Day4-1 狩り手伝い

ふつふつと何かが煮立つような、心に染み入るような温かな音がする。こういう目覚め方は初めてだと思う。少なくとも物心がついてからは。しかし、それでもどこか懐かしい。

この音は何だろう。知りたい。俺はその一心で意識を浮上させる。

自分の居場所を確かめるようにゆっくり身体を持ち上げる。視界に入ってくるのは、空のベッド。行儀よく掛け布団がたたまれており、几帳面な誰かがそこを使用していたのだろう。

ああ、そうか。

俺はここでこれまでの出来事を思い出し、ゆっくり布団から出て、床の上に立つ。昨日まで残っていた疲労は完全に消えていて、身体の調子は悪くなさそうだ。深く一度呼吸すると清涼な木々の香りに混ざって、温かな動物性の油が混じった匂いが漂うのを感じ、俺の身体はそれを求め始める。

彼女はどこだろうか。その姿と匂いのもとを探して室内を歩く。室内はかなり肌寒い。すっかり冬の足音が迫っているようで、もし自分の部屋なら迷いなく暖房を点けているだろう。

フィーネはキッチンの前にいた。謎の原理で動いているIHコンロのようなものの前で、彼女は昨日の余り物であろうスープ鍋を温めている。彼女からは鼻歌が漏れており、いつまでも見ていたくなる心温まる光景だった。

「おはよう」

しかし、そうしているわけにもいかず俺は彼女の背中に声を掛ける。彼女はくるりと振り返り俺の方を見る。

「……おはよう!」

一瞬思案するような顔をするも、瞬時にその顔は笑顔に切り替わる。彼女の声からは喜色が滲んでおり、こんな早朝から実に楽しそうだ。窓から伺える外の様子は、まだ日が昇っていない紫色。俺が住んでいた都会の喧騒なんかとは全然違う静謐に森の中は包まれているのだろう。

「もうスープはあたたまるから、顔を洗っておいで」

昨日エルファにも同じようなことを言われたな、そんなことを思いながら「わかった」とだけ言って、洗面所に向かう。

ここの洗面所はエルファの家と同じ人が作ったのか全く同じ作りをしているので、迷いなく使用することができた。唯一異なるところを上げるとすれば、フィーネの歯ブラシと木のコップの隣に、ちょこんと真新しいコップとブラシが置かれていることくらいだろう。昨日、エルファから渡された日用品類の中に入っていた俺専用のものである。コップに水を汲み、ブラシを口の中に突っ込む。ハードな感覚を想定していたが、予想よりもずっと柔らかい。それでも普段使用していたものよりかは鋭いので、口腔内には若干の血がにじむが、あまり気にするほどではないだろう。そのうち慣れる。

キッチンに戻ると、すでに準備は整っているようで、テーブルの真ん中に鍋ごとスープが置かれ、その隣には黒パンが二人分にしてはやや多いくらいの量が積まれている。もしかしたら朝食をたくさん取る文化なのかもしれない。

いずれにせよ、フィーネはすでにスプーンとレードルを準備して席に座っていた。俺はさっと彼女の正面に座る。まだ二日目だが、お互いに向き合ってこのように食事を取る光景に少しの安心感を覚えていた。

「じゃ、食べようか。森の恵みに感謝します……」

彼女はそう言いながらテーブルに置いてあった壺から白い粒をぱらぱらとスープに掛ける。

「俺もその粒をかけたほうがいいのか?」

そういえば昨晩はこれをしなかったような……なんて思いながら、フィーネに確認する。

「……おお、そっかそうだよね!」

「え、どうした?」

何か変なことを聞いてしまったのかもしれないが、フィーネが驚いたことに驚いてしまった。

「ううん、なんでもない! えっと……代表者一人がかけるから、エニシはしなくて大丈夫だよ。私が感謝を告げた後に、同じように続けて!」

「なるほどね」

見た目通り、シンプルなものでよかった。これくらいなら何の問題はない……白いそれがなんなのかは気になるけど、死にはしないだろう。

「ね、もっかいやっていいかな?」

彼女はソワソワとしながら、上目遣いでそんなことを言う。

「俺もきちんとやっておきたいから、もちろん大丈夫だ。むしろお願いしたい」

「やった!……森の恵みに感謝します」

「森の恵みに感謝します」

特に手を合わせる必要はないようだが、反射的に拝むように両手を合わせてしまう。そんな姿を見たからなのかは分からないが、フィーネはニコニコととても楽しそうにしている。

「変かい?」

「ぜんぜん! さあ、冷めないうちに食べよう!」

さて、今日も一日が始まる。

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