お送り電車
空襲や空襲や早よせぇ兄ちゃん死にたいんか。
怒鳴り散らされるがまま逃げ込んではみたものの、こんな夜明けに電車なんか動いとるかい。電気もつかへん地下駅の壁を這い這い歩いていく。地獄へ降りていくようなこんな暗い閉所は、故郷の防空壕を思い出してしまう。乗り場はさすがに薄灯りがついていて、それが急に眩しくなったかと思うと暗い穴から電車がすべりこんできた。
「けどなあ、こんな時間に地下鉄なんか走っとるわけないやないか」
「お送り電車やで」
ぼそぼそやっているのは老齢の夫婦だった。服は煤けているがここに乗り合わせた人の中では一番きれいなからだをしていた。なんせ手も足も頭ももげとらん。
そうか、お迎え電車か。意味はわからんかったが納得はした。きっとあの世へお送りする電車なんやな。ちぎれた肩をゆらしながら演歌をくちづさんでいるおじさんや、頭の吹き飛んだおばさんが足らぬ足らぬにする工夫も無うなって仕方なくタンスの奥から出してきたような派手な花柄のワンピースを着て笑ってるようなんが乗っとるんやもの。
故郷の防空壕を思い出す。お父さんお母さん助かってよかったなあ、そう言いながら入り口を蓋していた大きな石を押しのけると、もわっと異臭がして人の蒸し焼きが転がっていた。脚より太いショベルを提げた女の子が「穴掘っただけのほうが、よかったかもね」と言った。
俺もあんなふうに、地下道に逃げ込んだところを鉄の扉に閉じ込められて、押し寄せる熱で蒸されたに違いない。心斎橋はもう火の海だ。
ようやっと駅についたのでこれが冥土の改札かと尋ねたら、駅員さんは顔をうつむけて笑っている。
「お送り電車があの世へのお送りなあ」
うまいわあお兄ちゃんうまいわあ、笑い上戸の駅員さんはひとしきり肩をゆらしてから教えてくれた。
「お兄ちゃん、お送り電車って言うのはな、仕事が終わってから、うちら駅員を送ってくる電車のことやで」
なんやそうかあ。そら失礼言うてすまんだな。
ほっと息をついて切符を差し出す。駅員さんの顔は黒くずるむけて、鼻が無くなっている。
鮫と関西と奇妙な物語 白瀬青 @aphorismhal
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