第4話 小学校の仲間

 そして、深夜。

 ナツはベレッタのエアガンを持って理科準備室前に張り込んでいた。階段付近には、警棒を持ったアサとルイ。メグは労働基準法に従って帰宅した。怪異を破壊する際、場合によってはメグの目が必要になることもある。怪異は時に人間と非常に似通っていることもあるからだ。いくらナツの射撃が生きている人間に当たらないとは言え、警察官が人間に電動ガンを向けたなど不祥事も良いところだ。動かない物についても、不必要に壊しては警察の捜査活動といえどもあまりよろしいことではない。動いていたら明らかに怪異ではあるが……「恐怖のあまり見間違えた」可能性は排除しておきたい。なので、怪異を見分けるメグに「これは怪異です」と太鼓判を押してもらってから破壊しているのだ。

 だが、今回については、既にメグが「動く骨格標本の怪異である」と鑑定している。大手を振って壊せるというわけだ。

「小学校の仲間、か」

 ルイは理科準備室の扉から目を離さないまま呟いた。放課後、学校に駆けつけて、件の児童がはめ込んだと言う歯を抜いた。それは俵田から本人に返却してくれると言うことで、すでにルイたちの手元を離れている。「人体の一部」を失うことでただの標本に戻ってくれれば良いのだが……。

「優しい子だね」

「子供と彼岸の距離は近い。怪異も、小学校の仲間なのかもしれません」

「ああ、それはありそう。当たり前にみたいに学校の怖い噂を聞いて育って。子供たちに取っては、怪異も違うクラスの、会うことはないけど名前だけ知ってる子、みたいな感覚かも」

 ナツが手を挙げたのが見えた。二人は雑談を中断する。準備室の引き戸がガタガタと音を立てた。警部補が銃を構える。

「鍵、どうしてるんだろう?」

「怪異は施錠も突破するのがお約束です」

 やがて、扉ががらりと横に開いた。かしゃん、かしゃん、と、俵田が言うところの「プラスチックの箸をたくさん転がした様な音」が、深夜の学校に響く。「それ」は廊下に姿を現した。

「……!」

 暗くて、繋いでいるワイヤーがよく見えない。だから、その骨格標本は動いているように見える。

「やっぱり駄目だったね。まあ、そう言うもんさ」

 ナツが引き金に指を掛ける。

「人の形してるものは動いて欲しいって言うのが老若男女世界共通の願いだからね」

 乾いた音が弾けた。BB弾は胸骨を正確に貫く。骨格標本は後ろにふらりと倒れると、床の上に叩き付けられて、バラバラに散った。

「小学校の仲間だったんだよね。でも、あんたは出しゃばり過ぎたよ」

 ナツはホルスターに銃をしまいながら少し寂しそうな顔でそれらの破片を見つめた。


※※

 俵田はファミリーレストランで長沢と待ち合わせをしていた。柄にもなく、ソーダフロートなんてものを注文したりして。炭酸のあぶくの中に、バニラアイスが溶けていく。透明な液体が少しずつ白濁していく。鋭い刺激のあるソーダにクリームの香りが馴染み始めていた。

「すみません、俵田さんと待ち合わせなんですけど……」

「ご案内します」

 入り口から声がした。振り返ると、制服を着た長沢が、店員に連れられてこちらに向かって来るのが見えた。照れた様に笑っている。俵田も微笑んだ。

「ご注文お決まりの頃にお伺いします」

「あ、俺もソーダフロートで」

「かしこまりました」

 ここで注文が決まるとは思っていなかったらしく、店員は慌ててエプロンのポケットから注文を取る機械を取り出した。ピッピッピ、と何度かボタンを押し、

「ソーダフロート一点でよろしいですか?」

「はい、お願いします」

「ただいまお作りしますのでお待ちください。失礼します」

 店員は会釈して去って行く。俵田はグラスをコースターごと横にずらし、鞄の中から小さな封筒を取りだした。

「多分、これが君の奥歯だ」

「なんか、すみません、わざわざ」

「いや、何か返さないとすっきりしなくて」

 恐縮して受け取る。小動物でも触るようにこわごわと自分の鞄にしまい込んだ。

「君のおかげで助かった」

「ほんとですか?」

「うん。あの白骨ね……最近夜中に動くようになってて」

 俵田が思いきってそう告げると、長沢は吹き出した。

「ほんとですか?」

「そうだよ。それで警察が来てどうにかしてくれたんだよ」

「警察ってそういうの解決してくれるんですか?」

「してくれる部署があるらしいよ。先生は二回くらいお世話になってる」

「先生、そんなに怖い目に遭ったんですか?」

 長沢は心配そうな顔をしていた。その一方で、こちらの話を信じて良いものかどうか吟味しているようにも見える。あんなに小さかったのに。教師が白骨のことを「小学校の仲間だから仲良くしてね」と言ったのを真に受けていたのが。大人になった。

「聞きたい?」

「聞いて良いんですか?」

「うん。折角だから聞いてくれ」

 俵田は笑ってグラスを引き寄せた。ストローに口を付け、喉を潤す。もうソーダはパステルのような水色になっている。

「お待たせしました。ソーダフロートのお客様」

「はい」

 運ばれてきた、初々しい蒼いグラスを少年が受け取った。

「え、じゃあ教えてください。ていうか二回目って、一回目はなんだったんですか? ホルマリン漬けが動いた?」

「一回目はねぇ……」

 俵田は話し始めた。


 皆が噂しているしょうもない話。それが現実になった話を。

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警視庁都市伝説対策室 番外編 目箒 @mebouki0907

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