Day 4-3 狩り手伝い

俺はフィーネに連れられて森の中に入っていく。朝と夜の中間に佇む森にはどこまでも透き通る静寂が満ちている。

それをわずかに破るのは俺とフィーネが発する音だけだ。

俺の服装は、フィーネから手渡されたものになっている。ややガサガサした綿のシャツはお尻が半分ほど隠れるほどの長さがあり、腰のあたりで紐で絞っている。その上から温かい毛皮のベストと使い込まれ、重さのあるフード付きマントを被っている。下半身は化繊のパンツにトレッキングブーツなので、総合してみれば珍妙としか言いようがない格好だった。

フィーネ曰く、『靴はさすがに残っていなかった』ということらしいが、この服が一体誰の『残しもの』なのか、彼女に聞くのは憚られた。そこまでの深入りを、俺なんかがしていいはずもないのだ。

彼女の真似をして可能な限り音を立てないように気をつけてはいる。しかし、実はあまり意味がないのかもしれない。俺個人の感想であっているかは分からないが、空気のゆらぎや直感としかいえないもので動物たちは逃げて行く、ような気がするのだ。

だからといって、大きな音を立てながら進行するのもそれはそれで違う気がするので、とにかく大人しくすることを心がけよう。

「とりあえず罠を張っているから、そこの確認から。もしそれで鞄が一杯になるようなことがあれば、罠を再設置して今日はおしまい」

30分ほど森を進んだところで、彼女はこちらを振り返ってそんな説明をしてくれる。少しだけ汗ばんでいる俺とは違い、フィーネは全く疲れた様子もない。大きな革製のバッグ(木製の背負子に革製の袋をくくりつけたもの)を背負う俺のほうが疲れやすい、というわけでもない。彼女はバッグこそ持っていないものの、取り回しのよさそうな小型の弓と矢筒を背負っているし、腰には俺の前腕くらいの長さのマチェットをくくりつけている。

しかし、できる限り音を立てないための配慮からか、彼女はものすごく顔を近づけて話しかけてきたので、顔が熱くなるのを止められない。

「りょ、了解」

しぼりだすようにそれだけ返答すると、彼女は一つ頷いて先に進んでいく。

そうすると、少し開けた場所が現れた。相変わらず木々はほうぼうに生えているものの、このあたりはやや密度が薄いうように思える。反射的に地面に目を向けると、うっすらと奇妙な文様なものが目に入る。四角、三角、八角形、そして文字のようなものを組み合わせたもので、なんとなく獲物を待ち構える獣の顎を想起してしまった。

「……これはなに?」

純粋な疑問から小声でそう尋ねる。

「罠だよ」

当然、といった感じでフィーネは答える。

「えっと……これには掛かっていないということだよね」

これが罠だとして、おそらくこの上に動物が乗るとどうにかなるということなのだろう。一人で森を歩いていたら絶対に気が付かない自信があり、決してこの場所には一人で入らないことを固く誓った。

「うん。そんなもんだよ。次のを確認しよっか」

彼女は獲物がいないことを特に気にした様子もなく、足を別の方向に向けたので、俺もその後に続いていく。

そうやって移動を続け、二つ目、三つ目と確認したものの、やはり特に何も起こっていない。しかし、四つ目に移動しているところで、彼女はピタリと歩みを止めた。

「どうし……」

「しっ。かかっているから、ここからは静かにね」

彼女の纏う空気が一変する。先程までの可愛らしさが身を潜め、先日俺に向けられたナイフのように、一方向に向かって先細りに鋭くなる。彼女の視線の先では獲物が罠にかかっているに違いない。

「……」

自然と、俺は呼吸すらも押し殺し、黙る。

森の中の狩人と獲物。そして、なんの取り柄もない男子高校生。改めて自分の場違いさに少々嫌気がさしてしまう。間違いなく、俺が口出して良い世界ではない。

「私が合図を出すまで、少し待っててね」

俺の方に目も向けず、彼女は静謐さと獰猛さを相克させつつ、実に素早く森の中を駆けていく。あっという間に俺は一人だ。しかし、胸中に不安はない。むしろ自分だけになってどこか安心をしていることに、さっきとは別種の嫌な気持ちがこみ上げてくる。自分で言うのも何だけど、本当にどうしようもない奴だと思う。

「……ふう」

なんとも言えない緊張感が漂っている気がして、俺はいつのまにか歯を食いしばっていることに気がついた。俺が固くなってもどうしようもない。胸中の緊張を少しでも減らすべく、一度深呼吸をしていると――

「終わったよー」

そこにすっとフィーネが雑草を踏みながら戻ってくる。その様子からしてもう音を出しても問題なさそうだ。

「お疲れ。どうだった?」

「うん。きちんと仕留めたよ」

彼女は特に嬉しそうでも、得意気でもなくさらっと答える。その何気ない仕草や声調から、これこそが彼女の日常なのだと思い知らされる。

「それじゃあ、取りに行こうか」

「……一応確認したいんだけど、血とかは出ている感じかな?」

別にグロテスクなのが駄目というわけじゃないけれど、覚悟だけはしておきたかった。

彼女は俺のそんな言葉に薄く、綺麗な微笑みを見せる。ふいに見せてくれた、あまりに静かなその表情に俺はどきりとする。

「大丈夫。きちんと、綺麗なままで殺してあげたから、さ」

フィーネはくるりと振り返り、俺を先導しつつ森の雑踏を進んでいく。その表情をもう確認することはできない。

考えるのはやめよう。ここで、こんな世界で、場違いな俺がなにかを考えてもどうしようもない。俺ごときがそんなことをするなんておこがましいにもほどがある。

俺は首を一度振ってから、彼女の踏みしめた雑草たちに目を向けながら後をついていった。


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100日間の異世界生活 みょうじん @myoujin_20200125

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