夜半にや君が
「君があたり見つつを居らむ生駒山 雲なかくしそ雨は降るとも」
LINEで和歌が送られてきたので意外なことを知っているものだと思いながら逢いに行く。
「筒井筒?」
幼い頃からの思い遂げて結婚するも、男は貧しさに耐えかねて生駒山の向こう大阪の女の元に通い始める。男は自分を棚に上げ妻はきっと浮気をしているから物分かりが良いのだと見張っていた。が、妻は粋な歌を詠みながら健気に帰りを待っている。そうなると飯を手づから盛って渡すなど当時としては図々しい振る舞いの目立つ大阪の女に嫌気が差して通わなくなってしまうのだ。
検索したばかりの知識で話題を振ると女は酒を注ぎながらうなずいた。
「続きがあって」
「続き?」
「ずる、ずる、と音がするのです。夜更けに白い手が高く盛った飯を差し出してくる。突き立った箸の隙間から赤い色が滲み出して米粒は小さな指のように見えました。妻かと思えば寝床にいない。妻は貧しく飯で悪戯をする余裕などありません。それでも問い詰めようと捜せば妻は庭の前に、男の服に化装して綺麗に座っておりました。そうしてつぶやくのです『夜半にや君が一人越ゆらむ』生駒山は稲妻に煙ります。いや私はここにいる、誰が越えるというのだ、なあ、なあ、呼びかけている間にも後ろから裳裾を引きずる音が、ずる、ずる、ーー」
「ずっと忙しいそうで逢えなくて」
急に現実の恨み言を振られて首を傾げる。風がにわかに窓を叩き始めた。
「それで私ずっとSNSを見ていたんです。毎日たくさんつぶやくんですね。昨日はご飯を取り分ける女の是非にいい顔をしてーー あなたこの間の旅館でもお櫃が自分の前に置かれただけで仲居の気が利かないと機嫌悪くしていましたね……このたび結婚を決めた、食事を取り分けたりしない、自立した幼馴染って誰なんでしょう」
生駒山に雨が降る。茶碗に突き立てられた漆の箸が濡れたように光り、差し出す女の顔が稲妻で見えない。
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※そんな後日談はありません
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