Day 4-2 狩り手伝い

食事を始めてすぐにフィーネが口を開く。

「今日の予定は『狩り』だよ」

「……なるほど」

パンをちぎってスープに浸しながらフィーネは仕事の説明をし始める。狩り、と言われても当然やったことはないし、猟銃を使ったものしかイメージできない。

「もうすぐ冬が近いからね。冬の準備は結構できているんだけど、最後の追い込みっていう感じ。ここの頑張りで今年の冬が豊かかどうかが決まるんだ」

彼女は相変わらず楽しそうである。狩りのことよりもその表情がどうしても気になってしまい、俺はついつい聞いてしまう。

「なんか、昨日からずっと楽しそうだ」

「ん?そうかな?」

「うん。今もなんかニコニコしているし、さ」

「わあ、恥ずかしい……」

彼女はぺたぺたと自分の顔を触ってその表情を確認する。自分の小指が持ち上がっている広角に触れた辺りで、彼女の顔は少し赤くなった。

「うーん、やっぱり楽しいし、嬉しいからね」

結局表情は変わらず、いやむしろその笑顔を深めて俺に向かって笑いかける。そこに何か含むものはなく、純粋に喜びを噛み締めているように見えて、少しだけ動揺してしまった。

「今までずっとずっと一人だったから。こうやって誰かとご飯を食べたり、一緒の部屋で眠ったり……それだけで凄く楽しいの」

彼女の表情は相変わらずなのだが、一方で俺はその言葉の重さに押しつぶされそうだった。彼女の言うというのは俺が想像しているよりも遥かに長いのだろう。エルファが『私達は見た目よりずっと年をとっている』ということに含まれる様々な意味合いに今更ながら気がつく。彼女は何年、何十年、あるいはもっと。この家に一人で暮らし、一人で狩りをし、一人で眠りについていたのだろう。

そして、ほんの少しの共感が胸に染みる。

「そっか……俺も楽しいよ」

ぼんやりとそんなことを言う。楽しい、というのは言い過ぎなのかもしれないが、俺がこの生活をあまり不安に思っていないのは彼女がここに居てくれるからなのは間違いない。

「一緒だ! 嬉しいなあ……」

噛みしめるように彼女は呟く。自分の手の中のスプーンを上下させており、少しだけ自分の気持ちを持て余しているように見えた。

「それで狩りってどうすればいい? 申し訳ないが、俺には経験が全然ないんだ」

あまり深入りするのも……そんな考えから俺はとにかく狩りのことを聞くことにした。

「そうなの? あなたのところではご飯ってどうしているの?」

「専門の人が野菜も肉も育てているんだ。俺たちはそれを購入する」

「ああ、話に聞く大都会と同じだね。金とか銀のお金と物を交換するんだね!」

「お、詳しいね。正にそういうこと」

こういう狩猟採集の生活なら貨幣経済じゃなくて当然だ。むしろ物々交換の方がずっと分かりやすい。といっても、フィーネの反応からして別に珍しいものではないのだろう。

「結構発展したところに住んでいたんだねえ」

「まあ、ぼちぼちだよ」

正直、彼女の言うところの「大都会」よりも発展している可能性が高いけれど、自分の生活環境をうまく伝えられる気もしないので、あいまいに答える。

しかし、フィーネは少し眉をひそめて俺に確認してくる。

「……ここでの生活は大丈夫? イヤじゃない?」

「まだ三日目だけど、今のところ全然大丈夫」

そう返答してから自分でも不思議なほど、この状況や生活環境に動揺していなかった。『なんとかなるだろう』という楽観ではなく、それは……『どうでもいいか』という無気力極まりない酷い感覚によるものだ。こういう緊急事態を経験して、どれだけ俺が自分を含む様々なことに興味を持てていないのかを初めて強く実感してしまった。

「少なくともフィーネとの生活は嫌じゃないよ」

そんな俺の自嘲を誤魔化すようにフィーネに告げる。これは本音かリップサービスか、俺にも分からなかった。

「そお?」

しかし、フィーネは、はにかみつつ『えへへ』と笑い、素直に喜んでくれているようだ。

「っと、脱線してる。結局俺は何すればいいんだ?」

若干の後ろめたさを誤魔化すように今日の仕事に話を戻す。

「まあ、荷物運びとかそういう感じかなあ。身軽な方が私も楽だからさ」

「お、それなら分かりやすい。でさ……早起きしたけど、こんなにのんびりしてて大丈夫か?」

なんとなくイメージだが、早朝から山に入るようなイメージがあるので、念のため彼女に確認すると……

「大丈夫……じゃない! 急ごう!」

ちょっとだけ行儀が悪いけれど、俺たちは慌てて食事を平らげていく。彼女は中々の健啖家なのか、俺よりも二つも多くのパンを食べていた。

とにかく、彼女との初めての朝食は実に慌ただしく過ぎるのだった。

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