第2話 教師との再会
※
東京都練馬区、某小学校。
ルイたちが事務室に挨拶すると、窓口の職員は彼を覚えていた。
「あ、その節はどうも……」
「こちらこそ」
などと挨拶をしてから、今度は応接室に通される。そこには、先日も会った副校長と、五十も近そうな男性教諭が座って待っていた。
「俵田先生」
アサが男性教諭を見て微笑んだ。「お久しぶりです。今回は大きなお怪我がないようで良かった。桜木です」
「桜木さん! その節はお世話になりました」
どうやら、これが俵田教諭であるらしい。彼は照れ臭そうに、
「今回は落ちませんでした」
「その様ですね」
二人が打ち解けていることで、副校長も安心したらしい。その副校長は、ルイ、ナツ、メグのことをよく覚えていてくれた。小学校でも警察への通報は少なくないが、都市伝説について調べに来た警察官のことはなかなか忘れられないだろう。怪奇事件の聴取ではあるのだが、打ち解けた雰囲気が応接室に満ちた。
俵田は何が起こったのかを、順を追って説明してくれた。この説明の上手さはさすが教師、と言うところで、一度彼を聴取bしたアサは勿論、初対面のルイも特に聞き返すことなくすんなりと飲み込めた。相手が動転していると、こちらで話を整理しないといけないこともある。
と言う事で、俵田は残業していたら階上から物音を聞き、見に行って歩く骨格標本とご対面したことを簡潔に話してくれた。
「物音の時点で通報してくださって良かったんですよ」
アサが眉を寄せた。
「いやぁ、人間じゃないかと思うと大丈夫かなって」
「人間だから余計駄目なんですよ」
「それもそうですね」
俵田は頭を掻く。まあ、前回怪異のせいで酷い目に遭った身としては、人間の方が御しやすい……と思うのかもしれないが、人間用の警察がいるのだからその危険性については気付いて欲しかった。どっちがより悪い、と言うよりも、どちらも危険な場合があるのだから。
「その標本、見せて頂くことはできますか?」
ルイが尋ねると、副校長はすぐに肯いて四人を理科準備室に案内するために部屋を出た。俵田も一緒だ。
「御覧になるかなと思いまして」
副校長はにこやかに言う。
「ありがとうございます」
「話が早くて助かります」
ルイが会釈し、ナツが真面目くさった顔で肯くと、副校長は笑った。
「わあ、懐かしいなぁ」
ルイは理科準備室の中が見えると、歓声を上げた。既に小学校がだいぶ昔になっているのは、最年少十七歳のメグも同じで、興味深そうに棚の中身を見ている。
「骨格標本はこれです」
奥の方、つまり理科室に続く扉の傍にそれはあった。骨格標本。全身の骨格を再現したものである。ルイは自分の学校でこれを使った授業を受けた覚えが……いや、もう二十年近く前の話だから忘れただけかもしれない。俵田の表情が硬くなる。
「これに間違いないですか?」
「多分。この学校にはこれしかないですし」
俵田は肯いた。骨格標本の個体差を見分けろと言われたところでどだい無理な話だ。多分、と言う返事になるのも無理はない。
「五条、どうだ」
アサがメグに声を掛けると、彼女は肯き、
「うん。動く骨格標本だね」
動く骨格標本。小学校で語られる代表的な怪異の一つで、読んで字の如くだ。夜中、無人の学校で走ったり踊ったりするなどの話が伝えられる。一見ひょうきんだが、襲いかかって来たり害を成したりする話も中には伝えられている。もし、俵田が接触していたらどうなっていたのか。あまり考えたくはないし試す予定もないが。彼が咄嗟に逃げ出したのは良い判断だったとルイは思っている。
「夜中に張り込んで駆除しますが、その前にちょっと調査させてください。生徒さんからお話を……」
「はい。既に保護者にメーリングリストで回しています。聴取される可能性がある、と言うことを」
前回のメリーさんの時も、「弱点を探る為に噂を調べたい」と申し入れた所、保護者に通達を出して協力生徒を募ってくれた。その時の経験が生きたのだろう。
「うわあ、嬉しいなぁ。ありがとうございます」
ルイは心から礼を述べる。副校長も笑顔を見せた。
「私たちみたいな管理職のやること、あまり褒められることがないから嬉しいですね」
「心から感謝してます」
「お役に立てて何よりです。明日以降になりそうですが」
「結構です。極力残業をなくしていただいて……」
ルイがちらりと俵田を見ると、彼は首を縦に振った。
「もう懲りましたから解決まで残業しません」
その結果が後で別の負担になるかもしれない、と思うと心苦しいが。安全第一だが、その後で仕事が増えるのもまた命を脅かす。教師の労働環境までは警察ではどうにもできない。文部科学省に勤めているかつての同級生を思い出しながら、ルイは肯いた。
※※
翌日の放課後、協力児童を集めて聴取が行なわれた。前回と同じく急な呼びかけであったにも関わらず、結構な人数の児童が協力してくれることになっている。
「わあ、皆ありがとう。この前もだけど、今回もたくさんの生徒さんに来てもらって本当に助かります。前に会った人もいるかもしれないけど、僕は警視庁の都市伝説対策室から来た久遠と申します」
と、ルイは生徒たちに挨拶し、簡単に概要を説明して聴取に取りかかった。
「こんにちは! メリーさんは大丈夫だった?」
と、声を掛けてくれた児童には見覚えがある。前回もメリーさんのことを教えてくれたのだろう。人数が多くて聴取の内容まで思い出せないが、今日は顔をきらきらさせている。何か話したいことがあるのだろう。
「うん。皆のおかげで助かったよ。それで、今回の骸骨のことは何か知ってる?」
「あの白骨、本物の人間の骨が使ってあるんだよ!」
「……え?」
ルイは思わず顔を強ばらせた。確かに、所々黒ずんでいたり黄ばんだりしていたが……。
「実験が失敗して白骨にされちゃった助手の骨なんだよ」
「助手って誰の助手?」
「よくわかんないけど。理科の先生じゃない? 大昔にいた。昔は人体実験とかしたんでしょ」
しねぇよ。と言いそうになったが、ルイは苦笑に留める。彼らの言う昔は、昭和中期か、下手すると平成まで含まれかねない。
あの標本が本物である、と言う話は他の児童からも聞かされた。やはり、動くなら霊的なもの=おばけ=骨が本物だからと言う発想らしい。髪の伸びる人形など、作り物の怪異は概ね「本物の人体の一部が使われている」と言う属性が付与されることがあるので、特別驚くことでもないが。
聴取を終えて四人で聞いた内容を付き合わせながらルイがその話をすると、
「あ、それね、私も聞いたよ。確かにあの標本、ちょっと変って言うか……『本物の人骨だから動く』ではないんだけど……完全な作り物でもない雰囲気なんだよねぇ……」
メグが首を傾げる。しかし、劣化して黒ずんだり黄ばんだりはしているが、あれは樹脂製だ。購入年月日がマジックで踵の裏に記されていたが、それによれば平成初期だ。製造もその少し前だろう。小学生の言う「大昔」かもしれないが、本物の人骨が流通に紛れることがあったとはとても考えにくい。
「そもそも、一つの骨も散逸させずに標本にするってことは最初からそのつもりで死体処理してるよね」
ナツが中々に物騒なことを言い出した。
「そこまでして、人骨を骨格標本にする理由ある? 大学病院に献体とかならともかくさ。小学校だよ」
「そうだよねぇ。いや、信じたわけじゃないけど、警察が扱う事件でも『なんでこんなものがここに?』みたいなのあるじゃん」
「まあね」
一行はこれで一旦学校を辞することにした。警視庁で話をまとめ、起こりうることを考えて対策を練る。とは言え、今回も夜中に張り込んでナツが電動ガンで撃つ、と言う事になりそうだが。
「それにしても……」
アサが気怠げに息を吐いた。
「暑いですね」
「ああ、暑いね。東京はコンクリだからめちゃくちゃ暑いけど、練馬は特に。この時期になると、天気予報で最高気温を競うからね」
ナツが肩を竦める。
「呑気だよねぇ。海外じゃ山火事になってんのにさ。温暖化に歯止め掛からないし」
「正直、あんまり直視したくないけどそれが現実だよね……桜木さん、スポドリ買いに行こう。休憩いる?」
「そこまでじゃありません。ありがとうございます。飲み物だけ……」
「桜木さんの地元は涼しかったの?」
「そうですね……」
アサは抜けるような青空と、くっきりと陰影の付いた雲を見上げる。
「今はわかりませんけど、俺がガキの頃はそんな暑くなかったですね」
そう言えば、アサは岐阜県の出身だと以前聞いていた。
「最近異常気象も多いしね。ご実家大丈夫?」
「ええ、もうそこには実家ないので」
彼は何でもないように肯いた。
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