土塊ノ手
大水浅葱
土塊の手
ポイ。誰かが片付けてくれる。
ポポイ。清掃員近くにいないししゃーないか。
ポポポイ。うわ、誰だよアレ捨てたやつ。
はい、これ。入れて。
ゴミ、ゴミ、ゴミ、一つ一つのゴミから捨てた時の心が伝わってくる気がする。ゴミを捨てた時、清掃員への思いやりでその人の人間性がわかる。俺はこの仕事に就いてから数年しか経っていないが、人間とは醜い生き物だと何度思ったことか。
最近、他国ではゴミ箱が街に設置されており、人々はちゃんとゴミを捨てるのだ……とテレビで見た。国民全員がそれを守れるとは、なんて素敵な国民性なんだろう。我が国でゴミ箱がある場所など自宅ぐらいのものである。
トングであちこちに散らばるゴミを拾う。拾う。全長三キロメートルはある、我が国の中央通りが俺の担当区画だ。六時間の交代制なのでそこらのサラリーマンなんかよりよっぽど早く仕事を上がれるというのは良いところだが、如何せん毎日六時間歩き続けるというのはしんどいものだ。
「あ、清掃員さん。いつもありがとう!」
しんどいと思いながら歩いていると、見知らぬ少女に話しかけられた。その小さな手には綺麗に折りたたまれた紙くずが乗っかっており満面の笑みで渡しにきている。恐らく近くのクレープ屋で発生したであろうゴミだ。
大人と違い、子供は手渡しでゴミを渡してくれることすらある。可愛い。とはいえ貰ったものはプレゼントでも何でもなく、ただのゴミ。それでも目の前でゴミ袋に投げ込むのは気が引けた。
「ありがとう。ほら、入れてごらん。」
仕方なくしゃがみこんでその少女にゴミ袋の口を向ける。無造作にポイと投げ入れられた紙くずはポサリと他のゴミとぶつかる音をほんの少しだけ鳴らした。ニコリと微笑みかけると、その少女も笑ってくれたので俺は嬉しい気持ちに――。
「にいちゃん邪魔だ。」
しゃがみこんでた俺は、ぶつかられたことによってバランスを崩す。尻もちを着く前に手を付き、転ぶのを防ぐ。その姿を見てくすくすと笑う若者たち。怖い若者たちが寄ってきたことであの少女はそそくさと逃げ出してしまった。
とはいえ俺が邪魔だった……というのはその通りだろう。数十秒とはいえ、道の真ん中でしゃがみこんで少女と対話していたのだ。反論の余地はない。
「いやー、すいません。道の真ん中で座り込むなんて迷惑でしたよね。」
「ふんっ、ゴミ拾い風情が道を塞いでんじゃねぇよ。」
頭の悪そうな若者たち四人組である。皆、一様に見たことも無い制服を着ている。俺は特に反論もせず立ち上がる。動きを阻害しない爽やかなジャージ。そう、見る人が見ればわかるブランド物のジャージを彼らに見せびらかすよう立ち上がり、服に付いた汚れをこれみよがしに払ってやる。これでどこからどう見ても爽やかな青年。絶対にバカにされないような綺麗な身なりをしているはずなのだが、時々よく分からないのに絡まれる。もちろん彼らのことだ。言い返す方がよほど面倒くさいのでニコニコと笑いながら聞き流す。
「あーあ、あんな大人にはなりたくないもんだな。」
おそらく君たちのお父さんよりも俺の方が給料が高いがな。
「ゴミ拾いのくせにジャージ? スーツとか着て身なりだけでも整えろよ。」
多分お前らの全身コーデよりも高級品だ。制服の値段なんて知れてるしな。
「ダサっ。」
女の子に直接的な悪口を言われるのは普通に辛いな。
全員が一言ずつ俺に罵倒の言葉を浴びせていき、終いには学生鞄から何かしらのお菓子の小分け袋を紙吹雪のように撒き散らした。ギャハハと笑いながら去っていく。
若いっていいな。そんなことを思いながらお菓子の小分け袋を手早くかき集める。暴力を受けなかっただけマシと言えよう。
「ウタフカブさん……大丈夫っすか?」
「ムムダラ! こんな時間に珍しいな。」
ゴミをポポイと集め、若者たちの背中に全てを見下すような目を向けていた俺に話しかけてきたのは午後からここのエリアを担当するムムダラだった。俺の仕事は午前だけで、定時帰宅である。
「ウタフカブさん! 聞いてください! 俺、来月からマダダ神殿前広場の担当になったんすよ!」
「おお、やったじゃないか。」
マダダ神殿前は宗教関係者が多く、ゴミ拾い人である我々に、チップと共に不幸を押し付けられる、という理由でチップをくれる人が多い。理由が宗教関係なので、無神論者である俺とムムダラにとってはチップをくれるだけということだ。
「というか、仕事始まるまでオフなんだからそんなフルネーム呼びじゃ無くていいぞ。普通にいつも通り呼んでくれ。」
「ウタさん! 今日もカッケーっす!」
職務中は、職務さえ全うしていれば話しながら歩いたとて何も言われない。トングで道に落ちているゴミを拾い上げては背負ったカゴに入れていく。若者たちに絡まれたところからもうすでに三百メートルは移動しただろう。
私たちが近づいてくるのを見て、通りすがりの自国民がとる行動など大体決まっている。
慌ててタバコの日を消し鼻を噛んだティッシュに包んで道の真ん中に拾ってくれと言わんばかりに捨てる人。俺の背負ったゴミ袋へ勝手にゴミを投げ入れる人。
「なぁムムダラ。なんでうちの国民はゴミを道端に捨てる時のマナーは守れるくせにゴミはゴミ箱に捨てないんだろうか?」
「俺はウタさんより年下だし学歴も下っすよ。そんなこと分かるわけないじゃないですか。」
小さいものを捨てる時は、必ず大きいものに入れてから捨てる。軽いものを捨てる時は風で飛ばぬように重しになりそうなゴミを入れておく。それがこの国のマナーだ。
ちょうど前方にサングラスを掛け、革ジャンを着込んだの悪そうな男がいる。彼も俺の姿を確認するなりファストフード店のテイクアウト用の紙袋にゴミを詰め始めた。十メートルぐらいまで近づいたところで、道の端にその紙袋を投げ捨てる。
見た目に反して行儀がいいお兄さんである。俺も気分よくゴミを拾う。
「ほら、あんな強面アニキもマナーを守るんだぞ。」
「いや、知らないっすよ。顔が怖いだけじゃないっすか。それだけで判断するのはまずいっすよ。」
ギャイギャイと話しながら歩いていたら、道の終点である。片道で満タン近くまで溜まったゴミ袋を回収ボックスに叩き込み、道を再び引き返す。
さっき通ったばかりの道、さっき拾いながら歩いたばかりの道にはもう既にゴミが散らばっている。
「では、俺は勤務前にランチにでも行って来るとします。おつかれーっす!」
「ムムダラ! 終わったら連絡くれ、今日飲み行こう」
「あいよー」
俺はムムダラと別れたあと、元来た道を引き返していく。時間的に、ここから反対側までのゴミを回収しきればお仕事終わりというわけだ。
ゴミを拾う。拾う。拾う。ひろ……。
なんか重いゴミを拾った。ファストフード店の紙袋。中身はハンバーガーとジュースだろうか? まだ中に入っているようだ。しかし、この国では道端に落ちてるものは基本ゴミ扱い。俺は容赦なくゴミ袋に叩き込んだ。
「あ、ゴミ拾いのドブ兄さん!」
「誰がドブ兄さんだ。」
道に落ちるゴミをヒョヒョイと拾いながら歩く俺。
素早い動きで動く俺を煽るように現れた少年。彼はここら辺のガキ大将というやつだ。小学校にも通えず、服も買えないからかボロ布を着ているくせに俺を見下している。
先日、腹立った俺は見てわかるぐらいのおかねもち装備を着てやろうと思い立ち、白スーツ、金のネックレス、高級腕時計その他もろもろお金持ちっぽいもの完全装備で仕事をしたことがあった。それを見られて以降彼に気にいられたのだが、なぜ気にいられたのかは今でも分からない。
「またドブアニキやってよ。」
彼は俺の白スーツ姿のことをドブアニキと呼ぶ。
面倒くさいのでため息一つ、彼は無視して先に進む。わたわたと子供らしく、ウザったい謎の動きで俺を追従してくるので無視するのも一苦労だ。
「ねぇ、ドブ兄さん! ドブアニキ! ドーブーアーニーキー!」
「うるせぇな。」
怒ってやると、今度はかたかたと笑う。なにやら笑いながら走り去っていく。子供の考えていることはよくわからん。あの子供は路地裏に入っていった。いつもその路地に入っていく。家でもあるのだろうか?
こんな時は毎日遭遇する大量の落ち葉すら腹立たしく感じてしまう。落ち葉があるとゴミが圧倒的に拾いにくくなるのだ。
一人で落ち葉に腹を立てていると、仕事がまともにできなくなるようなセリフが聞こえる。
「あれがドブアニキだ。かかれ。」
振り向くとそこには六人の子供たち。特に意味の無い暴力が俺を襲う。それも、殴る蹴るでは無くタックルや抱きつきなど、外傷に残るようなものではなく確実に俺の体力を削り取るようなウザったい暴力である。
それは暴力では無い! と、ムムダラにすら言われたことがある。しかし、歳を重ねる事に衰えを感じるようになった俺にとっては確実にそれらは暴力なのだ。
「なんだ? やめろ!」
「うちのやんちゃどもだ! 今日は俺たちの遊び相手になってもらうぜ! どうせ暇だろ?」
「もう少しで仕事終わるからその後にしろ」
「それだと面白くないじゃないか」
ゴミ拾い、拾い、子供振り払い、ゴミ拾い、子供の攻撃防御、ゴミ拾い。途端に終わりの見えない地獄。定時は過ぎた。子供に絡まれつつも担当区域の五分の四ぐらいを進んだ。
子供の数はなんだか増えてる気がする。
「おまえら……物乞いとかしに行かなくてもいいのか? 孤児だろ?」
「あーあー。ドブアニキ。それはライン越えだぞ。言っていいこととだめなことがあるだろ。ま、俺たちはマダダ教のおかげで今はハッピーさ。」
「というと?」
「マダダ教のやつらに不幸は私たちが引き受けますぅ。と媚び売るとすぐチップ渡してくれるんだ。」
俺はすぐに納得した。マダダ教信者は金払いがいい。不幸を他人に譲渡しようと必死なんだとか。
そう考えると俺はやはり無神論者で正解だなと思う。不幸だとか、そんなわけわからんもののためにお金を払うなんて馬鹿のやることさ。
ぴーーーーーー。
音。
音が聞こえる。
どこから? ゴミ袋から。音がなるおもちゃでも入っていたのだろうか。またストレス源が増えてしまった。うるさい、音がうるさい。背中が熱い。
「あ。」
息ができない熱い。なんだ? なにがおこったのだろう。誰だ。大きな声を耳元で叫んだやつ。耳が聞こえないぞ。目が見えない。なんで? 今目を開けてないっけ? あ、開いた。
なんだか視点が低い。倒れているのか。なんで?
今度はどんなイタズラだ?
今日はマダダ教会によって儀式が行われた。ゴミ拾い達に払ったチップにより一箇所に溜まった人々の不幸は無事爆散された。ファストフード店の紙袋。中身はハンバーガーとジュースに姿を似せた爆弾。彼らはゴミを集める。ほっとけない。
これで不幸は土に返った。
これで不幸は土塊になった。
土塊には神が宿る。我々にも救いの手を差し伸べてくれる。
ああ、マダダマダダ。マダダマダダ。
土塊の神よ一度その身を洗わせておくれ。
嗚呼、マダダマダダ。マダダマダダ。
土塊の神よ浄化の炎をその身に纏わせたまへ。
アア、マダダマダダ。マダダマダダ。
エイエンニ、帰ってくること、なかれ。
土塊ノ手 大水浅葱 @OOMIZUASAGI
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