第3話 白井土 花音のとあるバイト 午後
「あぁー眠いぃー花音ー」
5限の休み時間、眠たげな涼香がつぶやく。
さっきの5限の時から頭がカクカクしていたから眠いんだろうなと思いながら授業を受けていた。
「眠いよね、あと1時間頑張って」
「うん、頑張るー」
「おぉー」とガッツポーズを決めているがまだ顔が眠そうである。次の時間の準備をしてると花音が
「あ、今日一緒に帰れなーいごめん!!」
と手を合わせて言ってきた。
さっきの上田さんとの会話を思い出す。今日なんかあるんだっけ?
「あ、OK!!私も今日バイトだからー」
「お、バイトかー私も来月シフト入れすぎてやばいよー」
涼香は駅前のファミレスで働いているらしく、よくクラスの男子が面白がって来たりするらしい。
涼香には近所のコンビニで働いてると嘘をついているがまだバレてない。最寄り駅が違うことが功を成している。
「私はちょっと多くしないとなー」
「コンビニバイトって人多い?」
「うーんいる同い年の子ばっかだし。」
「えぇーいいなー年上多くて気疲れしちゃう」
「そっかー」
同い年しか居ないのは事実だが、そんな喋る機会もないし、バイト自体が謎に包まれているのでプレイヤーもそんな感じの人が多い。でも暴言吐いたり、悪態を着く人がいないのはいい。マスターも基本優しいし、他に比べればいい所なのだと思う。
「あーもう眠い!!花音ー頬肉つねってー」
「わかった」
眠そうな顔に少し近づく。こう見ると涼香って整っている。これで告白されてたことないって男子は相当見る目がないんだろうか・・・
ニキビひとつない頬肉をむにぃーとつねる。
「ううぅ」と声を漏らしているが本気で痛がっている様子ではなかったのでちょっと力を強めた。
「ううぅー」
声が少し大きくなった気がしたが知らんぷりして続ける。
「ううぅーもぉうーいぅいぅー」
もう少しだけモチモチとした感触も楽しんでいたかったが、仕方なく手を離す。
「うぅー痛いけどありがとー」
真っ赤になった頬を擦りながら言う。涙目になってるけど目が覚めたなら良かった。
「いえいえ、あ、ほらもう時間」
ふと時計を見ると授業開始まで5分もなかった。
「あ、ほんとだーじゃあね花音〜」
手をヒラヒラさせながら椅子ごと前に向ける。程なくして新任だという国語の先生が同じ眠そうな感じで入ってきた。口では生徒を叱っているが先生も結局は人間なのだ。疲れるし、眠くもなる。
「はい、起立ー」
号令の声でいっせいに立つ。
「「お願いしますー」」
6限にぴったりな気だるげな声が教室の色んなところから聞こえる。
言い終わると次々に座り始める。教科書を開いて、ノートを隣に開く。女子特有の丸い字が黒板に書かれていく。先生の話し声を聞きながら板書をしているとふと窓に廊下側にいるクラスメイトが反射して映った。完全に寝ている人もいれば、真面目に先生の話を聞いている人もいる。彼女、上田さんは後者だった。つり目気味の目は黒板とノートを行き来している。
偉いなー字も先生より上手く書いてるらしいし・・・やっぱ私とは全然違うよ・・・
そう思った時だった。
上田さんの視点が黒板でもノートでもないところにいったのは・・・机の下に上手い具合に隠された『何か』=スマホに。あの上田さんでも触るんだ。やったことないけどやりたくなった時なら何回もある。全国の学生の大半が思ったことがあると思う。上田さんも例に漏れず、スマホを器用にいじっていた。さすがに画面までは見えなかった。でも彼女の手が触れた瞬間、私の近くで音がした。
キョロキョロと辺りを見るが特に変わったこともない。聞き間違いかな、聞こえたの私だけみたいだし・・・諦めて板書をする。漢字の意味だったり、ことわざ、主人公の心情をネットの見よう見まねでまとめる。
「それではー国語辞典を出してくださいー」
先生が電子辞書を手にそんなことを言った。昨日持って帰ったのでバックの中に入ってるはずだ・・・よね・・・??
一抹の不安がよぎったが、バックの中にそれはしまってあった。ホッとして取り出そうとした、その時だった。スマホが誤ってついてしまった。バレたら『親呼びだし』という最悪なイベントが待っている。バレないようにスマホを切ろうとした時、一件の通知が目に入った。それがただの広告だったら無視していた。でもあのアプリからの通知だった。そこにはこう書かれていた。
『グループAに''mlrun.o"が参加しました。』
''mlrun.o"3人目のプレイヤーだった。でも私が気になったのはそこじゃなかった。上田さんの下の名前・・・確か・・・
「・・・穂」無意識に呟いてしまったが隣には聞こえてなかったらしい。
"穂"と''mlrun.o"
似てると思ったのは単なる考えすぎなのかもしれない。
「じゃあーここから意味調べの時間にしまーす。」
先生の声にふと意識が教室に戻る。慌てて電子辞書を取り出して漢字を検索ボックスに入れていく。
辞書とにらめっこしながらふと上田さんのほうに目を向ける。もうスマホはしまったのか電子辞書のキーボードを叩いていた。あの上田さんが『city』のバイトをしてるとやっぱり思えないな・・・と思い、作業に戻る。
「眠いぃー」
6限に来なかった眠気が今更ながらに襲ってくる。ただいま、三時半を回ったところ。SHLが終わったところで涼香と上田さんと別れて学校を出た。駅まではあともう少し歩かないと着かない。スマホから繋いだイヤホンからは好きなバンドの曲がミックスされて一曲ずつ流れている。朝は曲を聴くというより、周りから溢れる声だったり、靴音だったりを聞いたりしているからイヤホンの出番はいつも一人で帰る時しかない。聴いたりするのは好きだけど自分から探そうとはしない。全部他人の受け売りだったりする。涼香も茜も「教えて?」と言えばアーティスト単体でも曲単体どっちも教えてくれるから助かっている。茜とは姉妹ということもあって好みが似てるらしい。そのことを茜に言ったところ、「音楽だけだよ」と冷たくあしらわれた。涼香は教えてくれる曲のジャンルが同じという理由だが、真逆のものでも好きだなと思うものが多く助かっている。
それにしても・・・
「"穂"か・・・」
6限終了後、涼香から既に知っていた上田さんの名前を教えて貰った。涼香は私が名前を覚えてないと思ったらしい。"涼香"も"穂"も印象に残りやすい名前ではある。(それを言ったら花音も覚えやすいと涼香に笑われたが)
でも私が気になってるのはそれだけじゃない。
『グループAに''mlrun.o"が参加しました。』
思い出されるのはあの通知画面。名前が似てるだけで考えすぎかもしれない。でもなぁ・・・
「あの時スマホ触ってたし・・・」
そしてあの後私の近くで音がした。記憶は曖昧になっているがスマホの通知音に聞こえなくもなかった。でも上田さんがあのバイトするかな。真面目で勉強も出来て、涼香から聞いた話では気配りもできる絵に書いたような『良い人』らしい。
『ピロンッ』
「!!」
手持ちのバックに入れてたスマホから音がした。案の定あのアプリからの通知音だった。
『今日の仕事内容もうみんな確認したかな?いつもと同じかもしれないけど気を抜いたらだめだよ?ということでまた7時にね〜』
『マスター』からの全体チャットだった。各グループに不定期で送られてるこれはいかにも『マスター』の性格を表していると言ってもいい。これがアルバイトの店長とかだったら舐められているに違いない。それでもみんなが慕われ、特に陰口も言われてないのは『マスター』という人そのものが謎に包まれているからかもしれない。仕事内容の確認は朝一でしているが帰ったらもう一度見ないと・・・てか今日三人でやらないといけないのかな?6限終わった直後も参加人数に代わりはなかった。ルール破る人ってあんま居ないのに・・・年一回出逢えてたらいい方である。今年はちょっと多いのかな。もうこれで二回目だ。まぁ、高校生って全員がルール守るかって言ったらそうじゃないのか。見ていたスマホを切ってカバンに入れる。駅はもうすぐ。まだバイトまで時間はあるけど今日はちょっと早めに行ってみよう。そしたらもしかしたら・・・
「会えるかな、''mlrun.o"に・・・」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます