シュテルベン以下幹部は『勇王』を名乗る人間に殺され、魔族国家グオラザームは聖王国アークの侵略に為す術なく堕ちた。

 

 この侵略をきっかけに魔族にとっての激動の時代が幕を開けた。

 


 


 





 


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