第4話 白井土 花音のとあるバイト 夜

PM:6:40

スマホに映し出された時刻は現実世界で見るのとは少し違う気がする。自分がいるところが現実とはかけ離れた場所であると頭もきっと認識しているのかな。あの後、家に帰ってお母さんに言い訳として「具合が良くないから」と言って簡単に夕食を済ませて自分の部屋に篭る。この言い訳は今回のでちょうど二回目だけどお母さんはピンと来てなかったみたいで「季節の変わり目かしらねぇー」とおでこに手をあてて心配してくれた。そんなお母さんの姿を見て何も思わなかったと言えば嘘になるが、今月のバイト代でお母さんの好きな物買ってあげるからと心の中で手を合わせた。

「・・・さてと」

私が今いるのは『city』通称:仮想都市

今日はバイト先と言っても過言では無い。仮想都市だからといって漫画や小説みたいに物珍しいものがある訳でもない。モデルにしているのは日本の中心地、東京のスクランブル交差点。他にも学校の教室だったり、駅地下だったり出現するのはいつもランダムでプレイヤーの中で一番と言っていいほど人気があるのがここ、スクランブル交差点、もといそれをイメージしたもの。理由は都会だから、行ったことないから、とか色々あるが一番多いのは『広々と使えるから』これが一番多い。《除去》という仕事上、マップにランダムで出現する《対象》を《除去》するにはそれなりに場所があった方が広々とできる、その上わざと建物を壊したりして《対象》にぶつけることも可能だったりする。ここにはそれに必要な建物が多くある。

『こんにちは(*^^*)』

ふと辺りを見渡すと他グループのプレイヤーが歩いていた。今日はAグループが担当だが、担当外のプレイヤーも出入りが可能となっているのでこうして遊び目的でくるプレイヤーもいる。

『こんにちは(o_ _)o』

同じく顔文字をつけて返すと彼等は手を振って偽物のビル街に消えていった。あの二人は現実世界でも友達だったりするのだろうか?プレイヤー同士の現実世界での交流についてはルールがない。そのためまれに同じ学校の人と組んだという例が出てくる。一応ここに私達を集めている『マスター』もそれを知ってるはず・・・それでも何も言わないということは特に規定はないということなんだろう。ちょうど現実でいえば渋谷駅のある駅ビルから二、三人歩いてきていた。自分自身はこのバイトで友達を作ろうとは考えてない。でも挨拶されたら返すし、バイト中でも話すことも多々ある。でもプライベートのことを話すほどの人は居ない。一人だと悲しいと思うかもしれないけどここは割と一人でも浮かない。私みたいな人が他にもいるから。

『シロネさん』

ピコンと音がしたかと思えば横断歩道の向こう側でこちらに手を振ってる人影を見つけた。車も通らない実質歩行者天国になっているそこを歩いて近づいていく。

『こんにちは』

近くまで来た辺りで持ち合わせのスマホでプレイヤー名を確認する。

「えっと・・・」

黒のワンピースの胸元を見る。

『mlrun.o』

あ、そう思った。すぐさま怪しまれない程度に顔を盗み見る。でも彼女、または彼は目元から下が流行りのペストマスクで隠されていた。これでは上田さんか確認ができない。あいにくこちらも口元だけが隠れるタイプのレース状の布で隠しているので突然外しても怪しまれるだけだった。

『mlrun.oさんですね、よろしくお願いします』

最近買った猫のマスコットが頭の上で頭を下げた動きをしているのが彼女には多分見えてるだろう。

『こちらこそよろしく〜』

ここには高校生しか居ない、でも万が一歳が上の先輩である可能性が捨てきれないのでいつも敬語で話すようにしている。

『シロネさんも通話解除しても大丈夫?』

『大丈夫です。』

ピロンとスマホが鳴った。

『mlrun.oさんから招待を受けています。』

バイトの日はグループ内だけで通話が許される。普段は"トモダチ登録"をした相手とできるらしいが使ったことがないので詳細は分からなかった。

招待するのマークをタップすると彼女(話し方的にそうな気がする。)の頭の上で『ON』の文字が映し出される。

「聞こえてますか?」

「・・・うん、聞こえてる」

マイクの仕組みについては全てスマホが役割を果たしているらしく、バイト用のアプリケーションに色々内蔵されているらしく、わざわざ通話アプリを開かなくてもいいようになっている。

改めて彼女の声を聞いたが、他人の声と二重になっていて聞き取れはするが上田さんの声と比べることはできなかった。中には巷で有名なボイスロイドに代わりに喋って貰うこともできるらしいがわざわざ声を変えたり代役を用意するくらいなら素の声で喋った方が楽だった。

「あともう二人かな〜」

「でもさっき見たんですけどグループに参加しているが三人しか居なくて」

「え、ほんと?」

彼女はワンピースのポケットからスマホを取り出すとアプリを起動したのかグループAのチャット画面をこちらに向けた。

「あと一人ももうすぐらしい」

チャットには「もうちょっとで着きます」とクマのスタンプと共に送られてきていた。

「分かりました、ここで待って見ますか」

「うん、あと・・・そうだシロネさん」

「??」

「・・・敬語じゃなくてタメ口でも大丈夫。バイト中はその方がいいと思うから」

彼女の頭の上の猫のスタンプが首をかしげる。

「わかったそうする」

お返しにそのシリーズのスタンプを送り返す。

仕事内容や今日居ない一人の穴埋めの件について話していたらもう一人のプレイヤーとも合流できた。

プレイヤー名が『fox』だったのでキツネと呼ぶことにした。同じように彼女または彼も顔よりも少し大きいガスマスクで隠しており、声も機械がかった声だったが素の声が元々通りやすい声なのか上手く聞き取れるようになった。

時間になって目的地のとあるビルに到着する。

「《対象》は・・・これだよね?」

このバイトのいわゆる《対象》は様々な形をしており、動物にも見えなくはないものはいるが今回のは例外中の例外だった。

「この鱗みたいなの全部歪な形しててちょっと怖いね」

「うん、あと大きさも割とあるし今日は一人いないし、ちゃんと分担しているやろう」

mlrun.oがいつの間にかリーダー役になっていた。上田さんもどちらかと言えばまとめ役のような・・・??この前のクラス会議で彼女が司会をしていたことを思い出す。

話し合いの結果

mlrun.oが《対象》の注意を引きつける

foxが《対象》の弱点となる背中のとある"箱"を狙う

私が《対象》を離れた場所から建物を使って体力を削っていく

分担が決まったところでビルの中に入っていく。ロービーを抜けるとそこは大きく吹きぬけとなっており、1階からおよそ10階までガラスの壁から上が除けるようになっていた。

「《対象》ってどこにいるんだろう?」

キツネがそう呟いた瞬間、

地面が大きな音ともに大きく揺れた始めた。

『・・・ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!』

叫び声とも鳴き声ともつかない声がビルに響き渡る。ふとガラス張りに目を向ける。

「あ、いた・・・」

さっきまでは人工的に作られた月の光がさしていた何もなかった"そこ"に《対象》はいた。

大きさはこのビルの屋上ギリギリの高さ、黒い鱗は教科書でまれに見る光る岩石を彷彿とさせるようだった。

「みんな、散って!!」

mlrun.oの声が響き渡ったと同時に《対象》も限られたスペースで鋭い爪で辺りを破壊していく。

キツネは破壊されていくガラス壁を上手く渡りながら屋上にたどり着いたらしい。

「屋上に着いた。ここからは見えるー」

機械的な声が聞こえたのを確認してmlrun.oは穴の空いたガラスから、私はビルから一旦外に出て目星をつけていたビルに移動する。

現実世界では壁を登ることもこんなに早く走れることも出来ない。仮想世界だからこそできる、誰かにとっては夢のようなことだが、未だに恐怖心が拭えない。階段を2段飛ばしで登っていく。踊り場についたところでmlrun.oの声がした。

「こっちもいいよーシロネはー?」

「こっちも大丈夫ー《対象》の姿ちゃんと見えてるー」

踊り場にある少し大きな窓の向こうで黒い塊が蠢いているのがよくわかる。

「じゃあ、やるよー?」

「「OK」」

ドッッッン!!

怒号が聞こえたと同時に目線の向こうで黒い塊が少しもがいているように思えた。

こっちもやりますか・・・

窓の反対の壁に目を向ける。無機質な灰色の壁がある。少し近づいてスボンのポケットから収納型のナイフを取り出す。これが現実だったら果物ナイフにしかならないかもしれないけどここは仮想世界、VR。壁を切ってもおかしくはない。灰色の壁にナイフを突きつけて少し力を入れると、壁にナイフの刃の部分が飲み込まれていく。人一人が入れるスペースを開けるようにしてナイフを動かす。最後にきたところで足で中心辺りをけるとそのまま下に落ちていった。よしっ。これで脱出経路は完成。

「こちら、準備OK」

「わかった、今引き付けてる最中だからいつでもいいよー」

「OK」

よしっ。やってやりますか・・・反対側のポケットからもうひとつナイフを取り出す。こっちはいわゆるサバイバルナイフ。結構ゴツイ見た目をしているが軽く切れ味を十分にある。

「・・・ふぅ」

一呼吸を置いて一歩後ろに下がる。

「じゃあ行きまーすッ」

そのまま後ろ向きに勢いをつけて跳ねる。重力に押し出された身体は簡単にビルの外に追いやられる。

一瞬、体がふわっと浮き上がる感触があった。

「ッ今!!」

両手に握られたナイフを交互に動かす。つかの間、目の前にあったビルが音を立ててバラバラになっていく。間も開けずにその欠片の一つに飛び乗る。

「おっりゃッ!!」

目一杯力を入れて《対象》のいるビルに蹴る。それは宙を描きながら《対象》のいるビルの壁に激突する。壁にめり込むようにバラバラになった欠片が《対象》に当たってるように見えた。

「シロネナイス!!」

キツネの声にほっとする。一旦、隣の壁を使ってまた欠片に飛び乗る。今度は少しズレた方向に蹴りを入れる。それはカーブを描きながら壁に衝突する。「シロネ、当たってる!!」

mlrun.oの声も聞こえ、ほっと心を撫でおろす。状況確認のため、隣のビルに乗り移る。

「まだ動いてるけど結構鈍って来てるように見える。mlrun.oの攻撃を躱してる限り、もうそんな力もないんだと思う」

「じゃあ、あとは弱点を狙うだけど?」

「うん、あ。箱の位置送るね」

スマホに送られてきた写真を見る。人間でいうところの背骨の辺りに黒い鱗の中に一際目立つ小さな箱があった。

「これがその・・・?」

「そう。これを破壊することが出来れば《対象》は動きを止めると思うの」

「じゃあ、その後に私かシロネが攻撃すればいいってこと?」

「そういうこと」

「弱点を破壊しても完全に停止しないところをみると結構大物だね」

「うん、このバイト始めて何回か会ってるけどまだ慣れないや」

颯爽と壁を登ったり、写真をとったりすることができるキツネが言うと説得力がなかった。

「とりあえず、引き続き各担当のところで狙う。

キツネは弱点が破壊できそうだったらすぐ言って欲しい」

「OK、シロネ。ちょっと注文いい?」

「うん、いいよ」

「さっきのカーブありの攻撃、結構対象の側面の辺りに当たっていい感じだったらお願いできる?」

「おっけーやってみる」

こうやって信頼されてるとわかるとやりがいがあるって実感できる。

程なくして窓の向こうで黒い塊がまた動き始めた。きっとmlrun.oとキツネが攻撃を開始したのだろう。さぁ・・・

「やってやろう・・・!!」

飛び移ったビルから勢いをつけて飛び降りる。まだふわっとするこの感じには慣れないけど。

ふたつのナイフを交互に動かす。つかの間、さっきまでいたビルがバラバラに崩れていく。その一つに乗っかってカーブをかけるようにして蹴り飛ばす。

「おっりゃ!!」

放たれた欠片は《対象》のいるビルに勢いよく当たって砕ける。それを見届けてまた別のに飛び移り、攻撃を続ける。視界の先の黒い塊は先程よりも確かに動きが鈍く、時々もがいてるようにも見えた。

「シロネ、ナイス!」

「キツネの方はどう?」

「うーん狙っては・・・いるんだけど・・・あ、mlrun.o!」

「うん?どうした?」

「出来ればなんだけど《対象》もうちょっとだけ右に誘導できたりしないかな」

「・・・やって見る」

「ありがとう」

「あ、じゃあさぁ私がぶつけてサポートする」

「頼んだよ、シロネ」

mlrun.oの声が少し弾んだように聞こえた。もしかしたら結構楽しんでるのかも。

浮かせたままの欠片の一つに飛び移り、勢いそのままに蹴り飛ばす。

目標としていたところに当たったようで音を聞いた《対象》がこちらへ向かってきた。

「「キツネ!!」」

ガシャッッッン!!

刹那、ビルの中は一瞬にして閃光に包まれた。

「うぅ・・・」

思わず、目を覆う程の光だった。やっとの思いで目を開くとそこには変わらずビルが建っていた。ただ一つ違うのが

「・・・いない?」

先程までいたはずの黒い塊、《対象》の姿が見つからなかった。

「あ、そうだ・・・」

慌ててビルの内部にいる二人に話しかける

「キツネ、mlrun.o?大丈夫?無事?」

「あ、大丈夫ー軽く吹き飛ばれたけど」

「内部も平気、《対象》の姿が見当たらない所をみると・・・」

「・・・バイト終了?」

「多分、弱点を破壊するまでに《対象》の体力結構ガンガン削れたのが幸をそうしたのかも」

「やったー二人ともおつかれー」

「うん、おつかれ様、弱点となってた箱の中身を回収してあっちに戻りましょう」

「OK、いやーちょっと手こずっちゃった・・・」

「キツネもファインプレーだったよ。最後キメたのもそうだし・・・」

「いや、それは二人の助けがあったからだよ」

雑談もそこそこに箱の回収をして、中心地のなるスクランブル交差点に戻ってきた。

人通りは減っており、スマホで確認したらもうすぐで九時を回るところだった。

「あれ?マスターは?」

キツネがきょろきょろしながら探す。いつもなら声が聞こえるのに・・・なんかあったのだろうか?

「おや!!おつかれ様ー」

スクランブル交差点の中央からそんな声が聞こえた。ふと見るとさっきまでなかったはずの黒い箱がご丁寧に置かれていた。

「あ、いた・・・」

mlrun.oがつぶやく。『マスター』は私達プレイヤーの前には姿を表さない。なのでいつもこうやって何かしら代役となるものが置かれている。

「そうだ、今日は三人だけだったね。ごめんね、大変だったでしょ?」

「いえ、三人でも上手くやれました。」

「そっか〜それなら何よりだよ〜それはそうと箱の回収はきちんと行っただろうね?」

「はい」

mlrun.oが箱の中身である小さなマイクロチップの入ったケースを黒い箱に入れていく。

「おお、すごいね。よくやったよ。報酬はいつも通り月の終わりに支払われるからねー」

「じゃあ」と言うと黒い箱が段々とザザッと点滅し始め、見えなくなって程なくして消えていった。

「お、じゃあここらで帰るかー」

ガスマスク越しでよく分からないが、笑っているように見えた。

「そうだね、mlrun.oもまたねー」

結局上田さんかは分からなかったけど今はバイトの疲れが溜まってかそれどころではない、というのが本音ではあった。

「うん、じゃあねー」

キツネは渋谷駅となるビルに向かっていく。きっと中に何か用があるのだろう。

「じゃあmlrun.o、私も帰るねーまたね」

スマホを起動させて現実世界へ帰る準備をする。

「うん、おつかれ

「うん、おつかれ・・・って・・・え?!」

驚いたのもつかの間、私の体は現実世界の自室に飛ばされてしまった。一瞬何のことかわからなかったが、結局はあっちも私だということを勘づいていた。それがいつ、どこで、7なのかは分からない。でも・・・

「明日、絶対聞こう・・・!!」

あの上田さんのことだ、はぐらかされる可能性もあるが頑張ってみよう、そう心に誓って部屋着に着替えていく。



スマホの画面が通知を知らせたことはこの時の私は知らなかった。




『上田穂さんからLINEの招待を受けました』

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仮想世界と不思議なバイト @mirisano

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