第3話 人体の一部

 庁舎に戻ると、四人は児童たちから聞いた話を整理し始めた。

「やっぱり、『本物の人骨である』と言う話が多いですね」

 アサが唸る。ルイも腕を組んだ。

「まあ、都市伝説って『こうだったら良いな、こうだったら面白いな』っていう願望……つまり消極的な信仰なわけじゃない? いや、消極的に信仰したからと言って樹脂製の骨格標本が人骨に化ける訳じゃないけど、そう言う『概念』は与えられるよね」

「そうですね……まあ、『骸骨が動いた』だけで十分ではあるんですが」

 人形もそうだが、人間の形があるものを人は動いて欲しがる。簡単なものだと人形。行くところまで行くと遺体など、だ。それから、ルイはふと思い出して、

「そう言えば、五条さんが言ってた『完全な作り物でもない雰囲気』ってどう言うこと?」

 メグに水を向けると、彼女はしきりに首を傾げながら、

「なんだろう……『動く骨格標本』であることは間違いないの。材質もプラスティックかなんかでしょ? あれが人骨じゃないのは間違いないと私も思う。でも、何て言うか……概念のノイズみたいなのがあるって言うか……」

「ノイズ?」

「私もよくわかんない」

 メグがわからないなら、ルイにわかるはずもない。彼はアサを見た。美貌の巡査長は顎に手を当て、

「俺も五条ほどよく見えるわけではないんですが……何か曰くを持たされるほど古いものでもないですよね。あの学校で、理科の授業に関連した事故か何か調べてみましょうか」

「うん。そっちから攻めるのが良いかもね」

 ルイは肯いた。


※※

 俵田は残業もそこそこに学校を辞した。他の教職員も、俵田の話と副校長からの通達を受けてさっさと仕事を切り上げている。

「早く解決してくれないかなぁ、警察」

「ていうか、警察が解決するんですか?」

「メリーさん騒ぎも警察が解決したんじゃなかったっけ? どのみち、不審者だったら警察がとっ捕まえてくれれば良いのに」

 そんなことを言いながら出て行く。俵田も副校長に挨拶して学校を出て行った。買い物をして帰ろうと、商店街に寄る。近くのスーパーにこんなに明るい内に学校を出るのはいつぶりだろうか。八百屋で野菜を選んでいると……。

「俵田先生?」

 変声期を越えた少年の声がした。けれど、芯の部分の声には聞き覚えがある。俵田はそちらを向いた。白いシャツに黒いズボン。恐らく学校指定であろう手提げ鞄の、持ち手を広げて背負っている少年がこちらを見て目を丸くしている。

「あれ、長沢くん?」

 何年か前の卒業生だ。明るくて礼儀正しかったのをよく覚えている。

「わ、覚えててくれたんですね」

「もちろん。君こそ覚えててくれて嬉しいなぁ」

 学区内の公立中学校に進学した筈だ。ひとしきり懐かしい懐かしいと言葉を交わすと、

「そう言えば、白骨模型元気ですか?」

 よりにもよって、ピンポイントで骨格標本の話をされて、俵田はどきっとした。

「う、うん。まあ、元気だよ」

 何しろ夜中に動き出してしまうくらいだ。元気であることは間違いない。それを言って信じてもらえるとは思わなかったので言わないが……。

「あの白骨模型」

 長沢は友達の事でも話すような表情で続けた。

「うん」

「俺、何年の時だっけ……あれ一個歯がなかったんですよね」

「うん……?」

 長沢の屈託のない言葉に、俵田は妙な胸騒ぎを覚えた。何でそんなこと知ってるんだ?

「そんなこと、よく知ってるね?」

「うん、俺、低学年の時、それが可哀想で自分の抜けた歯を入れてあげたんですよ」

 俵田は悲鳴を上げそうになったのを堪えた。


※※※

 翌日。対策室で都伝の面々が骨格標本の怪異について情報を集め始めた午前の割と早い時間。アサの机に置いてある電話が鳴った。

「おや、俺をご指名とは珍しいな」

 彼が首を傾げながら受話器を取る。各机の電話機には、内線番号が割り振られている。別にそうしろと言われている訳ではないが、蛇岩室長時代は、室長が一番話が早かったので彼に全ての電話が回って来ていた。その名残で、今も交換は室長席に外線を回してくるのである。けれど、今日はわざわざアサの席に掛けて来ている……?

「都伝桜木です」

『交換の足立です。練馬区──小学校の俵田先生から桜木さん宛てにお電話です』

「繋いでください」

 アサは即答した。すぐに回線が切り替わる。

「お電話替わりました。都市伝説対策室の桜木です」

『あっ、あっ、さ、桜木さんですか? お、おはようございます。たたたた俵田ですけど……』

 慌てていても律儀に挨拶する辺りが小学校の教諭らしい。

「俵田先生、おはようございます。どうなさいました?」

『あの、あの骨格標本、人の歯が入ってるんですぅ……』

「なんですって?」

 アサの声が裏返った。「人の歯が? どう言うことですか?」

 それを聞いて、他の三人が弾かれように顔を上げた。ナツが毎朝淹れて配っている緑茶を口に含んだルイが、ハリセンボンの様に頬を膨らませていて笑いそうになる。ナツは真顔だし、メグはアハ体験でもしたような表情だ。

「本物の歯が入ってるの? アサ、替わって」

「ちょっと、専門家に替わります」

 アサはすぐに電話をメグに回した。彼女が受話器を取り上げるや、フックを押し込んで回線を切り替える。

「お電話替わりました。都市伝説対策室の五条です。先生、昨日はありがとうございました。そのことについて、もう少し詳しくお伺いしたいのですが……はい、はい……卒業生が?」

 彼女はすごい勢いでメモしながら話を引き出してく。

「あー……そうなんですか……はい、はい……そうですよね。返してあげたいですよね。わかりました。もう一度桜木に替わりますね」

 彼女は保留を押し、

「俵田先生、もう一回アサと話したいって」

「よしきた」

 電話を替わる。メグはアサが電話を交替すると、メモを持ってルイの机に駆け寄った。

「大変! あの骨格標本、卒業生が自分の抜けた歯をはめたんだって!」

「何で?」

「歯が一本なくて可哀想だから」

「子供~! それがノイズってことか! 本当に人体の一部が組み込まれてるって事か!」

 それなら全ての説明がつく。噂の様なおどろおどろしい理由ではないにしろ、本物の人の歯を宿した骨格標本は、「人体が使われている骨格標本」そのものであり、それが噂という消極的な信仰の元に動き出したということだ。

「そりゃあ動くわ。でも、それならもう良いね」

 ナツが肯いた。

「歯を抜くのじゃ駄目なの?」

 その歯が元凶であるならば、抜いてさえしまえばもう動かないのではないか。メグが難しい顔で腕を組む。

「うーん、わかんないなぁ。結構曖昧な状態で怪異になってるから……抜いたら解決するかもしれないけど、解決しないかも」

「何はともあれ、乗り込むよ」

「はい。はい。ではまたご連絡します。失礼します」

 アサが挨拶しながら頭を下げる。相手が切ったことを確認すると、自分もフックを押してから受話器を置いた。

「子供ってやつは……」

「優しい子じゃない。室長、乗り込みについて詳細決めよう」

「よっしゃあ。夜中だから五条さんは来られないけど、既に鑑定済みだからOKと言う事にしよう」

「十七歳でごめんね」

「良いんだよ」

 片目をつぶって両手を合わせるメグに、ルイも片目をつぶって見せた。

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