世界は空白だらけ

座闇 白

第1話

我々人間は、この世に生を受けてから死ぬでの間生き続ける。それは全ての生物に対して言える自然の摂理だ。


では、地球は46億年前に誕生したと言われているが、それを仮定して一体どれくらいの生物が地球に生を受けたのだろうか?


何億? 何兆? そんな単位で表す事など出来るはずも無いだろう。

もちらん、人類もこれまでに相当な数を超える生を受けて来たはずなのだが。


私の世界に置いては全くそんな事実は存在しない。

ただ、今ある地球上に生を受け誕生した、それだけ。


『死んだ人間の存在は観測されない』


この世界ではこれが当たり前なのだ。

親でも友人でも恋人でも、でも死んだらその生物の存在自体が無かった事になってしまう。



近所で駄菓子屋を営んでいるお爺さんには、同じ歳のお婆さんと結婚していた。

ある日、たまたまその話題が上がった時の反応としては、

「オラに女房なんていないべ」

その時、私は初めておばあさんが死んでいるのだなと知った。


この世から居なくなったら、誰の記憶にも残らないなんて、なんとも残酷だ。


では、私だけは何故死んだ生物の存在を観測出来るのか。それは分からない。ただ、そういう体質なのかもしれない。


私には同い年の付き合っている彼がいる。

期間にして大体二ヶ月。

学生の身分だから、普段一緒に登下校したり昼食を共にするなどの、健全なお付き合いだけをしていた。


今日も一緒に朝、学校へ行って一緒に下校しようと校門で待っていた所だ。

「ごめんね、保健室行っててさ。待ったかな?」

「ううん、私も今来た所だよ。じゃ、帰ろっか!」

「うん」

いつもの帰宅路を二人並んで帰る。

空を見上げると、薄らとした今にも泣き出しそうな雲が。


「少し早足で帰ろうか。天気崩れそうだし」

「君ってそういう所の気遣い良くしてくれるよね」

「私はただその、濡れるのが嫌なだけだよ」


そんなやり取りをしつつ、普段通りの他愛も無い話に花咲かせる。

そんな会話をしていたら、私の予想通りに天候が悪化し、土砂降りになってしまった。


「私の家はすぐそこだし、雨が収まるまで中に居れば?」

「いいの? でも、全身びしょ濡れだし……」

「今日は親がいない日だし大丈夫だよ」


渋る彼の手を引き、私の家へと連れ入った。


「お風呂沸かすから、先に入っていいよ」

「それは流石に悪いから……」

「いいよ、気にしないで。どうせこの天候じゃ今すぐに良くなるって訳でもないし」


彼を風呂に入らせて、私はポットにお湯を沸かす。

出てきた彼に、家にあったYシャツを着させてから、先程沸かしたお湯で作った、即席の紅茶を渡した


「この様子だと、今日はずっとこのままかな」

「なら、傘だけ貸してくれたら、私一人で帰るよ」

「そしたら再び濡れるよ。今晩泊まっていけば? どうせ明日は土曜日だし」


テレビを付けると、そこには大雨土砂崩れ注意報。

ここの地域一帯は山々に囲まれ、決して他人事と見過ごすことは出来ない。


「ううん。お風呂だけで十分だよ。私の家には妹一人残してきてるし、今日は帰るよ」

「あっ」

「ありがとう、月曜日学校でね〜」


私がニュースに目を通していたため、彼が既に玄関にいたのに気付かなかった。

外もこんな状態だ。戻そうと玄関へと行ってみたが、そこには扉越しに、手を振る彼が。


急いでドアノブを開けて、声を掛けようとしたがそこには何も姿が見えない。

この日私は仕方無く諦め、月曜日にまた会えば良いと思ってベッドに入った。



月曜日、朝食をリビングで取っているとテレビから、この近くの様子が映し出される。

先日の大雨により、土砂崩れが起こったそうだ。

ご飯を食べ終え、スイッチを押し画面を消す。


朝の登校時間、普段待ち合わせている公園で彼を待ったが、いつまで経っても来ない。

風邪ひいちゃったのかな、などと思いながら走って学校へと向かった。


昼食や下校、いつもは彼との時間を今日は一人で過ごした。

帰ってから、大丈夫かなと思いながら電話を家にかけてみる事にした。

「もしもし」

「……」

今日はまだ誰もいないのかな、と思って切ろうとした瞬間。

「もし、もし」

彼とは違う、幼い声が電話越しに聞こえる

「こんにちは。今日はお兄さんは休みですか?」

「おねぇちゃん、いないよ」

「いないって、家に?」

「ううん。私におにぃちゃんなんていない」

どういう事だ?確か彼は昨日、妹が家に一人でいるからとか言ってたはず。

「かけ間違えたかな、彼さんのお宅ですか?」

「うん? 苗字は合ってるけどそんな人、私ん家にはいないよ」

私は顔が真っ青になった。

ここで言えるのは一つの可能性。まさか……。

「あ、ありがとうございました」

そう言って、相手の返事も待たずに電話を子機に荒く戻す。


家を出るため制服を再び着て学校へと向かった。

校庭に着くと、彼と同じクラスメイトの人物が部活動を行っていた。


「すみません」

「ん?」

「この人って貴方のクラスメイトですよね?」


話しかけたの人は、間違い無く同じクラスメイトのはずだ。私が分かりやすく写真を手に持って見せると、顎に手を当てて口を開く

「誰だこれ?」

「だから、貴方と同じクラスの人ですよね? 彼は」

「いや、人違いじゃ無いか? クラスにこんな人は知らないぞ」

不機嫌そうに答え、どこかへと逃げるように去っていった。


私は今の現実が信じられなく、校内へと足を急いで進める。

「ガラガラ」と扉を開くと中にいた大人達の視線が、全てこちらに集まった。


「すみません。二年四組の担任の方は誰ですか?」

「私だけど……」

「この人、彼はクラスに居ますよね?」

「誰よこの子。全く、突然入ってきて押しかけてきたと思ったら……」


その言葉を聞いた瞬間、私は腰から下の力が入らなくなり、その場に崩れ落ちるよに座り込む。


正直その後の記憶は何も無い。

あまりに衝撃が大きすぎたのだ。

ある日突然好きな人が居なくなる。

それは、たった18年間しか過ごして来ていない私にとっては、重すぎた。


彼が私にだけ微笑んでくれた笑顔。

一人泣いていた時、差し伸べてくれた手。

甘えたくなって抱きついた時に、返してくれたハグ。


彼との思い出が私の頭の中によぎる。

それ全てが無かった事にされる世界は、果たして存在の意味があるのだろうか

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