第2話 白井土 花音のとある平日
「おはようー」
教室に入ると冷房の涼しい風が出迎える。少し早くきたせいか、人はまばらだった。近所の席の子に挨拶したり、男子に日傘を忘れたことを指摘されて仕返しで軽く蹴ったりして自分の席につく。授業に必要などものを机の中に入れていく。軽くなったリュクサックを横にかければやることは無くなる。まだいつも喋っている友達もいない。暇なのでバッグからスマホを取り出す。アプリはあれから何も無い。
学校でアプリを開くことは無い。だって見られたらまずいし、説明のしようがない。今どきの女子高生に『仮想都市』、『マスター』の話をして本当だと信じてくれる人は一体どれくらい居るんだろう。
「よぉ!花音〜」
「?!」
「えぇー高一からやってるのに・・・」
驚いて欲しいのか、慣れて欲しいのかよく分からなかった。涼香は私がビビりだと言うことを忘れている気がする。
最近のお気に入りと言っていたカバンにはガチャガチャだろうか、見たことの無い魚と蛍光色のカエルのストラップがついていた。趣味らしいが、好きなガチャガチャがいわゆる『可愛いもの』には属さないものばかりで好感が持てた。
「あ、そうー聞いてー」
カバンを机の脇にかけて椅子をこちらに向けた。
「昨日のねえ、駅前でさぁ見たことないガチャガチャ見つけてねー」
「??・・・駅前にガチャガチャなんてあったっけ?」
マックやスタバがあったりして、よく行くことはあるがガチャガチャを
見たことはない。
「そう!あったの、いつもさぁ東口しか通らないから分からなかったんだけど
バイト帰りに西口から行こうとした時に見つけてさぁーもうまじで嬉しかった!」
涼香のガチャ愛は本当だと、高一からの付き合いの私でもわかる。一時ブームになって
乗っかってる人いたけど彼らとは大きく違う気がする。こういう所も彼女が周りから
愛されてる証拠だったりする。
「おぉーそれは良かったじゃん、なんかいいのあった?」
「それがね、深海魚シリーズの新しいのがあってね、思わず引いて出たのがこれ!」
そう言って机に置かれたのはいわゆる『深海魚』といった感じで子供が見たら泣きそうな
見た目をしていた。
「・・・え、これ魚?」
私には既に息絶えた魚にしか見えなかった。・・・目落ちかけてるじゃんと心の中でツッコミを放つ。
「もうーこれが通常だから。死んでないよ?目がやばいのは眼球が他より大きいからって書いてあった・・・えっとー名前は忘れた!!」
ニコニコしながら説明してれば忘れてもいいってもんじゃない・・・まぁ、
普通なら見ない紹介の部分を見るあたり、涼香の真面目さを感じる。
「そっかーこんな見た目なら敵も食べるのやめそうー」
「花音〜ちゃんとこの子も生きてるんだからねぇーでも・・・もしかしたら刺身したら
美味しいかもよ?」
「そっちも食べようとしてんじゃん」
「じゃあーどっちもどっちってことでー」
机に出したストラップをしまうと、昨日出された宿題の話になった。涼香も私も
家でやってるタイプなので見せ合いではなく、少し早めの答え合わせというところだろうか。
「てかさー最近、雅紀先生さぁ、話長くない?そのせいで課題出されるし、もう最悪ー」
雅紀先生というのは、物理の担当の先生、本名 木村 雅紀。最初の授業から下の名前で呼んでと
馴れ馴れしく自己紹介したあたりからなんとなく『ハズレ』の先生臭がした。雑談も眠気が解消されるから
ありがたいがそのせいで課題が増えたり、範囲の量が学期ごとでバラバラになるのはやめて欲しい。
「まぁ、そのうち焦って雑談する時間もなくなるじゃない?」
蛍光ペンを手で器用に回しながら、「ウーン」と涼香は頷いた。
「ま、とりあえず最初から答え合わせしよー」
開かれたノートにはカラフルな蛍光ペンで引かれたところが目立った。その割に、
ノートがごちゃごちゃしてなくて好感が持てるし、自分も綺麗に書こうという気持ちになる。
問一から答え合わせをしていると教師歴八年目の担任が入ってきた。いつも眠そうで自分の
クラスの生徒も名前も覚えないが、授業の評判はいいので信頼はいい。・・・性格はあんまり
らしいけど。
「あ、先生だーもう片付けなきゃー」
「うん」
机の上に広げたノートやら文房具を片付ける。ちょうど終わったところで
チャイムが鳴った。遅刻寸前の男子やマイペースな女子が入ったあとは少し静かになる。
ホームルームが始まり、出席確認だったり、英検のお知らせ、不審者情報、その他色々。特に変わったこともない
ごく普通なお知らせ。しいていえば、数学の先生の結婚だろうか?特に好きでも嫌いでもないので悲しんだりはしないが
ごく一部の生徒からは悲鳴が聞こえた。そういえば、前から噂だったり、目撃情報が多かったなーまぁ、お幸せにといった感じ。
「これでおしまいー」
「起立ー」
ホームルームが終わると騒がしい空気が戻ってくる。一限は生物。移動はないが、眠気が襲ってくる確率が高い授業なので、
気を引き締めないと怒られる。前科があるので、一番取りやすい授業態度などの項目で落としたくない。
「相川先生結婚だねー」
横に垂らした髪の毛をいじながら言った。
「だねぇーでも前から噂あったじゃん?みんなもうすぐだーって騒いでたし・・・」
「あぁーあったあった。あれ、嘘かと思ってたけどガチだったってことか怖ァー」
体を震わせるフリをする涼香。彼女は噂とか恋バナとかあんま興味ないらしい。でも聞かれたら答えるし、
誰かに恋人ができた時はある程度騒いでいる。でも自分から話すことってあんまない。私もそうだけど・・・
涼香はいわゆる『女子高校生』とはちょっと違う。でもそれが好きで一緒にいる。
「あのー田村さんー」
声のした方をむくと上田さんが立っていた。田村さんというのは涼香ことである。
「うんーどうしたーみっちゃんー」
涼香は上田さんに近づく。人のパーソナルスペースに容赦なく踏み込んでいく涼香。
上田さんは慣れているのか、特にこれといって反応もせず話し始めていた。聞いている限り、委員会のことで用があったのだろう。
「わかったーじゃあ、放課後にでも行くとしますか」
「そうして貰えるとありがたい。」
「じゃあね」と言って上田さんは自分の席に戻っていく。真面目な子だと思っていたが、話しやすそうでびっくりした。
「上田さんって優しいね、今度話してみようかな」
「うん、真面目ちゃんだけど話しやすいし、花音とも気が合うと思うよ」
「涼香と仲が良いから?」
「それもある!」
あるんかい。
「でもー」上田さんから貰っていた青のクリアファイルにクリップ止めされた書類を入れていく。
「なんか、似てる気がする。花音とみーちゃん」
「?」
似ている?上田さんと私が?接点は涼香という友達があるがそれ以外で話したこともないしグループも
違うから似ていると言われてもあまりピンと来ない。
「なんか、どこがって言われると困るタイプのやつ・・・あ!雰囲気が似てるんだ!みーちゃんも花音も同じだよ」
「私が言うからには違いない!」と自信満々に言い放つ涼香。
雰囲気か・・・私、あんなクールだったっけ?疑問に思っていると生物の先生が入ってきた
生物の準備をしてなかった涼香が慌ただしく準備を始める。それも面白がったりしていると一限の始まりを教えるチャイムが鳴り響いた。
私のとある平日はこうして始まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます